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魔王の娘と異世界拉致された俺  作者: きしかわ
やってきまして王城編
16/19

16話 王都に到着しました。





時刻は早朝。

夜の帳もその役目を終え、空は白み、静かに夜が明けようとしている。

夜間に冷え切った空気は澄み切り、深呼吸でもすれば清浄な空気が臓腑に行き渡るだろう。

とはいえ、まだまだ街が活気を持つには早過ぎる時間だ。鶏ですら朝の訪れを知らせていない。

人々は未だ各々の寝所で夢の中にいて当然――夜でもないが朝でもない。そんな曖昧な時刻である。


「はあっ……はあっ……はあっ……」


その静謐な空気を押しのけるが如く、人気のない街路を往く影がある。

両手で金色の柄の先に円をいくつも重ねあわせた装飾を持つ杖、俗に錫杖と呼ばれる祭具を抱え、金具の擦れるシャンシャンという高い音を奏でながら影は一心に走ってゆく。

影は汚れ一つ付いていなかっただろう白い長衣を地面から立つ埃に塗れさせながらも、気にする素振りすら見せず駆けていく。

その格好から推測するだに、影は神職に属する者と見て間違いない。

――けれど、気にする素振りがないというのは間違いだ。


「はあっ……はっ……はあっ……!!」


ひたすらに前へ前へと進む影の横顔は、誰の目にも焦っていることが明らかだ。

服の汚れなどに気を払っている余裕もないというのが正しいだろう。

長衣が絡むのだろう。時折、足をもつれさせ転びそうになりつつも、影は決して速度を落とさず走る。

ヒュー、ヒューと聞こえるのは呼吸音だ。

酷使された体が酸素を求め、懸命に呼吸をしようとしている。

そんな状態で走り続ければ当然、呼吸器は生命を維持するためのエラーを吐き出す。


「はあっ……げほっ……げほっげほっ!」


激しく咳き込みながら、それでも人影は速度を緩めようとしない。

身体の異常など些事とでも言わんがばかりだ。

ただ、表情までは誤魔化せないようで、その顔は苦しそうに歪んでいる。

夜の明けきらない薄暗い街を往くのは、顔つきに幼さを残した少女だ。

豊かに伸ばした霞色の髪が無残にも風に乱れ、微かに赤色の重なる瞳は開けているのも精一杯という風情である。

普段は穏やかさを感じさせるであろう風貌ではあるのだが、今は少女の浮かべる決死の形相がそれを打ち消している。

走るといった運動に慣れていないらしい彼女の膝は哀れにも疲労に震えているのだが、彼女はふらつく体を意志でもって引きずるように動かしている。

そんな彼女の現状を一言で表すのなら、必死だとか懸命というものが相応しい。

酸欠に喘ぎながらも、彼女は走る。

彼女自身が先程気付いた、とある異変――それが何を意味するものかを伝えんが為、彼女はかの人への元へと急ぐ。


「は……やく……シア様とオリカ様に……これを伝えないと……!!」


彼女の行く先には、大きな門が見えている。

その先には地平線から顔を覗かせてきた太陽に照らされる白亜の建物――ドミトリス城が悠然と建っていた。






◯□◯





「見えてきたぞ、あれが王都リュグノーじゃ」


「やっと着いたんだ……長かった……現代っ子の薄っぺらい体力の前には果てしない道程だった……」


サンボの町を出発してからおよそ一週間、俺達はようやく王都リュグノーに辿り着いていた。

サハギンに襲われるというハプニングが有りはしたが、それ以降の道中は至って平和だった。

平和だったんですが途中で町の一つも無かったのは何なんでしょうか。

シア曰くリュグノーまでの最短距離を突っ切ったらしい。

慣れない長旅で俺は疲労困憊だったが、シアは意外と健脚だっようであまり疲れている様子もない。

聞けば魔人族は人間よりも体力が有るとかなんとか。

種族差ってやつを痛感した旅路でした。まあ夜間は例のノーム製ログハウスでしっかり休めたのも大きいんでしょうけども。


遠くから見るリュグノーの街は一目でその規模の大きさが分かった。

サンボの町とは格段に大きさが違う。街道を行き交う人の流れもかなり多い。

街全体を包むようにして高い城壁が立てられており、それよりも高い建造物がいくつも見えている。

遠目でも分かる一際高い尖塔がドミトリス王城とのこと。

今からあそこへ行くのか、と思うと若干げんなりした気持ちになる。

何せこちとら一般ピープルですよ!王城とかそんな畏まらなきゃいけない場なんて身分違いもいいとこだと思います。

っていうかどうして俺を王城に連れて行くのかをシアに尋ねても「会わせたい者がおる」としか言ってくれないので非常に不安なんですが。

詳しく訊こうとしてものらりくらりと躱されてしまって追求出来ない。とはいえ俺はカナさんの住んでるというササキの森までの道筋やら、この世界の常識も分からないのでシアに着いて行かざるを得ない。要するにシアに言われるがまま行動するしか今のところの選択肢は無いわけで。

そもそもシアは見た目に似合わずかなり力が強いので、首根っこ掴まれて引きずられれば物理的に逆らいようもない。

これが男相手だったら苛立つだろうが、シアのような美少女にニコリと微笑まれると許せる気になるのは青少年の悲しい性だと俺は思います。


それからしばらく歩き街へ近づけば近づくほど街を囲う城壁の広大さに圧倒された。

流石にこれ程の規模の大きさの街を全て囲う訳にはいかないらしく、壁が立てられているのは主要な門のあるに留まるようではあったが、それでも街全体をぐるっと一周するという堀が外敵への備えを磐石なものにしていた。

街に入るには必ず堀に架けられた橋を通り、その先にある門をくぐる必要がある。

そこでは門番が街へ入る者たちを一人一人チェックしており、審査待ちの人々が列を成していた。


「ぐえ、あそこに並ぶのか……。時間かかりそうだね」


「あそこは南門じゃの。初めてリュグノーに入る者たちや、商人たちが荷物の検査を受けるところじゃ。じゃから一際混んでおる。私たちは別のところから街へ入るからの、時間なんぞ掛からぬよ」


「あ、そうなんだ。ってあれ、俺もそっちからでいいの?」


リュグノーに入るの初めてなんですが、と訊くとシアは苦笑した。


「おぬし、私が誰だか忘れておらんか?ドミトリスの王女じゃぞ。トーヤ一人くらいどうとでもなるわ」


「それもそうか……しかしお供の一人も付けないで出歩く王女ってどうなんだよ……」


「半ば抜け出す形で城から出てきたからのう、供なぞ付けている暇なんぞなかったのじゃ」


「……え、それってまずいんじゃないですか」


「大丈夫じゃ。置き手紙も残してきたしの。私が城を抜け出すなんて日常茶飯事じゃし、城の者も心配しておらんじゃろうて」


すっげえ破天荒だこのお姫様……!

呵々と笑うシアとは対照的に俺の頬は引き攣る。王族というからにはやんごとなき身の上だろうに、それがこんな軽い調子でいいのだろうか。

振り回されているであろう城のお歴々には心から同情する。




俺達はそのまま南門を迂回し、街の東門へと向かった。

確かにこちらの門は然程混んではいない。門番は立ってはいるが、通り過ぎる人物をいちいち審査したりはしていない。

ただ、人が門を潜るたびに門の上に取り付けられた水晶玉のような球体が淡く光を漏らしている。


「あの人が通ると光る玉……あれは何なの?」


「あれは門を通る者が入都審査を受けておる者かどうかを確認する魔道具じゃ。正式に入都審査を通ったものはリュグノーを守護する結界への入場許可が登録されての。一度それを済ませてしまえば入都審査をしなくても出入りが可能になるのじゃ」


「へえ、便利なもんだね」


「入都する目的によって滞在を許される期間は異なるがの。それを過ぎる場合は役所に行って更新手続が必要となるのじゃよ」


入国ビザみたいなもんかなー、と思う。

この辺はしっかりしている辺りドミトリスの行政機能には感嘆する。科学が発展していないからといって文明レベルが一概に低いというわけでもないらしい。正直舐めていましたごめんなさい。

魔術という文化が存在している以上、此方の世界が俺の世界と違うベクトルでの進歩を遂げるのは正統と言えるだろう。

そんなことにも考えが及ばなかったのはひとえにサンボの町しか今まで見たことがなかったからだ。

あちらの町と王都ではやはり発展具合に大きな隔たりがある。

門の向こうに見える街並みからしていかにも都会という雰囲気を醸し出しているし、出入りしている人々も多種多様だ。

ここまでの旅路で多少見慣れたとはいえ、角が生えてたり、肌が真っ青だったり、羽が生えてたりする人間以外の種族が行き交う光景には圧倒される。それを見るたびに異世界に居るんだなと思い出すのは仕方ないことだろう。


「色々物珍しかろうが、ここからはあまりキョロキョロするでないぞ。仮にもおぬしはこの私の客人として城に向かうのじゃからの。堂々としておれ」


「りょ、了解」


慌てて背筋を伸ばして前を見つつ歩く。背筋伸ばす必要は有るのかどうか分からないですが、王族の客人云々と言われたからにはある程度の礼儀正しさを心掛けたほうがいいんじゃないでしょうか。どうでしょうか。分かりませんね、知らんがな。


俺を先導するシアの後に付いて、俺は黒霧号を連れて門番へと近づいていった。

ちなみに、シアは王都が見えてきたところで黒霧号に積んでいた荷物からフード付きの真紅のローブを引っ張り出して着込んでいる。

フードを目深に被り、傍目からはシアの人相は伺えない。

なんでも身分を隠すためだとか。そりゃあまあ、王女が普通にトコトコ歩いて門に行ったら大騒ぎになるしね……。

ついでに俺も灰色ローブ付属のフードを同様に深く被っている。万が一騒ぎになったときに顔が割れるのを防ぐためだとか。



自分に歩み寄ってくる赤色ローブと灰色ローブに気づいたらしい門番が、こちらに胡乱な眼差しを送ってくる。

腰に指していた剣の柄に手をかけているあたり、なんか妙に警戒されている気がする。

そりゃそうですよね!誰だってフード被って近づいてくる二人組見たら警戒しますよね!不審者丸出しだもの!

これって逆効果だったんじゃね?と思わざるをえない。いきなり斬りかかられないことを祈りつつ、俺は更に門番へと近づいていくシアを見守る。

シアは門番の正面に立つと、微かにフードを押し上げながら門番に話しかけ始めた。

最初は訝しげな眼差しだった門番が、驚きに目を見張ったかと思うと、次の瞬間には可哀想なくらい緊張した様子で背筋をピンと伸ばして敬礼をしようとした。

シアはそんな門番をたしなめて敬礼を止めさせ、さらに2、3言指示を申し伝えているようだ。

……うん。いきなり自分が仕えてる国の姫様が現れて話しかけてきたらビビるよね……。


「よし、では頼んだのじゃ」


「ハッ!!」


シアは最後にそう門番に言い渡し、何事かの命令を受けたっぽい哀れな門番は慌てて何処かへ全力疾走していった。

その速度が滅茶苦茶速かったのが余計に哀れさを誘う。お仕事お疲れ様です。

門番を見送り、フードを深く下ろし直したシアが戻ってくる。


「城へ帰還報告と迎えを頼んだ。じきに迎えの者が来るじゃろうて」


「可哀想な門番さん……」







それからしばらくボーッと人(とか魔族の方々)の流れを眺めていると、何処からか騒々しい音が聞こえてきた。


「なんだ……?」


音のする方を見ると、馬に跨った黒と金に縁どられた軍服風な服を着込んだ人が此方へと猛然と走ってきていた。

人の流れをかき分けるように突き進む黒金軍服さんに、通りがかった人は慌てて道を譲っている。

避けきれなかったら轢死するでしょうあれ。


「む?あれは……」


同じくそちらに視線を向けていたシアが何かに気づいたように漏らす。


「シア、あれ知ってる人?」


「恐らくの。あの色合いの軍装束から見るに、あやつは……」


シアが言いかけたとき、黒金軍服さんが大声を上げた。


「シ~~~~ア~~~~さ~~~~ま~~~~!」


「――あっ」


シアに尋ねようと視線を逸らしたのがいけなかった。

すぐ近くでシアを呼ぶ声がしたかと思った刹那、ドゴス!とおかしな音を立てて俺の体が横合いに吹っ飛んでいた。


チラリと見えた視線の先では、シアと黒金軍服さんが呆然と吹き飛んでいく俺を見送っており――

続けて響いたバガス!という後頭部を地面に打ち付ける音と共に、俺の意識は黒く塗り潰されていった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字などがあった際にはご連絡いただけると幸いです。

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