二つの赤
くるくると少女は真っ赤な傘をオモチャの様に回して公園を嬉しそうに駆け回る。
小学校から家へと帰る為に少女が見つけた近道は、町の外れにある寂れた公園だった。母親からはあまり通らないようにと言われていたが、少女はその人気のない公園が自分だけの公園のようで、母に隠れてはよくその道を使っていた。
少女は、雨の日の公園が特に好きだった。雨が降っている間は、雨宿りのできる遊具のないこの公園に、本当に人が一人として来なくなるからだ。
辺りは雨がザーザーと激しく地面を叩く音で埋め尽くされ、聞き慣れた近所の喧騒など一つも聞こえない。地面を打って跳ね返る雨粒が白い靄となって視界を遮り、はっきりとその場で認識できるのは少女の赤い傘一つしかない。
そんな空間が特別素敵なモノに見えて、少女は傘をくるくると回しながら辺りをくるくると巡り歩く。雨が滝の様になって流れ落ちるうんていを潜り、河のように激しく水が流れる滑り台に落ち葉を流して追いかける。
そんな風に少女が公園内を走り回っていると、自分の傘以外の赤が目の前に飛び込んできた。
公園内に数か所だけ設置された街灯の一つに寄りかかり、赤く染まった自分の父ほどの男。少女は動かない男を見て、首を傾げながら近づいていく。
「おじさん。雨に濡れちゃうよ?」
男は少女の問いに小さく呻いてから顔を上げる。その顔は、辺りに広がる赤とは反対に真っ青で、少女は酷く不安な気持ちになって、男の傍へと更に近づいた。
そして、自分よりも少し高い位置にある男の冷たそうな青白い頬へと、ゆっくりと手を伸ばした。
「おじさん。寒いの? それとも苦しいの? お母さん呼んでくる?」
少女は自分が体調を崩した時に学校の先生に言われた言葉を男に投げかける。けれど、男はその問いに少し歪な笑みを作って首を振った。
「おじさんは大丈夫だ。ちょっと休んでいるだけさ」
「ほんと?」
「ああ、本当だよお嬢ちゃん。さ、早くお家におかえり。お嬢ちゃんまで汚れてちまう」
男は辺りや自分の手を見ながら、少女に赤く染まった自分の手を見せて笑いかける。
少女はその笑みを見て小さな違和感を覚えながらも、男の心配をし続ける。
「おじさんは汚くないよ。だって、雨が降ってるから水で汚れは落ちるもん!」
「水で落ちない汚れもあるんだよ」
そう男は少女の大きな瞳を覗き込みながら笑う。その瞳は、少女に何かを言い聞かせようとしているというよりは、どちらかというと、何かを見定めている様な意味合いを孕んだ色が揺れている。
「大丈夫だよ。私、赤好きだもん!」
少女はにっこりと笑って、赤い傘をくるくると回してその場でそれを男に見せる様にくるりと回って見せる。
その無邪気な仕草を見て、男は小さく目を見開いてから顔を俯かせた。そして、ゆっくりと目頭を押さえて首を小さく振って、少女にもう一度優しく笑いかける。
「お嬢ちゃんは赤が好きなのか?」
「うん!」
「そうか……。お嬢ちゃん。赤に囚われてはいけないよ? おじさんみたいに酷い人間になっちまうからな」
「?」
男の笑みはそれはそれは楽しそうで、泣きそうな笑顔だった。少女は、男の言葉によく解らないという表情を浮かべながら首を縦に振った。 恐らく少女のその行動は、彼女の中の本能がそうさせたのだろう。 男から広がる赤と、少女がくるくると回す傘の赤。その二つの赤は、その空間で酷く鮮やかに咲いていた。




