二月 『花札部防衛戦争』 ①
二月 『花札部防衛戦争』①
「……また負けた」
雨宮さんと初めて会った日からもう一週間が経とうとしていた、放課後の花札部部室。
あの日から毎日部活に通っては、雨宮さんにリベンジマッチを挑んでいるのだが、まだ一度の勝利も手に入れられてない。そう、一度も、だ。
それもなぜか、その全部のゲームの流れが同じだったのだ。一から十月までのゲームは僕が勝ち続け、残った2ゲームは雨宮さんが勝って一気に逆転される。毎回そのパターンだった。
運の要素が大きいこのゲームだが、テクニック次第では、結果だけなら毎回同じになるということもあり得る。しかし、そのゲームすべてが同じパターンで、となると話は別である。例え対戦者同士が協力し合ったところで、そんなことができるとは考えられない。
だが、現にこうして、雨宮さんの手によって起こってしまっているのだ。
「雨宮さんって、実はエスパーだったりするの?」
「えすぱー……?」
首をひねる彼女だが、僕にはそうとしか考えられなかった。
というよりもむしろ、単に実力でこうも簡単にねじ伏せられていると考えるのが悔しくてたまらなかったから、オカルト的な何かが働いていると考えることで、少し自分の気を落ち着かせていたということもある。
恐らくもう一度挑んだところで、今までと同じパターンで負けることは明白だろう。
しかし、どうにか一つでも白星を付けたい一心で、再度雨宮さんに戦いを申し込む。
「お願い雨宮さん、もう一回! もう一回やろ!」
するとその声に反応したのは、今まで机に座って一人で漫画を読んでいた島室先輩だった。
「おっ、ユーくん! 今の台詞はなかなかにエロかったぞ!」
「何言っているんですか先輩……。というか、今の先輩の言葉でいかがわしく聞こえるようになったんですよ!」
「それはそうとユーくん」
唐突に話を変える島室先輩。もうそれにも慣れてきた。
「ユーくんたちはそのゲームで賭けはしてるの?」
「いえ、初めての時以外はしてませんよ? 健全にいきたいですし」
それを聞くと島室先輩は眉を顰めて残念そうに言う。
「それじゃあ本気で勝負できないじゃん、意味ないよ」
「そう言われましても……」
「血とか人生とかさぁ、いろんなもの賭けようよ!」
「漫画の読み過ぎですよ、冗談言わないでくださいって」
と、このように、島室先輩という生き物との接し方も、大方理解できてきた。つまり、この花札部という部活において、おおよその立ち位置を確保できて来たのである。
そう、ようやく慣れてきたと思った頃だった。この部活の特異さを知っていくことになったのは……。
唐突だが、霙高校生徒会は、少し変わっている。
霙高校は部活動が盛んな高校だと言ったが、その分生徒会の力量が試される。というのも、強烈な勢いでてんでばらばら好き放題活動する部活動たちに秩序を与え、規律を正さなくてはならないためだ。そんな仕事を好き好んで引き受ける者たちなどいない。いるとすれば、それは尊敬すべき生徒の鑑というべき存在か、あるいはとんでもない変人である。残念ながら霙高校には後者の方が多かったらしく、生徒会は変人の巣窟となってしまっていた。
そして今、その生徒会からある一人の闖入者が花札部に現れた。
「潰しに来たぞぉおおおおおお! 花札部よぉおお!」
眼鏡をきらりと輝かせた男子生徒が、部室の扉を勢いよく開け放った。
ネクタイの色から二年生だろう。いかにも真面目で頭の固そうな見た目で、いきすぎなまでに優等生といった格好をしていた。
どこかで見たことのある顔だ。でもどこかまでは思い出せない。廊下ですれ違ったとかだろうか。
しかし、開口一番「潰しに来た」とは穏やかではない。
僕は畳の上に立ち上がって身構えた。しかし、雨宮さんは花札を切り続け、島室先輩は漫画を読む動作を止めようとはしない。
そう、見知らぬ男子生徒がこの部活を潰すと言ってきたのにも関わらず、僕以外は完全無視を決め込んでいたのである。
それでも男子生徒は島室先輩を指差して次の言葉を続ける。
「島室亜衣! 花札部を潰しに来たぞぉおおお!」
男子生徒は島室先輩をご指名のようだ。
「島室先輩、お客さんのようですよ?」
僕が島室先輩に耳打ちすると、島室先輩は漫画を読みながら答えた。
「あ、うん、三浦明っていって、この学校の服生徒会長なんだけど、一年前からうちの部活を潰す潰す言ってきてるの」
「そんな人相手にのんきに漫画読んでていいんですか?」
「いいのいいの」
「でもぉ……」
三浦先輩とやらに目を向けると、彼は扉の前に指差した格好で固まっている。こういう銅像がありそうだ。きっと島室先輩の台詞を待っているのだろう。だが島室先輩は無視するつもりらしいから、下手をすれば本当に銅像になってしまうかもしれない。
雨宮さんが花札を切る音と島室先輩が漫画のページをめくる音が聞こえる以外、沈黙が流れ続ける。
沈黙が三十秒経過しようとしたところで、僕はどうにも三浦先輩のことが哀れに思えてきて、とうとう彼に声を掛けることにした。
「あの、三浦先輩……?」
三浦先輩は首だけを僕に向けて応答する。
「何だ、少年?」
「僕はこの部活に新しく入部した一年C組の花江悠介です」
「ああ、そうか、すまない、紹介が遅れた。俺は二年B組の三浦明だ。この学校の副生徒会長をしている」
「その副生徒会長さんが花札部を潰しに来たって、どういうことですか?」
「ああ、それはだな……」
三浦先輩は島室先輩に指を向けたまま回想を始めた。
時はちょうど一年前。島室先輩が霙高校に入学して三週間が経とうかという頃だった。
当時、島室先輩はこの学校のどの部活にも魅力を見出すことができずにいた。だが、全校生徒が何かしらの部活動に所属することが校則によって定められているため、彼女はある一つの奇策を取ることにした。
部活がないのであれば、作ればいいじゃない。
普通の者であれば、パンが無ければケーキを選ぶように、ケーキが無ければパンを選ぶように、何か代わりの物を選ぶだろう。だが、彼女は違った。思ってもなかなかできない、作るという道を選んだのである。
そこで作ったのが、この花札部だ。
その後、島室先輩が語るには、部員は三十分で集まったそうだ。霙高校の校則では、部活動に必要な最低人数は四人だから、僕が会ったことのない先輩が三人はいるということだろう。あとは顧問だったが、その日の放課後までにはそれも決まったらしい。思い至ったが吉日。即日決定。とんでもない電光石火である。
ここまでなら、島室先輩の行動力と人望に脱帽で終わっただろう。しかし、問題はこの後だ。
その頃から生徒会として部活動の行動を取り締まることに執念を燃やしていた三浦先輩が、花札部に目を着けたのである。果たしてこの部活動は、生徒にとって健全であり、必要なものなのか、と。
それから三浦先輩は花札部の監視を続けたらしい。
そして出した答えが――さっきの言葉のように――花札部は不要とのことである。したがって、およそ一年前にも、三浦先輩が花札部の扉を力強く開け放った日があった。
「花札部よ! この部活は不要だぁああ!」
それが島室先輩と三浦先輩の花札部をかけた戦い始まりだった。
血なまぐさい抗争を避けるために、すぐに二人は会合を設けた。そこで島室先輩は熱く語ったらしい。というのも、
「アタシたちは、なぜ部活動をして生きなければならないのか?」
という問いかけから始まり、
「そもそも部活動をすることで得られるものとは?」
という話題に移り、しまいには、
「だからね、アタシたちは花札で決着を着けようよ」
という結論に至ったと聞く。僕からしてみれば、なぜその終着点に行き着いたのかさっぱり理解できないのだが、三浦先輩の心には何か響くものがあったらしく、
「うむ、感動した! 俺たちは花札で決着を着けるべきだな!」
と、共感してしまったのだそうだ。島室先輩は相当な変人だと理解し始めていたが、どうやら三浦先輩も負けないくらいの変人だったらしい。
その後は花札のゲームの種類を『花合わせ』に定め、解散したそうだ。それからなぜ今になって三浦先輩が島室先輩に戦いを申し込んできたのかが謎だが、その答えは自ずと彼の口から語られるだろう。
三浦先輩は眼鏡を輝かせて遠くを見るように顎を上げながら呟く。
「ここまで長かった……」
「長かったって、何がですか?」
「決まっているだろう、花合わせのルールを覚えるまでだ」
「? 花札で決着を着けようと決まったのはいつでしたっけ?」
「およそ一年前だな」
「ルールを覚えたのは?」
「ついさっきだ」
――ルール覚えるのに一年もかかったの⁉
ちなみに三浦先輩はまだ島室先輩を指差したままである。かなりシュールな光景なので、できれば早く止めてもらいたいのだが、言うタイミングを逃してしまった。
それよりも今は、この先輩の変人さに度肝を抜かれていた。普通の人ならば、花合わせのルールを覚えるのに一週間ですら長いくらいだ。しかし彼は一年もかかった。霙高校の名はそれなりに有名だが、それでよくこの学校に入れたなと思う。
呆れて立ち尽くす僕に対して雨宮さんが畳をポンポンと叩いて、座り直すように指図しながら言う。
「……悠介、花札切れた……」
雨宮さんには三浦先輩の姿が見えていないのだろうか。とことんマイペースな雨宮さんにはある意味敬意を示すべきかもしれない。
ともあれ、このまま三浦先輩を放置するのも哀れなので、雨宮さんに「ちょっと待って」と一言断ってから島室先輩の方を向く。
「島室先輩」
「ん?」
島室先輩は漫画から顔を上げずに返事をした。
「三浦先輩が花合わせのルールを覚えてきたみたいですよ?」
すると島室先輩はハトが豆鉄砲を食らったような顔をして三浦先輩を見た。
「待って! 三浦くんに花合わせのルールを理解できる脳があったのっ⁉」
面と向かって本当に失礼なことを言えるな、この人は。でも、ルールを覚えるのに一年もかかった三浦先輩を相手にしては、仕方のないような気もする。
島室先輩が硬直する中、三浦先輩は向けていた手をようやく下ろし、花札の束を取り出して島室先輩の正面の席に座った。そして、相当自信ありげな顔をして、雲まで届かせるように叫ぶ。
「さあ、花札部部長、島室亜衣! ようやくこの日が来た! 今日こそ、この花札部を潰して見せるぞ!」