17話 シチュエーション・シナジー。
「痛い……まだ頭の奥のほうがズッキンズッキン響きやがりますよ……」
「ごめんねえ。シア様がお帰りになられたって聞いて慌ててたの~」
どこか間延びした口調で謝りつつ、俺とシアを先導していた黒金軍服さんが申し訳なさげに頭を掻く。
その頭の上には獣人の証である猫耳……虎耳と言ったほうが正しいだろうが、獣耳がピコピコと揺れていた。
黒金軍服さん――イルヴァ・パルソンと名乗った彼女が、東門で俺と衝突事故を起こした張本人である。
イルヴァさんは所々だらしなく着崩れした軍服から覗く肌は褐色で、柿色の髪色と相俟って全体的に野性味溢れる容貌をしている。
けれども喋り方が天然系なので、親しみやすそうなお姉さんという感想を俺は持った。
いいじゃないですか年上天然。素晴らしいじゃないですか年上天然。衝突事故から意識不明へのコンボ程度なら許せますよ俺は!
ちなみに俺は気絶からすぐに意識を回復させました。尾を引く鈍痛以外に怪我はないのは【自問自答】さんによる回答で検査済みです。
俺が意識を取り戻してすぐに、俺とシアはイルヴァさんに連れられて王城に辿り着いた。
普段であれば王城のあまりの荘厳さに恐縮しきりだったろうが、如何せん頭痛が酷くてそれどころではなかった。
始終頭を抱えるようにして入城したもんだから、辺りを見回している余裕もありませんでした。ようやく会話できるくらいに回復したのは、つい先程のことである。
今は王城の中のやたら長い廊下をイルヴァさんに先導されて歩いている。
廊下の所々に飾られている壺やら絵画やら、奇怪な生物の剥製やらを眺めつつ、俺は何事かを話し合うシアとイルヴァさんの後ろについていく。
「イルヴァはもう少し周りに注意することを覚えたほうが良いのう――して、イルヴァよ。伝えたいこととは何なのじゃ?危急の要件のようじゃが」
「それはアタシじゃなくて、テルミナちゃんから聞いてください~。アタシは大急ぎでシア様連れてくるように言われただけですので~」
「テルミナ?テルミナが城に来ておるのか?」
「はい~。今朝、真っ青な顔で城に駆けこんできて、それからずっとオリカ様と話してるみたいです~。アタシはさっき、オリカ様から直々にシア様を何としてでも早急に探して連れ戻すようにとの命令を頂きまして~」
「ふうむ……。テルミナがオリカとのう……。私を探しておったということは精霊関係で何か起こったと見るべきかの」
「シア様はちゃんと皆にお許し貰ってから出かけるようにしたほうがいいですよ~?いつも突然お出かけなさるので、その度に魔王様とかオリカ様が大騒ぎするんですから~」
「皆から許しなぞ貰おうと思ったら1年有っても足りぬじゃろうて」
「仕方ないですよ~、お姫様なんですから~。それにしても……」
そこでイルヴァさんがチラリと俺に意味ありげな視線を送ってくる。
なんだろう、俺を見る目が若干面白がっているソレなんですが。
「シア様がおムコさん連れて帰ってくるなんてビックリですよ~」
「「なっ!?」」
俺とシアの声がハモる。
「ばばば馬鹿者!私とトーヤはそのような関係ではないのじゃ!」
ちょっとどもってるところにキュンときました!
突然のイルヴァさんの勘違い発言にどう反応していいか分からず黙りこむ俺とは対照的に、シアは顔を真っ赤にしてすぐさま反論した。
だが、イルヴァさんは相変わらず微笑みながら俺とシアとを交互に見るばかりだ。
「え~?だってさっき、トーヤちゃんが気絶したときのシア様の動揺振りは凄かったですよ~?」
「誰だって目の前で知り合いが馬に轢かれれば心配するじゃろうが!」
「倒れ伏すトーヤちゃんに駆け寄って、『トーヤ、死ぬでない!私はまだおぬしを……』って言いながら涙目で~」
「白目剥いて泡吹いてたから死んだかと思ったのじゃ!」
「まるで物語でよくあるラブロマンスの最後みたいでした~」
「どこにゴボゴボと気色の悪い音を立てて泡吹きつつ死んでゆく男を看取る物語があるというのじゃ!」
初めて明かされた事故直後の状態に、ドッと冷たい汗が吹き出した。
イルヴァさんの発言よりも気にかかる単語を発したシアに焦って尋ねる。
「えっ、なんですかそれ!俺ってそんなにヤバげな状態だったの!?」
「ビクンビクンしておった。陸に打ち上げられた魚のようじゃった」
「怖ッ、良く生きてましたね俺!?」
「イルヴァに轢かれたとき、あまりにも綺麗に飛んでいったしのう。こう、何というか、きりもみ回転で」
「何で衝突事故で回転加えられてるんですか俺!?フツー横からぶつかったら吹き飛ぶだけだよ!何処に回る要素あったの!?」
「芸術点をやっても良いのじゃ」
「評価された!衝突事故なのに!」
「着地に成功しておれば満点じゃったのに、勿体無いのう」
「減点されてた!?」
「あの体勢からであれば地面に突き刺さることも可能じゃったろうに……」
「頭から刺されと仰られますか!」
一転して心底残念そうな眼差しになるシア。
いったい、あの事故に対してシアは何を求めていたのか俺には分からないよ……。
っていうかきりもみ回転で飛んでいって頭から地面に突き刺さって生きてるのって漫画だけですからね!
現実にそんな離れ業やらかしたら首の骨がポッキリ逝ってお陀仏ですよ!
不毛な思考に捕らわれていると、ニコニコしているイルヴァさんと目が合った。
「うふふ~、やっぱりラブラブじゃないですか~」
「どこがじゃ!」「どこら辺が!」
「息までぴったりですね~。この調子ならシア様のお子を見れるのも近そうです~。やっぱり最初は女の子がいいのかなあ。あっ、でも男の子でドミトリスの王位継承してもらうのもいいかも~?臣下も国民も大喜びするし……」
「こ、こどっ……!?ふふふふ不敬じゃぞ!」
「だってシア様ももう18歳ですよ~?そろそろご結婚されてもいいお年じゃないですか~」
「25歳で独身のおぬしには言われたくないのじゃ!」
イルヴァさんって25歳なんだ……。
豊満な体つきといい、年上だと思ってたけど年齢が分かると何か嬉しいですね!
年上属性確定バンザイですよ、うん!
「ふふっ。照れてるシア様も可愛いですよ~。ねえ、そう思うよねトーヤちゃん」
「そこで話を振りますか!」
思わず俺はシアを見つめてしまう。
羞恥に染まった整った顔立ち。動揺してわななく唇。反論しろとばかりに健気に訴えてくる眼差しは、自分より長身な俺と視線を合わせるための上目遣い。
握りこまれた小さな手のひら。
乳は皆無だが、そこに目を瞑れば完璧な容姿。
いつも何処か超然としているところのあるシアが、イルヴァさんに良いように弄ばれているというシチュエーション。
うん。
「はい、可愛いです!」
「――ぐふう!!」
本音が口を衝いて出る。だって可愛いものに可愛いと言って何が悪いというんですか!
美少女なら尚更、躊躇することなんて在り得ません。
思いはちゃんと伝えないといけないと思います!
俺からの予想外の追撃に、美少女にあるまじき声を上げてシアが俯く。
髪の間から垣間見える雪花石膏の如き透き通った肌は、耳まで赤く染まっている。
恥ずかしさがゲージを振り切ったようだ。
「あらあら~、シア様ったら真っ赤っか~」
「ええ。でも恥じらう姿も可愛いですよね!」
「そうだね~」
相槌を打つイルヴァさんは物凄く生き生きとしていた。また、この短い遣り取りで俺はイルヴァさんとは仲良くできそうな気がしてきていた。
やはり価値観が通じ合うというのは素晴らしいことだ。
ビバ可愛い物!最高ですよね美少女!
いやまあ、厳密にはイルヴァさんのは違う気がしますが、そんな瑣末な事なんて関係ないですよね!
テンションの上がった俺はイルヴァさんに握手を求めた。
向こうもニッコリと一際強く笑うと、握手に応じてくれた。
「イルヴァさん、貴女とは仲良く出来そうです」
「はい~、私もトーヤちゃんの今後の活躍に期待してるよ~」
「おぬしら……今に見ておれよ……」
笑顔で握手を交わす俺たちを恨めし気に睨むシアも、この時ばかりは全く怖くなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回は主に会話パートでした。伏線の未来はどっちだ。
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