第六話「奴隷の娘は覚悟を見せる」
今回はちょっとセクシャルなシーンがありますよー。
本当はここで挿絵を入れたかったのですが、そうするとR18になっちゃうというので載せられずちょっとがっかり(笑)です。
月の光が荒野とその向こうの山脈を照らしている。
寒々とした景色の中で水音が聞こえる。
近くに川が流れているらしい。
光の柱に乗って出たところは地上に続く洞窟の出口だった。
そこは高い崖の中腹で見渡すと同様の崖が弧を描くように続いている。
それは、まるで巨大な岩山をなにかがえぐりとったような地形だ。
洞窟の出口からは崩れた土砂の堆積があって、なんとか地表に降りることが出来た。
しかし、さすがに疲れた。
今日一日で何年分かに当たるような魔獣共を倒した。
魔導力も底を尽きかけている。
少し回復しておかないとまたなにかあったら面倒だ。
とりあえず岩の張り出した部分の下で休憩することにした。
荒涼とした場所だが、何とか枯れ木の断片を拾って積み上げ、指を鳴らす。
枯れ木の束が一気に燃え上がった。
まあ、このくらいあれば朝まではもつだろう。
しかし、あいつはどこへ行ったんだ?
先ほどからサイリの姿が見えない。
用を足すにしては時間がかかりすぎている。
また何かに襲われたのか?
いや、俺の張った結界には怪しいものが侵入すればすぐに分かる。
逆にサイリが結界から外に出ればそれも判る。
はて?
俺は何を心配しているんだ?
あんな奴隷の小娘がいなくなったといって何が問題なのか?
あいつを連れてここまで来たが、あの小娘は大変な足手まといだ。
・・・まあ、多少は役に立ったこともあったが・・・
ここらでどこかへ消えてくれた方が楽じゃないのか?
・・・そうだよな・・・
・・・
・・・
「あー、もう、しょうがねぇなあ」
探しに出かけようとしたところで、こちらに歩いてくるサイリの姿を見つけた。
折からの満月が中天にかかって辺りは明るく照らされている。
サイリはその中を少し危なげな足取りでやってきた。
逃げる途中で魔導力を注入したので、とりあえず歩けるくらいには回復している。
しかし本来なら重傷を負って息も絶え絶えというところだ。
多少ふらつきながら歩くのは仕方がない。
「どこへ行ってたんだよ?」
思わず咎めるように訊ねると、サイリは震える口調で答えた。
「す、すみません・・・体を・・・洗って・・きました・・・」
何を言っているんだこいつは?
よく見ると髪の毛から水滴が滴っている。
俺がかけてやったマントを体に巻き付けているが、その下の肌も濡れているようだ。
何よりも体全体がガタガタと震えている。
「体を洗ったって・・・お前、まさかあの川に入ったのか?」
確かにすぐ近くには浅い川が流れているが、この季節では岸辺近くの所々に氷がはっているくらいの水温だ。
サイリは何も言わずに頷いたが、これは常軌を逸している。
「バカじゃないのか!
あんなところで水に浸かったりしたら凍えて死んじまうぞ。
もう、さっさとこっちへ来い!」
そう言って焚火の傍に来させようとすると、なぜかサイリはその場で立ち止まったまま思いつめたような表情で俺を見ている。
まったく、何を考えているんだか分らない小娘だ。
俺が強引に引っ張っていこうと近づくと、サイリが真剣な表情で口を開いた。
「待ってください。 クロン様・・・お願いがあります」
「あー? 何だよ?」
めんどくさい娘だ。
こんな奴隷がお願いすることは大体察しがつく。
大方、もう少しましな娼館にでも売ってくれとか、自由の身にしてくれとかいう話だろう。
あまり興味も湧かないがさっさと温めないとこいつは本当に凍死しかねない。
「クロン様、私はグランディア王国の第三王女、サイリ・ヴァルディス=エル=グランディアです。
私の国は四年前、隣国の覇王グラン・アル=ヴェルゼリオンに攻め込まれて滅亡しました」
突然のとんでもない話。
最初は何を言っているのか分からずあっけにとられているとサイリはなおも話を続けた。
「国が占領された時、父王は殺され二人の姉は敵国に連れ去られてしまいました。
そして姉達とは違って魔導力を持たない私は何の価値もない子供として奴隷に売られたのです」
確かに何年か前、西の方にあるグランディア王国が滅亡したという話は聞いたことがあった。
しかし、まさかそこの王女が奴隷にされていたなどという話は聞いた憶えがない。
そう言えば奴隷商人のドランとかいう男が王女様と言っていたな。
どうせ観客を盛り上げるための出まかせだと思っていたが・・・。
しかし、考えてみればあれほど痛めつけられながらもドランを睨みつけた鋭い眼光。
そして想像を絶するような拷問の苦痛。
その中でも悲鳴どころか呻き声すらあげなかった鋼のような精神力はただの奴隷とも思えない。
「私はいつか敵国王を倒して父の無念を晴らし、王国を復興させます。
そのことを誓ってこの四年間、地獄のような毎日を耐えてきました」
サイリは震える唇でなんとか声を絞り出すように話している。
「クロン様、私を助けてください。
私が誓いを遂げるのにお味方ください!」
話はいよいよ深刻な方向へと向かってきた。
だが、そもそもこいつの言う事を信じられるのか?
あるいはこいつの話が本当だったとしても、たった二人で王国の再興など夢のまた夢みたいな話だ。
いくら俺が無敵の魔導士でも一国を相手に戦うなどと言うのは論外というものだ。
俺が黙っていると、サイリは必死の形相でなおも訴えかけてくる。
「お願いします! お願いします!
私と一緒に戦ってください!」
その迫力に気圧されて、つい話に乗りかけてしまった。
「お前に協力したとして、その見返りは何だ?
どこかにその王国とやらの隠し財産でもあるのか?」
サイリは再び思いつめたような表情になって続けた。
「そんなものはございません。
でも、王国が復興した暁には出来る限りのお礼を差し上げます」
「なんだ? 出世払いか?
そりゃ危なすぎる条件だな」
少し冗談交じりに言った。
だが、サイリはそれを真に受けたのか俺の眼を見てなにか考えるようにしばし沈黙した。
「そうですね・・・
でも、今の私は着るものさえ持っていません・・・
ですから・・・」
サイリはそう言って目を閉じてうつむいた。
そして目を開けて夜空を仰ぎ見るようにしてから意を決したように俺のマントをはらりと脱ぎ捨てた。
「ですから、今は私が持っているたった一つの財産・・・
この躰で・・・」
「そこまでだ!
それ以上言うな!」
まったく面倒な小娘だ。
俺は大きく溜息をついて、サイリの方へ一歩踏み出した。
サイリは一瞬怯えたように身体を固くしたが、すぐに覚悟を決めた表情に戻った。
俺は更に近づいて、サイリの後ろ側に回り込んだ。
やはりな!
月光に照らされたサイリの身体はいたるところ傷だらけだ。
特に背中の皮膚は今日鞭打たれた箇所が生々しく裂けている。
さらに以前の折檻でつけられたものと思われる深い傷跡。
中には一生残るようなひどいものもいくつか見受けられる。
見ると左肩の部分には何かの記号をあしらった醜いやけどの跡が四つほどつけられている。
これは奴隷が売り買いされるたびに押し直される烙印だ。
真っ赤に焼けた鉄を押し付けられた時もこいつは泣き声ひとつあげなかったのだろうか?
俺はサイリの背中すれすれに手をかざした。
「えっ!」
サイリが驚いたような声をあげる。
「動くな! そのままの姿勢でいろ」
「は・・い・・」
サイリは小さくうなずいて、震えながら立っている。
俺は背中の傷に沿って掌を動かしながら思念のエネルギーを注入し始めた。
ゆっくりとだが傷跡が治ってゆく。
治療のための思念力は攻撃よりもはるかに多くのエネルギーを消耗する。
今日一日続いた戦闘に加えて、この治療行為は俺の思念力をほとんど使い切るだろう。
まあ、仕方がない。
なにか起きたらその時はその時だ。
背中の傷を治してゆくと次第にサイリの体から緊張がほぐれてゆくのが判る。
先ほどまで遠目にもわかるほどに震えていた体は少しずつ赤みがさして震えも収まってきたようだ。
「・・・クロン様・・・背中が暖かいです」
冷え切っている体に大量の思念力を送り込んでいる。
暖かくなるのは当たり前だ。
背中の傷跡が消えてゆくのにつれて透き通るような白い肌が蘇ってきた。
最後に肩の烙印を治療する。
このように深いところまで入った傷跡はこれまで以上に大仕事だ。
かなりの時間をかけて奴隷の烙印も全て消し去った。
俺は地面に落ちていたマントを拾ってサイリの肩に掛けてやった。
「クロン様、私ではお気に召さないのですか?」
マントにくるまりながら少し不安そうな声でサイリが訊ねる。
「ばーか。 そんなんじゃねえよ。
お前が弱っていたら連れて行くのに厄介だから元気にしてやっただけだ。
さあ、早く火のそばに来い」
そう言って、サイリを抱き上げ、焚火のそばの暖かそうなところに連れて行って俺の横に座らせた。
「あ、あの・・・クロン様への報酬は・・・」
「お前を手伝う契約はしてやる。
だがその契約条項はこうだ。
お前の全ては王国の復興がかなった時点で俺のものにする」
「それまではリザーブして他の誰にも手出しさせない!
これでどうだ?」
「あ・・あ・・クロン様! ありがとうございます!
ありがとうございます! お約束は必ず守ります!」
サイリの大きな眼から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
あれほどの虐待を受けても泣き声の一つもあげなかったやつが・・・
がまるで子供のようにしゃくりあげている。
そんな、泣くほどのことか?
しかし俺にしがみつき顔を埋めて泣いているこいつはどうしたものか。
やがてすぐにサイリは眠ってしまったようだ。
俺はなりゆきで、とんでもない厄介事を背負ってしまったのかもしれないが・・・
まあ、いいか・・・
改めて焚火に照らされたサイリの寝顔を見る。
最初に思っていたよりはるかに気品があって、美しい。
これは王女だというのもあながち嘘ではないかも知れない。
さて、これからかなり危険な目に遭うだろうな。
しかしサイリの安らかな寝顔を見るとそんなことはどうでもいいように思えてきた。
何とかなるさ。
俺は最強の魔導士だからな・・・それにしても・・・
腹が減った。
--以下、第七話に続く--
ここまで読んでいただいてありがとうございます!
物語はまだまだ序盤です。 ここからさらに敵の魔導士やら魔獣やらが登場し、サイリちゃんの隠れていた能力が覚醒します。
引き続きお楽しみに!




