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兄貴

作者: 立花 佳恵
掲載日:2013/12/22

もしも僕が、江戸時代にタイムスリップしたら。僕はきっと、三日で死ぬだろう。歩き回って、泥水飲んで、腹壊して、死ぬんだ。


 いっつも、そんな事を考えていた。ある訳ない事を考えていた。ある訳ないって思って、実はありました、みたいなくだりも考えていた。でも、人間を二十五年間やってきたけど、そんな事、一度も無かった。夢にさえも見たことなかった。

 

 そんな空想ばかりしていたせいか、今僕は、テレビ会社に勤めている。悲しい事に、所属はSFだ。悲しい事に、もう昔のようにある訳無い事がスラスラ出てこない。

 

 ノリで受けてみた。たまたま受かった。受かって、有能だと勘違いされた。全部兄貴のパクリなのに。


 兄貴は、僕が見ていた限り、天才だ。例えば、「あ」とお題を出しただけで物語がスラスラ出てくる。

 

 兄貴は十八歳で死んだ。自殺だった。

 当時僕は十五歳。反抗期と思春期が同時に来て、テロでも起こしてやろうかと思っていた。

 そんなときに、兄貴は死んだんだ。

 別に、辛い事があった訳でもなかったみたいだ。別に、悲しい事があった訳でもなかったみたいだ。でも、楽しい事がいっぱいあったから、虚しくなって、恋しくなって、それでもやっぱり虚しくなった。みたいだ。


 兄貴が僕にノートを残してくれた。

 兄貴は大の文房具好きだった。兄貴が買ってもらったり買ったノートは、半分は使われていない、と思っていた。でも、兄貴は全部、書いていた。


 兄貴の形見を使って、僕は有能な社員になった。兄貴のノートには、物語がいっぱい書いてある。SFもあれば恋愛も、コメディもある。何でもある。「恋愛部門」、「SF部門」などときっちりとノートに題名を書いてくれている。

 ありがたい。


 ある四冊のノートは家族への遺書だった。父、母、姉、僕だった。

 姉貴は兄貴より三つ歳が上で、当時二十一歳で美大に通っていた。それでなのか、姉宛はスケッチブックで丁寧に絵が描かれていたそうだ。父宛は小さなメモ帳だった。母宛はキャンバスノートだった。

 そして、僕宛は、無印のノートだった。僕が一番欲しがっていたネイビーブルーのノートだった。内容は、互いに見せ合わなかった。だから、今は僕宛のノートだけにする。


「悠太郎へ

 元気か。元気だよな。父さんや母さんに沢山反発してるもんな。

 大人になっても、やっぱり父さんや母さんの方が悪いと思う事は沢山あると思う。だけど、お前にとってたった二人の両親だ。

 姉さんだってそうだぞ。大切にしろ。

 なんて、今から消える兄貴に言われたくないか。ハハハ。笑ってどうする。だよな。

 今きっと、お前は猛烈に俺を哀れんでいると思う。

 だけど、どこか心の隅で、「やっぱ兄貴はそうゆう事するよなぁ~」とか、「楽しかったなら良かったじゃん」とか、「痛くなかったかなぁ~」とかそのニキビ顔で思ってるんだろう。

 痛いのかな。痛くないのかな。俺は、この十一階の自宅から飛び降りる。飛び降りたら、どうなるんだろう。

 理屈で言うと、痛いのかな、痛くないのかな。俺、成績はお前みたいに良いけど、物理とか苦手だからなぁ~。

 お前さ、よく有り得ない事を考えてたじゃん。

 お前が小さい頃に目をキラキラさせて語ってくれた物語とか、俺がアレンジしたやつとか、俺が勝手に考えたやつとか、ドラマのアレンジとかをしてみたノートがあるんだ。

 そのノート、お前にやるよ。

 大事にしろよ。

 悠太郎。俺はお前へのノートを最後に書いた。だから俺が最後に書いた字なんだ。大事にしろよ。別にドキュメンタリー番組で取り上げなくても良い。いや、そりゃぁ、取り上げてくれたら嬉しいよ。でもさ、俺そうゆうの苦手だからさ、「彼は今も天国で家族を見守っているだろう。」とかいうのはやめてくれよ。それだけは頼むな。

 

 じゃぁ、きちんとした遺書にするな。

 

 悠太郎。俺がお前に言う事は二つ。

 一つ、アイディアノートはお前に全てやる。

 二つ、お前の才能はまだ開花していないだけでまだ開花する可能性はある。


 じゃあな。さようなら、とか嫌だけど、自分で死ぬんだもんな。甘ったれた事言えないよな。


 さようなら天国か地獄か中間地点かで待っている舞ってはいないが待っている。


 俺は幸せ過ぎて、楽し過ぎて、死ぬんだ。何かが辛かった訳でもない。

でもよく考えていた。

「あぁ、明日俺が死んだら、どうなるんだろうな。」

って。そんな事考えても、実際は見れないかもしれないよな。その反応を見れないかもしれない。

 

 でもな、俺はそんな事考えずに、ただ死のうと思ったんだ。分かるか。いや、分からないよな。分からなくていいよ。分かって欲しくない。


 さようならって言っておいて、長いよな。


 じゃぁ、バイバイ。

 じゃあな。


航太郎より」


 僕は、泣かなかった。泣きたかったけど、泣かなかった。泣いても、何にもならない。

 死んだのは僕の兄で僕とは血縁関係はある訳だけど、僕は兄貴より三年遅く生まれているから兄貴の三年を僕は知らない。だから、関係ないんだ。


であんな考えになったのかな。と今でも思う。兄が死んで動揺していたんだと言われればそれまで。実際、そうだったのかもしれない。だから僕は泣かなかったのかな。

いや、もう。泣いた泣かないの意味なんて、別に今ここで追求しなくてもいい訳だし。


どうやら兄貴は父、母、姉宛のノート全てに「アイディアノートは僕に譲る」という事を記していたみたいだ。

 兄貴からのノートをそれぞれに読み終わった後、父はずっと手を拳にしていた。母はずっと銀行の通帳を探しながら泣いていた。姉貴は僕と一緒で泣いていなかったみたいだ。


 兄貴のおかげで、今の僕がある。

 兄貴のドキュメンタリー番組を作りたいと思った事は、まだ一度も無い。両親も姉貴も同意見みたいだ。


 何となく、兄貴の事をお茶の間に知られたくない。何となく。兄貴は、作って欲しかったみたいだけど。

 でも、両親と姉貴に兄貴はドキュメンタリー番組を作って欲しがっていたかみたいな事聞いたけど、皆首を横に振った。つまり、兄貴は本心は僕にだけ伝えた事になる。

 重いな。


 僕には、重すぎる。何で僕なんだ。男同士でまだ子どもだったから?もう良いよ。僕は大人だ。子どもじゃない。兄貴は子どものままで終わったけど、僕はもう大人だ。あの日から大人になるのは補償されていた。

 何でだよ。僕の将来、考えろよ。死んでるからって、怒られないと思ってたのか。

 今の僕なら、十八歳のヒョロヒョロした男なんて一発でやっつけられる。もうニキビ顔じゃないし。もう体重だって大人並みだ。

 何なんだよ。


 兄貴が死んでからは毎日兄貴のことを考えたいた。四十九日から五日に一回になった。一週間に一回になった。二週間に一回になった。そうやってだんだん減っていった。

 でも、やっぱり考える。最近は半年に一回になってるぐらい。後遺症なのかな。


 僕に、彼女が出来たのは兄貴が自殺する二日前だった。

 兄貴は祝った。 姉貴は笑った。 両親は黙った。

 皆、それぞれに祝ってくれた。


でも、自分の本当の気持ちを表さなかったのは兄貴だけ。兄貴は、正直に祝ってくれた訳ではない事を、僕は知っている。


 兄貴は、僕に彼女が出来る前々日に彼女を殺した。正確に言うと、彼女を置いてけぼりにして死なせた。


 兄貴の彼女、有紀子さんは、いや僕と同級生だからユッコは寂しがりやだった。捨て子で施設から出たのが十歳だった。それからは厳しい里親と共に暮していたみたいだ。


 兄貴はユッコと寒い中夜景を見に行った。兄貴はユッコが寒そうにしているのを見て、缶コーヒーを買いに行った。ユッコを置いていった。ユッコがここで待っている、と言ったそうだ。


 ユッコは寂しくなった。寂しくなって、死んだ。冷たい海の中に。橋から飛び降りた。ユッコは溺死した。


 兄貴は二分で戻ってきた。後一分早かったら、ユッコは生きていた。兄貴は一度だけ、独り言で家族の前で言った。そのとき、誰も返事はしなかった。


 ユッコの葬儀では、殆どが兄貴への慰め会だった。


 そのことから、誰もが兄貴の自殺の動機は恋人の死による失恋だと思っていた。

 それでも、兄貴は楽しかったと言った。人生で悲しかった事は二つしかないと言った。それが、悲しかった。


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