3話 えーと英語だとジャパン。
「ちぇ、ちぇんじ……?」
「ナイチチが悪いとは言わない。ナイチチに罪はないんだ。
でも、君は残念さが際立つよ。
すっごく可愛い……ううん、美しいなんて表現が陳腐になるくらい素敵なのに!
それが何?その言動!下僕だとか主だとか精霊術だとか!
厨二病――ううん、電波なのも程々にしろよ!」
俺からの突然の反論に、びっくりした様子の彼女――アルンシアに向かい、俺は言う。
言わずにはいられなかった。
「人をローストにしようと脅迫した上で、僕の主だって?
あのドアから生えてた手は君の仕業だったんですか!」
最後にちょっと敬語になったのは、丸焼きにされかけたことを自分で言ってから思い出してビビったわけでなはい。
ビビったわけではないんです。
「ド、ドアから手……?精霊側から見るとそんな風に見えるのかのう……」
「しっかりドアから生えてたよ!両腕がこう、ガチホラーな感じで」
精霊とかいう単語は無視して続ける。厨二病患者や電波ちゃんの単語一つ一つに構っていてもどうしようもない。
俺は単純に状況把握に努めたかった。
こうして彼女から一歩離れてみると同時、周囲の景色の違和感に気づいたのだ。
夜、しかも結構な深夜なのだろう。空には闇の帳が落ちている。
彼女の胸元に輝くネックレスに嵌った大きな赤い宝石が光を放っており、辺りを淡く照らしている。
これが唯一の光源だ。
何だろうこの宝石。中にライトの類でも仕込まれているのだろうか。
ともあれ、宝石が照らす周囲を見てみると、どうやら此処はどこかの田舎道らしい。
路面は舗装されておらず、小さな石がゴロゴロと転がっている。
畦道には草が鬱蒼と茂り、草刈りなどの整備が成されている気配もない。
道から逸れるとすぐに林が続いており、虫が鳴く声が反響している。
当然のごとく車も走っていなければ、街頭すらない。
少なくとも俺は、自分が住んでいた町の中でこんな場所を知らない。
俺の住んでいる町は都会ではないにしろ、それなりに発展した市街ではあったので、恐らく此処は俺の地元からは離れた場所だと思う。
いつの間にそんな場所まで連れてこられたのかは分からないが、きっと俺が意識を失っている間に運びだされたのだろう。
――どうやって?と考えて、ドアノブ腕(両手)がずるずると俺を引きずっているプ○デターしみた光景が浮かんできたので思考を中断する。
「で、アルンシアさんだっけ。此処は何処、俺は何でここに連れてこられたの?」
「此処か?此処はドミトリス王国と商業国家コトナシの国境付近じゃ。して、お主を喚んだのはホレ」
アルンシアが俺の後ろを改めて指差す。俺は振り返り、そちらを見た。
そこには先程から気配を感じていた数人の男達が立っていた。
数にして10人前後だろうか。いずれも薄汚れた革鎧のようなものに身を包んだがそこには居り――革鎧?
何かのコスプレだろうかとも思ったが、俺はそれよりもビビるべき要素に気づいた。
彼らは誰もが日本人ではないとひと目で分かった。
彫りが深く西洋系の顔立ちをしており、髪の色もブラウンや赤毛、金髪など様々だった。
何より彼らは一様にナイフや西洋のものと思しき剣を握っており、中にはやたら刺々しい突起を備えた棍棒や明らかに伐採用でない斧を担いでいる者もいる。
物語でありがちな山賊ないし盗賊然としたその姿をいざ認めてみると、中々に威圧感がある。
ただ、彼女に指差された彼らは目に見えて狼狽えているので、滑稽さが際立っているが。
「我らが魔族の領地、わが友の暮らす『ササキの森』に踏み込んだ挙句、『血の石』を盗み出した浅ましき盗賊ども――つまり、そやつらをサクっと殺ってもらおうとおぬしを喚んだのじゃ」
殺ってもらおう、の部分で男達――アルンシア曰く盗賊達から怯えた呻き声が上がった。
何この人達、電波ちゃんの言う事本気にしちゃってんのとは思わずに居られなかったが、一番近くにいた男の表情は真剣味を帯びすぎている。
「……ドミトリスてどこら辺にある国だい?聞いたこともないんだけど。ヨーロッパあたり?」
アルンシアや盗賊さん方の容姿からして如何にも西洋系だったので、そう問いかけた。
この外人らは日本くんだりまで何しに来てるんだろうか。
「よーろっぱ?なんじゃそれは、それこそ聞いたこともない国だのう。
ドミトリスはクルニア大陸の西方にある国じゃよ。クルニア大陸の三強国の一つに数えられておる。そして私はそこの姫じゃ」
「姫とかは別にどうでもいいんだけど……クルニア大陸?なにそれ君の妄想?」
「妄想ではないわ!あと姫を軽く無視するでない!」
「じゃあ空想。だって地球にそんな国ないでしょ。空想本当にお疲れ様です」
「じゃから空想でもないわ!……ん?チキュウ……?もしかしておぬし……」
アルンシアは引きつった笑みを浮かべ、胸元にぶら下がっている宝石を手にとった。
そして何事かボソボソと小声で呟き、宝石の表面を撫でるようにして指を滑らせていく。
するとこれまで淡く光っていた宝石が明滅を始め、一際強く光ったかと思うと、宝石から一条の光が漏れ出し、俺の方向へ伸びてくる。
「うわっ!?」
まるで一本の紐のようになった光は、俺の胸に当たると火花を散らしたように消えてしまった。
それを苦々しい表情で見届けたアルンシアは、ずいと俺に近寄ってくる。
俺を下から上まで目をこらすように観察して、彼女がますます顔を引きつらせた。
一抹の不安がよぎる。
どう見ても今のアルンシアの顔は『やっちまった感』でいっぱいだ。
俺は何か、彼女の手違いで酷く面倒なことに巻き込まれたのではないかと思わずに居られない。
「……すまぬが、いくつか質問をするぞ」
「へ?あ、はい。どうぞどうぞ」
アルンシアが重々しく口を開く。質問したいのはこっちなのだが、彼女の雰囲気がそれを許さなかった。
「おぬしが住んでいたのは何という国じゃ?」
「日本。えーと英語だとジャパン」
「そうか。おぬしは精霊か?」
「精霊って……俺は正真正銘の人間だよ。職業はコンビニの店員」
「クルニア、カーバン、フェアリア。これらに聞き覚えはあるか?」
「全くない」
「……そうか、もうよい」
既に彼女の顔はもうどうしようもないほど強ばっていた。
美しさも何処へやらといった風情のシュールな顔ですらある。
今の質問で完全に何かに思い至ったらしい。
暗くてよく分からないが、心なし顔色も悪くなっている気がする。
その尋常でない様子に、俺は恐る恐る声をかけた。
「あ、あのさ。どうかしたのかな……?」
アルンシアは口を閉ざしたまま微動だにしない。
俺は質問されて終えた途端に黙ってしまったアルンシアの態度に困惑してしまう。
30秒もそうしていただろうか。
俺も後ろの盗賊風の方々も妙な雰囲気に飲まれて動けなかったが、その沈黙をアルンシアが破った。
「……おぬしに良い事を教えてやろうと思うのじゃが」
目が据わっていた。
「は、ハイ」
そのあまりの迫力に、反射的に返事をしてしまう。殊勝な感じで。
「――ここはおぬしが暮らしていた世界ではない。おぬしから見ればいわゆる『異世界』というヤツじゃ」
「……はあ?」
うわーやっぱ電波ちゃんだこの子。
そう思い、呆れが混じった俺を見、アルンシアは重ねるようにして言う。
「信じられんのも無理はないかのう。じゃが真実じゃよ。……まあ、見ておれ」
脇にどいておるのじゃ、とアルンシアは俺を横へと押し、前へ出る。
自然、アルンシアと盗賊風の男達が向きあう形になった。
男達が化物を前にしたかのような動揺に包まれる。
それを半ば無視して、アルンシアは先程と同じように小さく聞きなれない言葉を呟いた。
同時、右手を前へ伸ばし、手のひらを男たちへ向けた。
「――サラマンドラ。『集めろ』」
最後にはっきりと彼女がそう口にした――と。
彼女の伸ばした手に、ギュルギュルと集約されるようにして光の粒が集まり、数秒も経たずにバスケットボール大の大きさの火の玉が生み出された。
男達が悲鳴を上げ、慌てて逃げ出そうとしている音が聞こえる。
そうしている間にも次々とそれは生み出され、8個ほどの火の玉が俺の視界を埋めた。
その様をポカーンと眺めている俺。なにこのファンタジー。
「な、なんだこれ!?」
「これが精霊術じゃ。世界に存在する四元素を司る精霊達に語りかけ、力を借りる術。
――そしてこれは、こうする」
アルンシアが腕を振り上げ、高らかに叫ぶ。
「――『飛ばせ』!」
彼女の声に呼応するように、宙に浮いていた火の玉が男たちへ向かって飛んでいく。
此方に背を向けて走っていた男達を追っていった火の玉は、意志があるかのように自在に軌道を変え、狙いを過たず男達へと着弾した。
「ぐあああああああああああ!!」「体が、体が燃える!!」「熱い、熱いいいい!」
絶叫が上がる。
それを唖然として見ていた俺に、恐怖の感情はなかった。
単純に、目の前で起こっている出来事に頭が付いて行かなかった。
火の玉が浮いて、それが盗賊っぽい人たちを燃やして、精霊術が、どうこう。
混乱の極地である。
「次に魔術を見せてやろうかの」
アルンシアが虚空に指を滑らせ――指先は赤く輝いている――幾何学的な文様を描いていく。
先程の宝石と同じように明滅する文様が、如何なる理屈によってか宙に刻まれる。
それに指を当て、アルンシアは火の玉から逃げ延びていた数人に視線を向けた。
「よく見ておれよ。……『光の矢』!」
文様が輝き、その中心から光で編まれた矢が現れ、目にも留まらぬ速度で逃げ続ける男たちへ殺到していく。
革鎧ごと光の矢に貫かれた男達は短く声を上げ、地面へと倒れ伏した。
俺はもう、何も言えずに口を開けたまま、非常識な光景をただ見ているしかなかった。
やがて火が収まり、焦げ臭い匂いが周囲にたちこめてきた頃。
未だに呆けていた俺に向かって、アルンシアはがばっと頭を下げた。
何事かと(一瞬、今度は燃やされるかと思った)身構えた俺に、アルンシアは真摯な声でこう言った。
「すまぬ。手違いでおぬしを『召喚』してしもうた。えへっ」
真摯なのは声だけじゃないですかこのアマ……!
舌をぺろりと出して頭を小突く仕草が、凄く、寒々しかった。
読んでいただきありがとうございます。
週に2、3のペースで更新しよっかなーと思っています。
どうぞよろしくお願いします。