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【企画candy store】誰かの願いが叶うころ

第三回candy storeの参加作品。お題は「クッキー」です。

「中間試験、お疲れさまでしたー!」

「いええええええ!」


 わたしたちは勢いよく、でも中身がこぼれないよう気をつけてジュースの缶を打ち合わせた。

 三人だけで独占しているせいか、放課後の教室はやけに広くて明るい。ふたつくっつけた机の上には、数本の缶ジュースとカタログでよく見かける大きなお菓子の箱が置かれている。十種類ほどのクッキーが詰め合わさったそれは、夏木のお母さんが提供してくれたものだ。ラング・ド・シャ、チョコとプレーンのしま模様、搾り出しクッキーに紅茶入りのハート型。見ているだけで、ぬくぬくとした幸せが胸の底からこぼれ出してくる。

 まっさきにコーラの缶を空けた夏木は、少年漫画の主人公よろしくガッツポーズを決めた。


「あたしたちの戦いはこれからだ!」

「夏木、それ再試フラグ」


 咲子さんにやめときな、と制止されても、夏木はほとんど酔っぱらいのテンションでけたけたと笑い続ける。わたしは中身が半分ほどになった缶をひとまず置いて、そろそろとクッキーの大箱に手を伸ばした。なにせわたし以外の二人は極端な甘いもの好きだ。もたもたしていると全滅もありうる。二人の気がそれている今がチャンスだ。

 けれどわたしの手は、もう少しでサブレを掴めるというところでぱしんと叩き落とされた。思わず「ぎゃっ」と叫び声を上げ、突然伸びてきた手の主を見やる。

 何故か誰からもさん付けで呼ばれる咲子さんは、可愛い顔でひひっと笑った。


「抜け駆けよくない」

「せこいなあ、クッキーが逃げる訳じゃあるまいし」

「あんたらと食べるときはお菓子に足が生えるの!」


 二人の胃袋ブラックホールから同時に馬鹿にされたのが悔しくて、わたしは聞こえるようにちぇっと舌打ちをした。その音を皮切りに、二人は目にも留まらぬ速さでクッキーに手を出し始めた。わたしも慌ててそれを追う。

 健康的に日焼けした肌を持つ夏木は、男の子みたいなベリーショートがよく似合う。カチューシャで前髪を上げた自称美少女の咲子さんと並ぶと、普通のカップルみたいだ。わたしの容姿については割愛。ひとつ言うならもう少し身長が欲しい。

 わたしはジュースの缶をもう一度口につけて、テスト勉強で凝り疲れた体を伸ばした。早くもひと通りの味見を済まされた箱をまんべんなく見回し、何かおいしそうなものがないかと探す。

 すると、鮮やかな赤色のジャムがのっかった丸型のクッキー。隅のスペースにちょこんと収まったそれが、なんとなくわたしの目を引いた。


「夏木、これ何?」


 たまたま伸ばした手がかち合ったらしく、咲子さんと目線の火花を散らしていた夏木に声をかける。こちらまで威嚇されそうになったので、一発デコピンを入れて正気に戻してやった。夏木はちょっと赤くなったおでこをさすりながら、朝のお天気お姉さんみたいな裏声で付属の説明カードを読み上げる。取り合っていたクッキーは晴れて咲子さんの取り分になった。


「ポルボロンはスペインの伝統的な焼き菓子のひとつです。ほろほろと崩れる特徴的な食感は、コーヒーにも紅茶にもぴったり! のってるのはラズベリージャムだって」

「It's very kind of you」

「My pleasure」


 会話はまだ英語の試験を引きずっているものの、数時間前のテストのことを思うと頭痛がする。それは向こうも同じらしく、夏木は何かを拒否するみたいに首を振って説明を再開した。


「また、口に入れたお菓子が崩れる前に『ポルボロン』と三回唱えることが出来れば、願い事が叶うと言われています」

「……サイズ的に無理じゃない?」


 勝ち取ったクッキーに嫌いなものが入っていたらしく、口を挟んだ咲子さんの顔はげっそりしていた。彼女の言うとおりポルボロンとやらは子供の小指くらいあって、これを口に入れたまま喋るのは難しそうだ。箱を押しやって勧めてみると、咲子さんは気だるげに首を振った。


「ラズベリー嫌いだから」

「だって。あたしも別に好きじゃないから、ライチュウが一人で食べていいよ」

「ありがと。でもライチュウじゃなくて頼中だから」


 苗字を読み替えたあだ名とも、かれこれ三年目の付き合いになる。わたしはきっちり訂正を入れてから、ありがたくポルボロンを頂いた。温かい色味のクッキーは見た目よりずっと軽くて、ちょっと力加減を誤ったら指先からこぼれ落ちそうだ。わたしは丁寧に丁寧に半透明の袋を開け、ごつごつとしたそれを口に運ぶ。

 一瞬後に口を彩ったのは、濃厚なナッツの香りだった。アーモンドパウダーが練りこまれているのか、香ばしくてちょっと上品な甘さがある。けれどそれを楽しむ暇もなく、ポルボロンはあっという間に口の中で崩れてしまった。予想外の粉っぽさにわたしは思い切りむせこんで、慌てて新しい缶のプルタブを引く。

 別にめちゃくちゃ叶えたい願いがある訳じゃないけれど、早口言葉も苦手なわたしには向いてないのかもしれない。多少がっかりしながら、口の中の粉っぽさを洗い流そうと安い味の紅茶を流し込む。間抜けな姿を笑われるかと思ったけれど、夏木と咲子さんはGACKTとhydeのどっちがいいかなんて議論に白熱していた。

 参戦すべきかどうか迷いながら、わたしはもう一口お茶を含んで窓の外を見た。五月の午後は蒸し暑くて、けどときどき爽やかな風が吹き抜けていく。

そんな一瞬に、わたしはふと残された時間のことを思った。


 わたしたちの進学先はばらばらだ。夏木は大学で服飾の勉強をしたいらしい。咲子さんは外国語学部志望で、進学後のスペイン留学を目指すそうだ。そういうわたしはと言えば、まだ何も決めていない。そこそこ知名度のある私立大を考えてはいるけれど、絶対にそこに入りたいというほどの熱意はない。これでなければいけないという学部もない。


 そのうち、「友達」じゃなくなるんだろうな。

 なんとなく気に入ってしまって、わたしは二つ目のポルボロンをつまみ上げた。再び呪文にチャレンジはしてみたものの、柔らかいクッキーはぼろぼろと溶け崩れてしまう。わたしはちょっと顔をしかめた。


 三年前にこの高校で出会うまで、わたしたちは赤の他人だった。名前も声も知らない、ばらばらの三人だった。今でこそこのメンバーだけが生涯の友人みたいな顔をして、実際そう思っているけれど、中学時代にはそれぞれ別に親友と呼べる存在がいたに違いない。かと言って今その人達と再会しても、以前のような会話は出来ないんだろう。

 それでいつかはわたしたちにも、「友達」でなくなる日がやってくる。いつものマシンガンみたいなおしゃべりが出来なくなって、気まずい沈黙が流れる時がくる。そうしたら大学で違う人たちと出会って、また友達になって、社会に出れば再びお別れ。たぶん、そういう流れが一生続くんだろう。

 最後の一欠片が口の中から溶け消える。わたしはやけみたいに缶紅茶を飲み干して、勢いよくそれを机に置いた。

 三人でいるのが楽しいのに、勝手に悶々と悩んでいるわたしは暗いのかもしれない。わたしはちょっと悲しくなって、スカートにも関わらず椅子の上で膝を抱えた。いっそぼろぼろ泣いてやろうかと思い始めたところで、がっちりと誰かに頭を掴まれる。ぎょっとして上を向くと、いつのまにか立ち上がっていた咲子さんがわたしの顔を覗き込んでいた。笑顔が影になっていてやたら怖い。


「ライチュウはもちろんGACKTの方が好きだよね」

「まだその話してたの!?」


 その上まさかの脅迫だった。夏木は夏木であくまで主張を貫きたいらしく、机の反対側できゃんきゃんと子犬みたいに騒いでいる。わたしは目を瞬いて、上を向いたまま小さく噴きだした。そのまま笑いが止まらなくなってひいひい言いながら、なんとか答えを搾り出す。


「ごめん、実はTM派」

「嘘っ!?」

「裏切ったなライチュウ!」


 夏木と咲子さんは同時に叫び、それから顔を見合わせた。何がおかしいのかどちらからともなく笑い声がこぼれ出して、三人一緒のけたたましい声になった。お互い痛いくらい背中を叩いたりしながら、暗いわたしは心のなかで誰にも聞こえない呪文を唱える。

 ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン。ずっとずっと、友達でいられますように。

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