18話 魔王の娘達。
イルヴァさんと打ち解け、和やかに談笑しながら俺達は王城の廊下を進んでゆく。
なにやらシアだけは暗いオーラを纏わせつつだんまりを決め込んでいるので、イルヴァさんと俺だけが会話しているわけですが。
先程イルヴァさんにからかわれたのが尾を引いているようで、損ねた機嫌が回復しないご様子。
下手に会話に混ざってまた弄られるのを警戒しているらしく、シアは俺とイルヴァさんの話には無関心を装う心づもりを決め込んだようだ。
それでも時折イルヴァさんがシアを釣ろうと話題に「おムコ」やら「お子」などを挙げる度、物言いたげに此方を睨むものの、目を合わせるとツンとそっぽを向いてしまうシアの仕草が実に新鮮です。
その反応がイルヴァさんを萌えさせ、さらに良い反応を引き出そうとちょっかいを出す悪循環が生まれていた。
シアがそれに気付くのはいつだろうか。現状を見るだに兆候すらありません。
まあ、見ている分には非常に楽しいので俺は一向に構いませんが!美少女がムスっとしているのも中々オツだと思います!
「トーヤちゃん、あの離れにオリカ様のお部屋が有るんだよ~」
「おおー、……白い」
イルヴァさんの指差す方には、言葉通り白い館が建っていた。
王城の中庭に建てられた離れのような館だ。
館の周りには色とりどりの花が咲いており、丁寧に手入れのされた生垣に囲まれている佇まいは花園の館と形容しても間違いではない。
建物の外観もどことなく可愛らしい作りをしており、そこだけが城という仰々しい場にそぐわない雰囲気を醸し出している。
中庭とはいえ、城自体の規模がかなり大きいため結構な広さがあるのだが、その館はその中庭の中央に鎮座するように建てられている。
その周囲はフラワーガーデン。見ればやたら凝った意匠の施された噴水もある。なんというか全体的な印象としては実にメルヘンチック。
何故あんなところに館がとは思わずにはいられない。
っていうかお姫様のお部屋が離れとか普通なんでしょうか。よく分からないのだが、お姫様っていうのは一般的に城の中でも最も高い塔とかに部屋を持ってるイメージがある。それはもっぱら数有る冒険小説やゲームからの知識ではあるが、お姫様というのが万が一にも危険な目に遭わせる訳にはいかない身の上である以上、防犯という観点から見て中庭の館っていうのは論外な気がします。
いやまあ城自体が防犯レベル高めなのだろうから、この心配は杞憂なのかもしれないが。
「あの建物は『精霊宮』って言ってね~。シア様とオリカ様が精霊術にお目覚めになられたとき、魔王様と国の重鎮たちが大盛り上がりしてノリノリで建てたものなの~。だから精霊宮だけはドミトリス城のなかでも一番新しい建物で、掃除も行き届いてるからいっつも綺麗でね。眺めてると癒されるよね~」
「へえ……。じゃあ、あそこはお姫様のために建てられた館ってことなんですね」
通りで何かメルヘンな感じがするわけだと納得する。
魔王とか国の重鎮さん方のシア達に対する愛情というか暴走っぷりも伺えるところではあるが。
と、そこで憮然としながらもシアが久々に口を開いた。若干イラついている様子なのはからかわれすぎたせいだろう。
「ふん。あのような花に囲まれた白い家のような少女趣味丸出しなモノを建てられてもいい迷惑じゃがの」
「あれ、シアの部屋もあそこにあるんじゃないの?」
「誰があんな恥ずかしい建物に部屋なぞ持つか。あそこに部屋を持ってるのはオリカだけじゃ。私の部屋は普通に城内じゃよ」
「恥ずかしい建物……」
酷い言いようではあるが、確かにあそこに住めと言われてもなあ……。
「ふふっ。建築が終わったあと、シア様もミリィ様も精霊宮に住むのは絶対に嫌だって引かなくってね~。しょんぼりしちゃった魔王様と国の重鎮たちが一時期、ぜんぜん仕事しなくなって大事になりかけたことがあったのよ~。通称『しょんぼり精霊宮事件』」
「それで大丈夫なんですかドミトリス!?」
「今でも『精霊宮』ではなく『しょんぼり宮』などと皮肉られるしの。主に私から父上が」
「父親の尊厳が危ない!」
顔を合わせたことはないが、魔王様には同情を禁じ得ない。
娘によかれと思ってプレゼントしたものを全力で拒否される父親の心境は推して知るべしだろう。
それを未だに引きずられ、事あるごとに娘から嫌味を言われる父親のなんと哀れなことか。
「って、そういえばミリィって誰?」
精霊宮に住むことを嫌がったのはシアとミリィという人物という話だが、ミリィって誰だろうか。
「……あ、トーヤちゃんはミリィ様のこと知らないんだ~?」
「ええ。初めて聞く名前です」
イルヴァさんがここにきて初めて表情を笑顔から困ったような顔に切り替えた。
なんだか何処から説明したものかと考えあぐねているようだ。ミリィという人はそんな説明に困るような人なのだろうかと内心で首をひねる。
「ミリィ様はね~……」
「よい。私から説明しよう」
俺の質問に応えてくれようとしたイルヴァさんの言葉にシアが割って入った。
「ミリィは私の下の妹じゃよ。ミリィレ・ドミトリス・メイロゥがフルネームじゃ。私、オリカ、ミリィで三姉妹なのじゃよ。私からするとオリカが1歳下で、ミリィは3歳下じゃ」
「ああ、オリカさんの他にも姉妹いたんだ……。てっきり二人姉妹なのかと思ってたよ」
「うむ。特に話してなかったしの。……それでの、実を言うとおぬしに会わせたい者というのがミリィのことなのじゃ」
「へ……?」
思いがけないところから、俺が王城に引き連れられてきた目的を明かされた。
同時になんでまたシアの妹に俺を合わせたいのかが気になった。
実のところ俺を此処まで連れてくる気になったときのシアの問答無用さにはうすら寒いものを感じていたわけで、厄介な事情があるのではないかと勘ぐっていたところがある。
誰だって「楽しみじゃククク」とか含み笑いしている人物に引きずられれば我が身の危険を感じるのは当然だと思います。
「ミリィはちょいと訳ありでの。数ヶ月前よりずっと自分の部屋に閉じこもりきりなのじゃが、その解決のためトーヤに一役買ってもらいたくてのう」
シアがそう言うと、何故かイルヴァさんが硬直した。
口元がひくつき、褐色の肌が何処と無く血色を薄くしているように見える。
イルヴァさんの反応に嫌な予感がして、俺はシアに尋ねる。
「……俺に、何をさせる気なんです?」
「難しいことはない。ただトーヤはミリィを手伝ってくれればそれでいいのじゃ」
「具体的にはどんなことを手伝うのか教えて貰っても?」
「………………」
「え、何でそこで黙るんですか!?」
「……ふん」
あっ、駄目だこれ。シアさんの眦が釣り上がってますよ!イラついてて俺の質問に答える気ないですよ!
教えてなんぞやらんという気迫がひしひしと伝わってくる。ついでに、状況から察するにミリィさんの手伝いとやらは恐らく面倒事に違いなさそうだ。
「さてと、此処までお連れしたことですし、私は職務に戻りますね~」
俺とシアの醸しだす面倒事オーラを敏感に感知したイルヴァさんがそう口にする。
シアと俺との間に取り交わされている何かを聞いては申し訳ないと思ったのか、単に巻き込まれるのを嫌ったのかは定かではないが、どちらにせよこの場から逃げ出そうとしている事には違いない。
「……!……!」
俺は無言で必死にイルヴァさんに助けを求める。今まで散々シアをからかっておいて危なくなったら逃げるなんて冗談じゃないですよ!
この場に一人取り残されれば不機嫌になったシアさんにどんな倍返しされるか分かったもんじゃない!
機嫌を損ねた美少女を和やかに観察できるのは手綱を握れる人物が傍にいるからであって、ひとたび鎖から解き放たれたご機嫌ナナメなナイチチを抑えきれるスキルなんて持ち合わせていない俺にとって、ここでイルヴァさんが居なくなればシアが俺に逆襲の矛先を向けるのは想像に難くない。
そんな俺の無言の訴えに微笑を浮かべながらも、イルヴァさんはじりじりと下がっていく。
「待つのじゃ、イルヴァ。おぬしはトーヤの身なりを整える手配を頼むのじゃ」
「え~、私も仕事が~」
「馬鹿を申すでない。おぬしの仕事は私を連れ戻すことじゃったろうが。たまたま私は帰ってきていたが、そうでなければ長くて数週間かかる仕事じゃ。他の仕事なんぞ既に都合をつけておるじゃろうに」
「ですから、仕事の完遂の報告とかが~……」
「大丈夫じゃ。オリカの部屋の衛兵にでも私の帰城報告をするように申し伝えておこう」
「…………私はミリィ様のところへは行かなくてもいいんですよね~?」
恐る恐る、といった様子でイルヴァさんが尋ねた。
のほほんとしているイルヴァさんにそぐわない躊躇いがちな口調だ。
どうにもミリィさんの所へは行きたくないらしい。そんな人のところに手伝いに行かされるという俺。嫌な汗がダラダラと流れてくる気がする。
「勿論」
「……ほっ」
イルヴァさんが心底安心したように息を吐く――が、シアはそれを確認してからクククと意地悪げに笑い、さも当然と言い放った。
「勿論、一緒に行くのじゃぞ?」
「……え、ええ~!?」
絶望に彩られたイルヴァさんの表情を見て、「ああ、俺はロクでもない手伝いをさせられるんだな」と諦観を抱いた俺だった。
◯□◯
「では私はオリカのところへ行ってくるのじゃ。後は任せたぞ、イルヴァ。……くれぐれも、逃げるでないぞ?」
「はあい~……」
気の毒なくらい肩を落としたイルヴァさんと、これから我が身にふりかかる多難を想像してげんなりする俺を残して、シアはトコトコと精霊宮へと歩き去っていった。
その姿を見送ってから、イルヴァさんが重い溜息を吐いた。
「じゃあ、トーヤちゃん……お風呂とか着替えとかしちゃおっか~……」
「は、はい……」
イルヴァさんに先導されて、俺は城の廊下を進んでゆく。
やがて先程歩いてきた廊下よりも装飾の少ない――恐らくは行政スペースだろう――ところを抜け、来客用と見受けられる部屋に辿り着いていた。
城に務めていると思しき人とすれ違うたび、やたらジロジロと見られていたのは気のせいだろうか。
案内された部屋は、一言で言えば豪奢という表現に尽きた。
毛の長い絨毯が敷き詰められ、並べられた家具の一つ一つも、さも自身が値打ちものだと主張するように存在感を持っている。
どれか一つとっても生半可な値段ではないだろう。正直、こんな部屋に案内されても困るんですが……!
そんな俺の思惑を知らず「少し待っててね~」と言い残し、イルヴァさんが部屋を後にしてしばらく。
やたらフカフカする傍目から見ても高級と分かるソファーに肩身の狭い思いで座って待っていた俺のところへ、イルヴァさんが数人の侍女らしき方々を引き連れて帰ってきた。
侍女と分かるのは、ここまで来る間に見かけた幾人かと服装が同じだからだ。
いや、迂遠な表現は避けよう。
メイド服だったから分かりました!何処からどう見てもメイドさんです!
流石に萌え文化はないようで、極端なミニスカやら露出を良しとする作りではなく、きちんと実用向きの範疇に留まる作りをしているものの、パッと見ただけでメイドと分かる衣装である。
異世界とのささやかな接点を見つけて、俺のテンションはダダ上がりです。
さらにメイド服を身にまとうのが、コスプレではなく本物の羽やら尻尾やらをお持ちの魔族の方だというから素晴らしい。
コスプレも悪くはないとは思うが、やはり実物の前には霞む……!異世界バンザイ!
だが、やってきたメイドさん方を見回して、俺はあることに気づいた。
「おまたせ~。トーヤちゃん、今から服のサイズ計っちゃうから、ローブ脱いでくれる~?」
「残念なのは獣耳メイドさんがいないことです!」
「……トーヤちゃん?なに意味のわからないこと言ってるの~?」
「残念なのは獣耳メイドさんがいないことなんですよ!」
「何で二回言ったの~……?」
ああ、どうやら異世界では浪漫は分かってもらえないらしいです。
ちなみに俺の新しい服とやらは夕方には出来上がるそうです。なんだその早さ。
その後、メイドさんに囲まれながらの採寸を終え、浴場へと案内された俺は久々のバスタイムを楽しませてもらった。
浴場とはいうものの当然のことながら日本式のような浴槽に湯を張ったものではなく、サウナ式で汗を流す形式のものではあったが。
それでも汗を流して体を擦り、水掛場で水を浴びるとさっぱりした。サンボの町から王城に辿り着くまでも、シアの用意したノームハウスに備え付けのシャワールームを使ってはいたが、こうしてしっかりとしたサウナに入って汗を流すのはひと味違う。
これまでに蓄積された疲れが癒される思いだ。
久々に爽快とした気持ちになりサウナから出ると、脱衣場のカゴにはいつのまにやら綺麗に洗濯された俺の衣服が畳んであった。
「仕事が、すげえ速い……」
風呂に入っていたのはせいぜいが20分前後だろうに、その間に服を洗い、乾かし、なんかやたらきっちりとシワ一つ無い仕上がりとなった我が衣服。
どんなトリックを使ったらこんな所業が可能なんでしょうか。恐るべきは異世界メイド……!
服の仕立てといい、洗濯の早さといい、異世界のメイドは化物かッ!
いやまあ服の仕立てはメイドさんがやるわけでなく専門の人がやるんでしょうし、洗濯がやたら早いのは魔術の恩恵によるものとかそういうアレなんでしょうが。
ともあれ、と脱衣所から出ながら俺は外を見る。
すぐ傍に備え付けられた窓から見える空に浮かぶ太陽は高い位置にある。夕方までにはまだまだ時間があるようだ。
服が出来た頃にシアがやってくるらしいので、それまでどう時間を潰したものかと考えを巡らせる。
「って言っても、部屋で待つしかないよなあ……」
客人扱いの俺がブラブラとその辺を歩きまわるわけにもいかないだろう。
件のミリィさんのところへ出向くまでの心の準備だとか、イルヴァさんからの情報収集に勤めようと決め、俺は客室へと戻ることにしたのだった。
読んで下さりありがとうございます。
シア以外の魔王の娘の登場フラグでした。