13話 俺とボクとサカナ面、そして違和感と。
「はっけよい、のこったァー!」
「ギュエエエ!!」
掛け声と共にラファエロが一番近くにいたサハギンに向かって腰を落として挑みかかっていく。
その体勢はまんま力士のそれであったが、如何なる歩法によるものか、その速度は尋常なものではない。
残像すら残す勢いでサハギンに接近したラファエロは、
「ドスコーイ!」
一声のもと広げた手のひらを下から押し上げるようにして一直線に突き出す。
相撲でいう突っ張りだ。
ドム、とおよそ肉を撃った時に出るとは到底思えない音がしてサハギンが地面へと倒れ伏した。
倒れたサハギンに目もくれず、ラファエロは次の獲物へと向かっていく。
「ドスコオオオオイ!」
サハギンに対しやや横側から攻める形となったラファエロが、手のひらを広げたまま、ビンタのような格好で腕を振り抜く。
襲われたサハギンも慌てて身構えたが、遅かった。
今度はバチンと弾けるような音が響き、サハギンを横薙ぎに吹き飛ばした。
ズササと音を立てて転がっていくサハギンは、数メートルも地面と擦れてようやく止まった。
……なんですかあのカッパパワー。俺がサハギンの弱点突いて倒したのとは大違いじゃないですか……。
力押しでぬめる表皮なんて関係なくサハギンを叩き潰しているラファエロに、俺は馬鹿馬鹿しさにも似たやるせなさを感じた。
まあそれは置いておいて、サハギンの注目がラファエロに向いている今がチャンスだ。
俺は戦闘しているカッパと半魚人を尻目に、木を降り、黒霧号の元へと辿り着く。
……ひどい傷ではあるが、まだ息はある。俺が近づいたのが分かったのか、黒霧号は薄目を開け俺を見た。
ヒヒン。
弱々しく鳴く黒霧号の姿に、いたたまれなくなくなった俺は堪え切れずに黒霧号の頭を撫でる。
少しでも痛みが和らぐように。
そこでようやくサハギンたちも動き始めた。
仲間が2匹も瞬殺されたのを目の当たりにしたからだろう、サハギンたちが一斉に怒色に染まった。
「ギュウウウウウウウウウ!!!」
1匹が鳴き声を上げてラファエロに襲いかかったのを皮切りに、その場にいたサハギンたちがラファエロへと殺意をむき出しにして向かっていく。
単独ではラファエロに勝てないと判断したためかどうかは分からないが。
いずれにせよ1匹1匹の体躯がさほど大きくもないサハギンでも、こうして群れが一気に動くと結構なモノである。何がって迫力が。
瞬く間にサハギンたちにラファエロは取り囲まれた。サハギンたちは血に飢えたピラニアみたいな感じで絶え間なくラファエロへ飛び掛っていく。
そんなサハギンたちの一斉攻撃を前に、当のラファエロは非常に楽しそうな様子でニヤリと笑った。
「いいねえいいねえ。燃える取り組みだ!」
そう言うやいなや足を広げたまま、ラファエロの身体が深く沈む。
その状態で、ラファエロは襲いかかってくるサハギンの目の前で腕を伸ばし、両の手のひらを胸の前で打ち鳴らす。
「河童流決まり手がひとつ……『猫騙し』」
パーンとラファエロの手のひらが破裂音を生み出す。
それを鼻先で食らったサハギンは白目を向いて崩れ落ちた。
有るのかどうかいまいち不明だが、どうやら鼓膜に類する器官――聴覚を音波で直接ぶん殴ったっぽい。
猫騙しを打ったラファエロは、残心のまま右腕を真横へと伸ばし、
「河童流決まり手がひとつ……『四股踏み』」
掛け声と共に上へとゆっくりと挙げていく。
同時に腕に合わせて右足も頭上へと伸ばされていき、ラファエロの上半身が左側へと傾いでいく。
洗練された足を持ち上げる動きは綺麗に半円を描き、最終的には広げられた両足が地面に対して垂直になるに至った。
その高く掲げられた右足を、ラファエロは勢い良く振り下ろす。
「ドスコオオオオオオオオオイ!!」
唸りを上げてラファエロの右足が地面へと落とされる。
そこを起点として地面がたわんだ。
たわみは瞬きをする間に大きくなり、地面をひっくり返し、円状に広がる。
やがて耐え切れなくなった地面がめくれ上がり、勢いはそのままに土砂によって形成された津波となった。
「ギュウエエエ!!?」
サハギンたちは突如として発生した土石流じみた土の壁から必死に逃れようと試みるが、如何せんラファエロを取り囲む格好だったのが災いした。
サハギンの走る速度よりも土の壁が迫る速度のほうが圧倒的に速い。
「ギュ……ギュエエ……」
哀れ。断末魔の悲鳴をあげながら、為す術も無くサハギンたちが土に飲まれていく。……飲まれていくのはいいんだけど、サハギンとはいえ可哀想過ぎるんですがこの光景。
単に上から土を被せられて埋められるのではなく、土砂の中で錐揉み状に回転してから埋まっていくのである。
ミキサーのようだと思ったが、ちょっとグロ要素入るのでそれ以上の想像を打ち切った。
「っておいおい、こっち来るじゃないですかああああ!!」
土津波はラファエロを中心にして円状に発生している。
それがどういう事かというと、サハギンに襲われて倒れていた黒霧号、そして黒霧号を撫でていた俺にも等しく土津波は襲いかかるということだ。
前を見れば、今にもこちらまで土津波が辿り着こうとしている。
やばい。あの阿呆カッパ、見境がねえ。サハギンを倒せても俺らがピンチじゃ意味ないじゃないですか!
逃げてもサハギンと同様に土津波に追いつかれて飲まれてしまうだろうし、かと言ってこのまま立ち尽くしていても末路は同じだ。
やばいやばいやばい、助けて【自問自答】さん!
Q.この場を切り抜ける手段をォー!!
A.疑問に対する回答を検索完了。
・水精霊ラファエロと契約したことにより、ラファエロを介して精霊術の使用が可能。下位詠唱であれば速度的にも問題ないと思われる。
つまりアレか、ラファエロに力を貸して貰えれば……!
だけど俺、あのカッパの能力なんていまいち分からんよ!
Q.そこんとこどうすればいいの!
A.疑問に対する回答を検索完了。
・土石流に対し、正面から『四股踏み』を発動させることで相殺が可能。
ただし、詳細な情報は未入力のため完全な発動は不可能。
また、ラファエロが顕現済みのためラファエロからの発動では相殺不可。あくまで天原冬弥が能力を行使する必要がある。そのためラファエロを通じての擬似行使となる。
構成式は……
そこで【自問自答】がフル回転を始める。
知識が折り重なる。蓄積された情報から現状の打破方法を導き出す。
・擬似行使に関しての知識を精霊術より解析。
発動は理論上可能。擬似行使についての項目を作成する。
>>精霊術・擬似行使
精霊術の知識によってクリエイトされた能力。
契約精霊によって発動されたスキルを、一時的に天原冬弥自身で発動できるようにコードを書き換える。
構成式は……
――俺は、この【自問自答】を、もう一段階理解した。
脳内に展開していく知識を掌握する。
『四股踏み』の技の一端を掴んだ確かな手応えを感じる。
いやまあ目の前の土津波をまともに喰らえば完全に覚えるんでしょうが、あんなん受け止めたら能力覚える以前にお陀仏ですって。
俺は迫りくる土津波に向かい、正面に構える。
そして【自問自答】によりもたらされる知識を行使してゆく。
精霊術、下位行使。そのいち。精霊への呼びかけ。
「――ラファエロ」
ピン、と俺とラファエロの間に何かが繋がった。
眼に見えないソレは精霊術師と精霊とを結ぶ呪力の糸だ。
《どうした召喚主。――しまった、『四股踏み』の攻撃範囲に巻き込まれたか!すまん!》
呪力によって結ばれたラファエロは、すぐに俺と黒霧号の置かれた状況を把握する。
精霊術、下位行使。そのに。キーワードスペルの詠唱。
「――ラファエロ。『四股踏み』」
《しかし!》
《いいからやってください!》
ラファエロから飛んでくる戸惑いの声に精霊交信で応える。
そりゃそうだ、ラファエロがこの状況で『四股踏み』を発動しても土津波がもう一波発生するだけだ――通常なら。
そこで【自問自答】の弾きだした答えが擬似行使だ。
《急いで!》
《どうなっても知らないからな!――『四股踏み』》
呪力の糸が繋がっている影響で、ラファエロが技を発動する感覚が直に伝わってくる。
やはり直接的に俺に『四股踏み』が当たっているわけではないので知識の流入は起こらない。
ここで【自問自答】の出番である。
Q.やっちゃってください!
A.『四股踏み』の発動を確認。呪力によるパスを通じてのリンクを確認。
――擬似行使、起動。
瞬間、俺は自分自身の意志とは無関係に腰を低く落とし、右腕を真一文字に横へと伸ばす。
先程見ていたラファエロの『四股踏み』と寸分違わぬ動作だ。
身体に何か熱いものが巡る。ドロドロと濃い液体が四肢に渡って駆け抜けていくようだ。
熱い、と漏らしそうになる口を閉じ、俺は土津波に視線をやる。
どう考えてももう回避不能な位置まで土津波は迫っていた。
(やるしかないじゃないですかああああああ!)
逃げられないならやるしか無い、土津波ミキサーで惨たらしい最期を迎えるなんてまっぴらゴメンだ!
ヤケクソ気味に俺は右腕と右足を天高く上げていく。
ギシ、ギシと体が悲鳴を上げる。
あったりまえですよ!力士の四股踏みみたいな動作を一般人がしたらヤベーですもん!
「どおおおらあああああああああ!!!」
雄叫びを上げ、右足を一気に振り下ろす。
ズドム!
俺と黒霧号を中心にして円状に地面が歪んだ。
そしてそれはラファエロの見せたもののように地面を巻き上げる土津波となった。
だが、俺が産み出した土津波の方が随分規模が小さい。
俺の正面で土津波同士がぶつかり合う。
刹那、せめぎ合った土津波だが、ラファエロの土津波の勢いに押し負けて再び此方へと向かってくる。
勢いはやや弱まった程度である。
後ろからはラファエロが第2波を打ち出したのが見える。
このままであれば絶体絶命に変わりはない。
――だからこその。
「まだまだああああああああ!!!」
俺は今度は左足を振り上げ、一気に落とす。
ズドム!
再び土津波が発生する。それを待たずに、俺は両足を交互に何度も何度も振り上げては落とす。
ズドム!ズドム!ズドム!ズドム!
知らず掛け声を俺は発する。
「どすこい!どすこい!どすこい!どすこい!」
いや相撲と言えば確かにこれなんですよね。
地面が連続して隆起する。その波は一波では小さいが、何度も生み出された土津波同士が重なりあい、規模を増して行く。
A.――擬似行使、終了。
数回『四股踏み』を連続で発動したところで、【自問自答】が擬似行使の使用をやめた。
やがて土津波同士が激しく衝突し、今度は俺の土津波が第一波を飲み込んだ。
俺の土津波は若干弱ったが、それでいい。
そこにラファエロの第2波が押し寄せてきて――計ったように完全に相殺して、土津波は動くのを止めた。
俺は極度の緊張から解放され、その場に尻餅を付いた。
「た、助かった……」
安堵感に身を包まれ、全身を疲労が襲ってくる。
地べたに座りながらも辺りを見回せば、サハギンの群れが1匹残らず生き埋めになっていた。
生き残ったサハギンもどうやらいないようだ。
黒霧号は血を流しつつ倒れているものの、土津波からは守り切ることが出来た。
ほっと息をつく。
ともあれ。危機的状況は切り抜けた。
カッパによって死ぬような目には遭ったものの、助かったのも確かだ。
っていうかラファエロ。水精霊の筈なのにちっとも水使ってない……。
あのカッパ、水属性じゃなくて相撲属性のほうがしっくり来てるんじゃないでしょうか。
ラファエロは立ち向かってくるサハギンが居なくなり、俺達の無事を確認すると、なんかこう、得も言われぬ珍妙なポーズを取った。
拳を前に突き出し、中腰で両足を大きく開く謎のポーズ。
そして何かキメ顔ちっくな感じで顔を歪め、
「カワバンガ!いい夢見ろよ!」
キメ台詞っぽいことを叫んだ。
その後に呵々大笑し始めたカッパを見て、俺はハアと疲れ切った溜息を吐いた。
どうでもいいですが、それはミケランジェロの台詞です。
□◯□
「黒霧号……なんて酷い……」
「大丈夫だ、この程度ボクにかかればすぐに治せる」
黒霧号はだいぶ酷い傷を負ってはいたが、命に別状は無さそうだった。
カコカコと皿を押しこんで水を放出するラファエロ。
水を掛けられた部分から、どんどん傷口の癒着が始まっていく。
シュールな光景だ。
さっきも一度ツッコミは入れたが、何なんでしょうこの意味の分からない仕掛け。
カッパの生態マジ謎。
だいたいの治療を終えたところで、ラファエロがカコカコするのをやめた。
「まっ、これで平気だろう。一晩ゆっくり休めば体力も回復するはずさ」
「あー……良かったな黒霧号」
なでりなでり。黒霧号のたてがみを指で梳くように撫でてやる。
気持よさそうにヒヒンと一鳴きした黒霧号は、確かにもう心配なさそうだ。
「――今日はいい相撲が取れた。ボクは帰るが、また良い取り組みがあったら喚んで欲しい」
ラファエロが手をこちらに差し出してくる。
なんだこれ、握手求められてますか俺。
無駄に尖った爪とか水かきとかがちょっと怖いんですが。
けれど握手を断るのも失礼なので、恐る恐るラファエロの手を取る。
力強いぬめっとした感覚に手のひらが包まれる。
体温も低いようで、俺の背中にぶるりと震えが走った。
ザ・未知との遭遇、達成……!
「こちらこそ助かったよ、――ってちょっと待て、帰れるんですか君」
そこで俺はラファエロの台詞に気になる部分があったことに気が付いた。
ボクは帰るが、ですと……?
「ん?異な事を言うな。ボクは召喚されてやってきた。だったら帰れるのは当たり前じゃないか」
「だって俺も召喚されてこの世界に来たけど……何、帰ることって簡単に出来るんですか!どどどどうやって!」
動揺する俺を怪訝そうに見つつ、ラファエロは俺に手を振った。
なんですかそのモーション。バイバイ的なその動き。
「どうって、こうだが」
キラキラとした光の粒がラファエロの周りを飛び交い始める。
何事!と見ればラファエロの体がうっすらと光り、体の輪郭を解いていく。
それが光の粒となって宙に溶け込んでいるのだ。
徐々にラファエロが半透明になっていき、存在も希薄なものになる。
――うわこいつ消えようとしてやがる!!
「いや待ってくれ!それどうやったら出来るんですか!教えてから帰れよ!」
「ハハハハハ!また会ったら相撲取ろうぜ!」
「だから帰るなよおおおお!」
やがて、俺の叫びも虚しく、ラファエロは完全に消え去ってしまった。
取り残された俺はぽつねんと夜の空のもと、立ち尽くすばかり。
ここで俺は大きな疑問にぶち当たったわけです。
この旅路は俺が帰る手段を見つけるためにカナさんに会いに行くためのものだったんですが。
――え、なに。そんなことしなくても、俺って帰れるの?
異世界二日目の夜。
俺は初めてモンスターと戦闘して、初めてカッパと遭遇し、初めて自分の置かれている状況の不自然さに気付くことになったのでした。
読んで下さりありがとうございます。
主人公がようやく能力っぽい何かを思い切り発動しました。
ただ、あくまで自衛とかのために受動的に戦闘に挑んだ程度ではありますが。
カッパが意外にも好評で、
なんなんでしょう、この気持ち……。カッパタグでも入れておけばいいでしょうか。
次回もよろしくお願いします。




