対峙
<始まりの街 アルヒ>で必要な装備、道具を揃え、僕は街を出た。進むのは東方向。魔物のレベルが低く、駆け出しの初級冒険者が進むルートだ。
街にはいくつかの呼び名がある。まず、アルヒのような<始まりの街>。これは初級者は東、中級者は北、上級者は西、のようにどの危険度のルートを選ぶことができる街。そして<基準の街>。これは、この街を越えると危険度がワンランク上がりますよ、と冒険者に知らせてくれる。よって、<始まりの街>よりは街の規模は劣る。
基本的に冒険者は始めに東に進み、レベルが上がるにつれ北上していく。そして十分上級者と呼べる段階になると西へと進路を変える。西の果ての洞窟を越えるとあると言われている<魔界>を目指して――。
でも、今の僕のレベルは0。人ならざる者が住むと言われる<魔界>を目指すには実力と経験が足りなすぎる。まずは魔物を確実に倒していき、レベルを上げ、<基準の街 アソオス>を目指そう。
そうこう考えている内に早速魔物に遭遇した。
ローク・カバーン。猪のような躰で下顎から伸びる鋭い牙と名前の由来ともなったと言われる額から生える一本の角で攻撃する。あまり大きい躰ではないものの、その突進は強力で、レベル3の敏捷を上回る速さがあると言われるほどだ。おそらく何人もの駆け出しの冒険者がその餌食になってしまっただろう。
討伐基準レベルは4程度。ここ周辺ではかなり危険度の高い魔物だ。それに加えて今の僕のレベルは0。
「······落ち着け。こいつは突進さえ避けてしまえば、ただの猪だ」
ローク・カバーンがこちらに気づいたのか、躰を僕へと正体させ、右前足で地面を掘る仕草をしている。
その仕草を見た瞬間、一気に緊張感が増す。――間違いない、突進の予備動作だ。
僕は腰にさしている鞘から片刃の剣――ムラマサを抜き、胴の半ほどに構える。
そして、ローク・カバーンが地面を抉る音が――、止まった。
次の瞬間、さっきまでただ地面を掘っていたとは思えない速さで突進してきた。
僕との距離は15メントルほどに離れていたが、そんなのあって無いようなものだった。
――甘く見ていた。そう思った刹那、腕への凄まじい衝撃と共に、後ろへ弾き飛ばされ、僕の意識は刈り取られた。
はっ、と目をさました。視界には雲一つ無い青空。上半身を起こしてみると、ローク・カバーンがあの予備動作をして、こちらを見据えていた。意識を失っていたのはほんの数秒だけだったらしい。
しかし、いつ突進してくるか分からない今、のんびり横になっている暇はない。そして、実感。レベル0
の無力さ。ステータスが低すぎる。これではいくら装備をしたところで、攻撃をまともに受けてしまったら致命的だろう。しかも、このいかにも攻撃力が無さそうな片刃の剣、カタナ。
「こんなヘンテコな武器、買うんじゃなかったかな···」
武器の選択を間違ったことに今更ながら、後悔する。
そして、二回目の突進。
今度はギリギリまでひきつけ、そして、横へ転がる。なんとも不格好な回避だ。しかし、避けることはできて――いなかった。ローク・カバーンは自分の攻撃が避けられたと分かった瞬間、急激にUターン。自分の突進ルートから僕を外してはいなかった。
すぐさま起き上がるが、間に合わない。ある程度の助走がついているため、速さは一回目、二回目より格段に速く、今からまた横へ転がっても足がその餌食になってしまう。そうすれば、確実に骨は折れてしまう。今、片足が使えなくなれば、本当に死んでしまう。何人もの冒険者が、英雄と呼ばれた冒険者が乗り越えてきた最初の試練で僕は簡単に死んでしまうのか。
そうこう考えている間に鋭く尖った角は僕へと向かってくる。
「ぐぅっっはぁっ!?」
今度は回避することも、カタナで弾くこともできなかった。ローク・カバーンの角が僕の脇腹へ深く突き刺さった――――。