7話 見つめ合う一人と一匹。
さて、時間は更に進みまして。
シアは風呂から上がると、でかいベッドに潜り込み、すぐにスヤスヤと寝息を立て始めた。
彼女は寝る前に、「――サラマンドラ。『姿を顕せ』。『守護を』」とか唱えて小さなトカゲみたいな生物を召喚し、枕元に這わせている。
よく見ると赤い陽炎みたいなオーラを身に帯びている赤いトカゲが、彼女の使役するサラマンドラ氏らしかった。
こうして実際に受肉させ、身辺警護に利用出来るとか精霊様なんでもありですね。
『こいつが私の精霊、サラマンドラじゃ。いいか、私の寝込みを襲おうとすると、こいつがおぬしを火だるまにするからの』
『シャー』
『いやー、シアさんに手を出すわけないじゃないですかハハハ。畏れ多いですよハハハ』
『先にも言ったがいやらしい視線にも反応するからの』
『シャー』
『俺の目を見てくれ!こんなに透き通った目をしている俺が、そんな視線を君に送るとでも!?』
『気持ち悪いくらい真っ直ぐに私を見ておるの。心なしか血走っておるし』
『湯上りで上気した頬とか、湿った髪とかに興奮してます』
『シャアアアア!』
『さては話が通じておらんな……?』
『ごめんなさい命は惜しいから大人しくしてます』
『シャー』
以上が彼女が寝る前に交わした会話である。
ちなみにシャーシャー言ってるのがサラマンドラ氏。
言葉も理解しているようで、俺の本音には激しく反応していた。
どうでもいいけどシャーって蛇じゃないんですかね。
サラマンドラ氏はまるっきりトカゲなんですが。
いま、俺はシアに背を向けるように壁際に毛布にくるまって横になり寝たフリをしているが、アルンシアの方を見るまでもなくサラマンドラ氏からの熱い視線を感じる。
熱い視線とはいえ恋焦がれるなんとやらではない。
サラマンドラ氏の俺を監視する視線をビンビン感じているのだ。
試しに寝返りを装って身を捩り、シアの方へ向き直ろうとする。
「シャアアア!」
シュボッとライターに点火したような音が聞こえ、灯りの落とされた部屋が僅かに明るくなった。
ゆらり、ゆらりと部屋の家具が作り出す影が揺れる。
俺は身動ぎを中止し、薄目を開けてそちらを伺う。
「シャー!」
スイカ大の火の玉が4つほど宙に浮いていた。
うわー命令に忠実だよサラマンドラ氏……。
そのまま俺は狸寝入りを続行。
俺が動かないことに警戒を解き、サラマンドラ氏が火の玉を消し去った。
部屋が再び暗闇に包まれる。
これ、今でこそ寝たフリだからいいけど、普通に眠って寝返りうったら火の玉飛んで来るんじゃないでしょうか。
すげー理不尽なんですが。
いやまあうっかり漏らした本音でサラマンドラ氏の心象悪くしたせいでもあるんだろうけども。
同じ部屋で寝ることを許してくれた辺りシアには感謝しているが、このデスゲームっぽい空間は果たして良かったと言えるのだろうか。
これならまだしも宿の廊下とかの方が環境としては恵まれている気さえする。
とはいえ今更部屋をあてがってくれとはとてもじゃないが言えないし、そもそも寝ている彼女に近づけばサラマンドラ氏から熱い歓迎を受ける。
手厚いではなくて熱いなのがポイントです。
さて、前置きはこのくらいにして。
現状、俺には3つの選択肢がある。
1つ目はこのまま大人しく眠ることだ。
これはサラマンドラ氏が威嚇のみで、悪意ゼロの俺に対しては攻撃してこないという理想的な予想に基づく行動となる。
サラマンドラ氏の良心頼りな方法ではあるが、流石にシア自身も朝起きたら部屋に焼死体が転がっていました的な展開は望んではいないだろうし、サラマンドラ氏も召喚主の意向には極力沿うものだと思う。思いたい。
2つ目は朝まで寝ずに起きているという選択肢。
この場合のメリットは少なくとも燃やされる心配がないということ。
眠りさえしなければ命の保証はされる。
デメリットとしては明日からのカナさんのところへ向かう旅路に、初っ端から疲労マックスで臨むこととなるということだ。
シアが言うにはササキの森まではこの町から少なくとも2日はかかり、その間は野宿ということだったし、正直なところ今日は眠っておきたい。
こちらの世界に来てからの出来事でいっぱいいっぱいだったせいで、体は疲れを訴えている。
そして最も選びたいランキングナンバー1の選択肢が3つ目だ。
――サラマンドラ氏をどうにか無力化して、シアの寝顔を拝む。
こんな状況で何をとか言われるかもしれない。自分でもやめておいたほうがいいと分かっている。
だけど、だけれども。
美少女と同じ部屋で寝ているというシチュエーションで動かなくて、何が男か……!
これは浪漫だ。浪漫を追い求めずにして過ごすような平々凡々な生活より、些かスリリングな人生を送りたいのが男ってもんだろう。異世界拉致はちょっと想定外だったが。
ポジティブに行こう。サラマンドラ氏は確かに脅威だが、乗り越える壁は大きいほうが達成感はある。
……壁の乗り越えに失敗したときにはお陀仏なのが致命的ですが。読んで字の如くの致命的ですし。火の玉に耐え切る自信はありません。
俺はこの中からどの選択肢を選ぶべきか。それが目下の問題だ。
結論が出ないまま、時間だけが過ぎてゆく。
「んぅ……」
シアが寝返りをうったようで、シーツの擦れる音と寝言が聞こえた。
静まり帰った部屋では小さな音でもよく聞こえる。
ぐおおお!「んぅ……」とかあどけなさ過ぎるでしょう!何、誘ってんの!?誘ってんですか!
リスキーなのは承知の上だが、ここはやはり3つ目の選択肢を選ぶべきか……。
勿論、3つ目の選択肢を選んだとしても、別に彼女に襲いかかるつもりはない。
あくまでも寝顔を見るだけだ。だってほら俺って紳士ですし。
と、そんなことを考えていると、俺の鼻先にヒタヒタと何かが触れる感触がする。
凄く温かく、所々が妙にザラザラとした感触。
なんだ?と目を開く。
俺の鼻に触れているサラマンドラ氏と目があった。
「…………」
「シャー」
思わぬ急接近に言葉すら出ない。
見つめ合う一人と一匹の図がここに完成した。
緊張して動けない俺を他所に、そのままサラマンドラ氏は俺の顔を伝い頭の上へと移動してゆく。
サラマンドラ氏が肌を横切る得も言われぬ感覚が俺を襲う。
なんですかコレ、俺が妙な選択肢選ぼうとしたのを見破って直接こちらに来たんですかサラマンドラ氏。
この状況で3つ目の選択肢選ぼうものなら即座に火だるまじゃないですか……!
「シャー」
俺の頭の上でボウ、とサラマンドラ氏が発光し始めた。
光の粒がチラチラと視界をよぎる。
「ギャアアア!まだなにもしてません!まだ!考えてただけでし……」
《うるせェ、黙れ。お嬢が起きちまうだろうが》
頭の中に聞いたことのない声が響いた。
「!?」
慌てて上半身を起こし、部屋を見回す。
しかしこの部屋には相変わらず、俺と眠っているシア、それと器用にも俺の頭にしがみついているサラマンドラ氏以外に人影(と、トカゲ影)はない。
《こっちだ。お前の頭の上に居る俺だよ》
再び声がする。
ひょい、とサラマンドラ氏が身を起こした俺の膝下に飛び降り、俺を見上げてきた。
――同時に、頭の中へ怒涛の勢いで何かが刻み込まれていく。
>>精霊交信
精霊と会話することが可能
交信のための構成式□□□□□□□□□□□S9;A`^N/~(&?,l……
知識が俺の血となり肉となる。
刷り込まれていく知り得なかった知識を、俺の脳ではなく、もっと深くにある魂で認識し理解する。
二度目のこの感覚に、翻弄されつつも流されてゆく。
一度目に蓄えていた知識『精霊術』とそれは強く結びつき、関連した情報同士が相互のリンクを始める。
混ざり合う融合する溶け合う。
――俺は、この精霊術を、もう一段階理解した。
《お前、さっきから寝たフリしてんのバレバレだぜェ?》
頭の中に直接届けられた声に我を取り戻す。
膝の上ではサラマンドラ氏が無表情なトカゲ顔で俺を見ていた。
まあトカゲに無表情も何も有ったもんじゃないでしょうが。
《……この声は、君なのかな?サラマンドラ氏》
無意識に、サラマンドラ氏と同じように精霊交信を返す。
何故か同じことが出来るように思ったからだ。
やり方としては心の中で描いた単語を相手に向かって放り投げるような感覚。
すると、サラマンドラ氏が驚きに目を見張った、ように感じた。
だってこのトカゲ表情作る顔面筋肉皆無っぽいので雰囲気だけなんです。
《こりゃあビックリだぜェ。お前、精霊交信出来んのかよ》
《あ?いやいやいや、何となくやってみたら出来ただけですよハハハ》
スゲー俺いまトカゲと会話してる!サラマンドラ氏はトカゲ精霊だけど!
《何となくで出来やしねェよ。俺ら精霊と精霊交信で会話出来るってのはお嬢みてえな精霊術師だけだぜ。普通は俺らから一方的に話すだけだ。それも精霊側から話しかけたときだけな。お前、精霊術師だったのか》
《それこそ在り得ないよ。俺って今日こっちの世界に来たばっかりの異世界人デスヨ?》
《まあ、精霊交信に必要なのは才能だからなァ。お前にも才能があったんだろうよ。……それはそれとしてだ。お前、お嬢に手ェ出したら容赦しねェからな。大人しく寝とけや》
《最初から手を出すつもりはないよ。シアは超可愛いけど、流石に寝てるとこ襲うような真似はしないって》
《はァん?あんだけ機会伺っといて信じらんねェな》
うわあ物凄く疑われてる。
このトカゲちゃんと俺のこと観察していやがった。
恐らく俺が動き出すのも時間の問題と見て警告に来たんだなこのトカゲ。
《俺がシアの機嫌損ねても何の得もないしね。俺は元の世界に帰りたいんだ。その方法を失いかねないことしたってしょうがないだろう》
《…………そりゃあ、そうか。分かった。だが忘れんなよ、お嬢は疲れてんだ。起こしたら焼き殺してやる。血の石取り返すのにここ何日かずっと動き回ってたんだからよ》
どうにか納得してくれたらしく、サラマンドラ氏が追求をやめてくれた。
しかしこのサラマンドラ氏、シアのことを随分気遣っているようだ。
口調はヤンキーっぽいが、身根は真っ直ぐらしい。少なくともシアへの忠義心はある。
《分かってるよ。俺はシアくらい(ムネ以外の容姿が)可愛い女の子を見たことないし。美少女は大切にするものだよね!》
《……ははッ!お前、面白れェ奴だな。気に入ったぜ。明日からお嬢と一緒にササキの森まで行くんだろ?――お嬢を守りてェときには俺を呼びな。助けてやんよ》
サラマンドラ氏が笑い声を上げ、またうっすらと光る。
知識が流れこんでくる。
>>精霊・サラマンドラ
四属性のうち火を司るサラマンドラ
喚起の為の構成式□□□□□□□□
高位火属性精霊
実体化可能、炎により様々な……
>>爬虫類とかそういうモノの加護
おめでとう !
きみは はちゅうるい とかに すかれた ぞ!
理解理解理解理解理解理解理解。
一気に流れこむ2つの項目をジャンル毎整理する。
精霊術の項目から派生する情報とは別に、加護の項目を新たに作成。
この不思議な感覚は、激しい水流の中に身を浮かべているようだ。
だが、苦痛を感じる類のものではない。
理解は幸せ。知識は甘美。嗚呼、この満ち足りた、未知なるものを網羅するこの快感――。
――俺は、この火精霊を、理解した。
――俺は、この火精霊に、気に入られた。……あ?ああ?
この世界に来てから何回か経験した不思議な知識の流入に、テキトーなものが混じっていた。
未だにこれが何なのかは分からないが、明らかにおかしいのが混じってたよ今!
つーかサラマンドラ氏やっぱりトカゲなんじゃねーか!
精霊とか言ってるけどあんたトカゲじゃん!と精霊交信でツッコもうとしたときには、既にサラマンドラ氏はシアの枕元に戻っていた。
視線を向けたら火の玉を浮かべられた。
《こっち見てんじゃねェよ》
《え、気に入ったとか言っといてその態度ですか!扱いチグハグじゃないですか!》
《それとこれとは話が別だぜェ。俺のいまの仕事はお嬢を守ることだ。安心しろ、素直に眠りゃあ燃やしはしねェよ》
《ああ、うん、そうですか……》
最後の会話に酷く疲れを感じた俺はツッコミを諦め、1つ目の選択肢を選んで眠ることにした。
サラマンドラ氏、マジ職務熱心……。
読んで下さりありがとうございます。
主人公が初めて能力を使いました。TUEEEへの第一歩となります。
次回から冬弥とアルンシアの旅路が始まります。
やっとこさ冒険へ出発出来そうです。
追記。
感想ありがとうございます。
そして誤字報告ありがとうございます……!
疲労マックスが披露マックスになってました。何を披露するつもりだったんでしょうか。
露出狂でもあるまいに……。謎は深まるばかりです。