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可愛いお年頃

作者: 森草華

 部屋の中にいても少し肌寒い。寒さで身体を少し震わすと、今までの集中力が切れて机にシャープペンを放り出した。

 机上の時計に目をやると18時半を少し過ぎたところ。時間を確認するや否やお腹が空き始めたような気になる。

 …課題も大体終わったし、夕飯の手伝いでもしようかな。

 んーっ、と背伸びをしていると、慌ただしく階段を上ってきている音が聞こえてくる。


由宇(ゆう)!教えて欲しいことがあるんだけど!」


 ドタドタと駆け込むように由宇の部屋に入ってきたのは、お隣りに住んでる小学校六年生の深山楓(みやまかえで)

 ちょっと生意気そうにつり上がった瞳と、それを中和するような色素の薄い柔らかな髪。幼いながら目鼻立ちがはっきりしている為、美少年と言っても過言ではない。


「ん、どうした?」


 普通ならノックしてから入る!と小言を言うところ。だが、走って来たのかいつもは白い頬っぺたを真っ赤にさせている楓が可愛くて、つい言葉を飲み込んでしまう。赤ちゃんの頃から可愛さが際立っていた楓に、由宇は途轍もなく甘かったのだ。

 おいでおいでと手招きすると、何やら考え込んだような表情のまま由宇の胸辺りに突進するように抱き着く楓。同年代よりも発育が良すぎる胸が、クッションみたいにぽよんと楓の顔を受け止める。

 少し大き過ぎるこの胸が思春期の由宇にとって少しばかり気になるところである。だが、楓の顔が胸に押し当てられていようと気にしない。なにせ、小学生だし、楓は昔から抱き着き癖がある事を理解している。そしてやはり一番の理由が。

 …ああ、もう可愛い過ぎか!

 もちろん抱きしめ返すことにした。


「で、何が聞きたいの?宿題?」


 特に教科書とかは持っていないようだけどと呟くと、楓はばっと顔を上げた。


「どうしたら背おっきくなるの!?」


 あまりにも真剣な顔付きで可愛い質問だったので、つい笑いそうになるのを堪えて答えた。


「そうだなぁ、牛乳をいっぱい飲めばいいんじゃないかな」

「もう毎日いっぱい飲んでる!」

「小魚を…」

「もう食べてる!」

「運動とか…」

「もう父さんと一緒に朝にランニングしてる!」


…ええっと、あとなんかあったっかな?

 楓が信頼しきったような眼差しで答えを待っている。

 不甲斐ない。実に不甲斐ない。何も思い付かない自分にがっかりする。

 なので少し話題を変えてみた。


「どうして楓は背が高くなりたいの?」


 もしかしてクラスメイトに背が小さい事を馬鹿にされているのだろうか。でも、一般的な小学生男子ならこのくらいの背丈ならいくらでもいるだろう。もしや美少年なのを僻んだ子が嫌味を…?

 あれやこれやと想像を巡らしていると、楓が由宇を再度ぎゅっと抱きしめると胸に顔を埋めボソボソと呟く。


「んー?何?」


 由宇が聞き返すと、楓は勢いよく顔を上げた。


「…由宇が、背おっきい人が好きって言った、から!!」


 叫んだ途端、顔をこれ以上ないくらい赤くする楓。

 …ええっと。つまり。あれですか。


「…私がこの間そう言ったから大きくなりたいの?」


 少し前に楓に好きなタイプを聞かれて、私より背が大きい人が良いと言ったような記憶が蘇る。特にこの人が良いというような事は考えた事がなかった為、よく考えずに答えてしまった事を思い出し苦笑する。

 楓はだんだんと恥ずかしくなってきたのか、一段と顔を赤くしてまた私の胸に顔を埋め

頷いた。

 …なんだ、この可愛い生き物は。私の気を引きたくて努力してるとか…。お姉ちゃん冥利に尽きるわ!


「そっかぁ。ありがとね、楓。でも私は背が高かろうが低かろうが楓が好きだよ」


 由宇がそう言うと楓は瞳をキラキラさせて、由宇を抱き締めたまま顔を上げた。その顔があまりにも可愛くて自然と顔が綻ぶ。


「ほ、ほんとにっ?」

「うん」


 本当に嬉しそうに笑う楓だったが、途端に泣きそうな顔になる。


「でも、俺、楓より五歳も年下だし…」

「何言ってるの。楓は楓でしょう?」


 むしろ年下だから可愛いんじゃないか!と声を大にして言いたい。ブラコン上等である。


「じゃあ由宇は、背が低くても年下でも俺の事が好きってこと…?」

「もちろん」


 弟のような楓に好きも嫌いもない。もう身内同然だし、溺愛の域である。

 由宇が当然だと頷けば、楓はよりかわいらしい笑顔になる。


「俺も!由宇が大好き!」


 だめだ!鼻血出る!


「ありがとう。嬉しいよ」

「嬉しい!?俺も嬉しい!由宇大好き!」


 そう言って由宇の胸に頭をぐりぐりする楓。

 …あー、私だから良いものの、他の女の子に同じ事したら犯罪だよコレ。痴漢行為だよ。いや、美少年がするから一部のマニアからすればご褒美か…?

 しかし、いかんいかんと思い直す。楓が大きくなってからもこんな事を続けていれば、教育上大変よろしくない事態である。ここはきっぱりと教え込まねばならない。


「ええっと、楓?」

「ん?何?」

「楓ももうすぐ中学生になるよね」

「うん」

「そろそろこうやって抱き着いたりするの、卒業しようか」


 あからさまにがーんと効果音が聞こえてきそうなほど、眉尻を下げてショックを受けている楓。それを見て可哀想という気持ちでいっぱいになるが、心を鬼にして楓に言う。


「これから女の子たちにそんな事してたら楓が悪く言われちゃうよ?」


 …女たらしとかチャラい人になったら、お姉ちゃん泣いちゃうわ。美少年だからこそそこら辺はきっちりしとかないと、無駄に女の子に気を持たせて刺されかねない事態は絶対に避けねば。


「他の人には絶対しない!」

「本当?」

「本当!由宇にしかしないし、したくない!」

「よし、なら良い…んん…?なんか、思ってた答えと、違う…」

「由宇にしかしないんだから、今まで通り!ね?」

「うんんん?…じゃあ、いい、のか、な?」


 これで良いのだと楓が大きく頷いた。

 …えっと、良かったのかな。流されているような気がしないでもない。

 楓はキリッとした眉を少し顰めて(ただし、抱き着いたまま)由宇に宣告する。


「由宇も俺以外の男に抱き着いたらダメだからね!」

「うん?そんな人いないからなぁ」


 心配しなくても大丈夫。そう続けると楓はいつも通り可愛く破顔した。そして由宇の胸に幸せそうに顔を寄せた。


「良かったぁ。本当は他の男と喋って欲しくないけど、生活に支障がでるからね。それは、仕方ないけど我慢する。偉いでしょ?でもなるべく他の男を近寄らせないで欲しいんだよね。由宇が俺のことを好きなのは分かった。でも分かっててもイライラするのは止められないと思う。あ、由宇には当たらないから安心して!好きな人には優しく、常に甘やかしたいタイプの家系だから!父さんも、ばあちゃんもその前もその前もずっと前から好きになったら一途だし、尽くすのが生き甲斐っていう遺伝子が確実に俺にも流れてるし、由宇を見てると甘やかして生活の全ての世話をしたくなるし、俺だけに頼って欲しい。だから安心してもっと俺のこと好きになっていいよ。それに…、あれ、話がずれてたね。何の話だったっけ?…あ、そうそう他の男を近寄らせないっていう話だね。本当は俺が近くで見守れたら良かったんだけど、さすがに学校内の事はどうにも出来ないから由宇にも協力して欲しい。あ、でも由宇の学校まで送り迎えはするから安心して。由宇は可愛いから変な奴に絡まれてないかってすごく不安だったんだ。ずっと前から一緒に行ったりしたかったんだけど、さすがに由宇の気持ちがわからないのに付きまとう様なこと出来ないし…。でも、由宇が俺のこと好きなら問題ないよね。きちんと由宇の側で守れるから嬉しいな。あ、小学生だけど由宇を守れる様に武道は習って、弱い奴なら倒せるから心配いらないよ。強い奴は由宇を逃すので精一杯だけど、これからもっと強くなる予定だし、何より由宇が守れるなら多少の怪我は甘受する。ああ、でも夢みたい。由宇の背を追い越すまで由宇は俺のこと気にかけてくれないと思ってたから、この年で由宇が俺のこと好きになってくれるなんて思いもしなかったんだよね。ずっと見てきたから合ってると思うけど、由宇は彼氏いたことないよね?俺が大人になってから付き合ってもらう予定だったから、それまで彼氏の一人や二人ぐらい見逃そうと思ってたんだけど、これから由宇の初めて全部俺が独り占めだね!もう嬉しすぎる!これからずっと、小さい手を繋いだり、ふっくらした可愛い唇とキスしたり、柔らかくて大っきなおっぱい触ったり、いい匂いのする身体を抱きしめたり出来るのも俺だけなんだね!ああ幸せだなぁ。由宇も絶対幸せにするからね!あ、とりあえず明日の朝、迎えに来るから!」


 今日のところはこれで帰るね!と最後に思い切り由宇の身体を抱きしめて胸を堪能したところで、目を見開いて楓を見下ろしながら固まっている由宇の唇にそっと自身の唇を合わせた。

 唇が離れると楓は女の子のように恥ずかしそうにはにかんだ。それはもう見るものを完全に魅了してしまうような魅惑的な微笑みで。

 また明日ね、と楓が嬉しそうな顔で帰って行ってどれくらい経っただろうか。遠くで母が由宇の名前を何度も呼んで夕飯を知らせている気がする。

 由宇はその場からゆっくりと動き出した。

 楓の告白に値する長文の意味を読み込もうとするが、衝撃が大き過ぎて処理を仕切れそうもない。

 この後も楓の鬱陶し過ぎる愛の言動に振り回されつつ、着実に絡め取られて絆されて楓の愛を受け入れるようになるのだが、この時の由宇には予想も出来ない。

 プスプスと頭から煙が出そうな思考の中で、ただ一つ考えられたのは。


「……楓もおっぱい魔神だったのか…」





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