聖女ミレーヌは旅人となる
‥‥‥‥本当は気付いていた。歪んだ口元。引き攣る目。
でも、その言葉に縋るしかなかったから。
◇◇
この世界に召喚されて5年。ようやく全ての穢れの浄化が終えた。
「‥‥‥陛下。今、なんとおっしゃいましたか?」
私は、古谷美怜。今年で20歳。聖女として召喚され、国王の命令で大陸を巡り、先日ようやく全ての役目を終えた。今日は凱旋式の前日になる。
「帰れないとは、どういうことでしょう」
思い当たる節はあったものの、考えないようにしていた。
「ふむ。そのままの意味だ。なに、心配することはない。報奨も十分に用意してある。ゆるりとこの国で暮らすがいい」
悪びれもせず、頭も下げず、国王は口を開く。美怜は震える手を握りしめた。
5年前、突如としてこの国に召喚され、聖女として祀られた。
当時は中学生で、理由もわからず心底怖い思いをした。女性神官たちに服を剥がされ、突然湯に入れられたことは今でもトラウマになっている。
真っ白い服を着せられて、豪奢に着飾った王族の前に連れて行かれた。
「聖女よ。よく来てくれた。世界は混沌と化している。ぜひ、貴方の力を貸してほしい」
今思っても、無理やり連れて来ておきながら、なんて勝手な言い分なのかと。しかし当時の私に断るなんて恐ろしい事は出来なかった。
震えながら頷き、一つだけ聞いた。
「わ、私は元の世界に帰れますか?」
国王の眉根がピクリと動いた。
「ああ。世界の浄化が終われば、聖女の役目は終わる。さすれば、元の世界に帰れるだろう」
国王の近くに控えた大人達が、瞬時に国王の顔を見た。何人か顔が青ざめていく。
みんな知っていたのだろう。国王が嘘を言ったことを。
「ふぅ‥‥‥」
美怜はため息を吐いた。数年経てば、美怜も気付く。元の世界に戻る方法がないことが。
この世界に慣れてきて色んな文献を読み漁ったけれど、召喚された聖女が元の世界に戻ったという記述はどこにもなかった。それでも、王族ならばその方法を知っているのではと一縷の望みをかけていたのに。
「だから言ったんだよ」
「春人」
私の少し後ろに立っているのは恩田春人。私の2年後に召喚された勇者だ。
「おお!勇者よ!そなたも魔王の討伐、ご苦労であった!そなたの功績を祝して我が王国の王女、アンダルシアとの婚姻を進めよう」
国王の隣に座っていたアンダルシア王女は、恭しく立ち上がりカーテシーをとった。金髪碧眼の美しい王女で、慈愛と自信のある微笑みを称えている。
「お前の娘なんていらねえし」
春人が低い声で呟いた。
王族の並ぶ壇上とは距離があり、春人の呟きは届かなかったようだ。
「では聖女ミレーヌ。勇者レオンハルトよ。他にも望みがあれば言うがよい」
美怜のこみかみがピクリと動く。
(美怜よ。ヌなんてつけないでちょうだい)
春人も隣でレオンハルトって誰だ?と、いう表情をしている。
兎にも角にも、そういうことならばこの場に用はない。
美怜は頭を下げた。
「望みはありません。陛下に私から祝福を送らせてください」
美怜は手を組み、膝を折って祈った。
美怜の足元から柔らかな光が溢れる。柔らかな光は段々と強くなり、辺り一面が白く染まった。
光が収まると、美怜は立ち上がった。
「どんな祝福を送ったんだ?」
目をぱちぱちさせて春人が聞いた。
美怜が前を向くと、国王もアンダルシア王女も、王妃も白い目を開けてぼんやりと前を見ている。
美怜は顔を歪めて微笑んで言った。
「聖女らしく、穢れた欲望を浄化したのよ」
「欲望を?」
「ええ。もう彼らが何かを望む事はないわ」
廃人のような国王達を見て、春人は呟いた。
「この国、どうする?」
静かな眼で国王を見ているが、その眼に怒りが籠もっていることを美怜は知っている。
「どの道、為政者がこれではこの国は成り立たないわ。滅ぶか、どこかに吸収されるか‥‥私達の知ったことじゃないけど」
気が済まないなら、春人が滅ぼしてもいいよ。そう言おうとしたけれど、美怜は止めた。
「良かったの?春人。綺麗な王女様だったけど」
「そんなに綺麗じゃなかったろ」
春人は国王から視線を外し、歩き始めた。美怜も付いて行く。
「これからどうする?元の世界に戻る方法を探す?」
春人の問いに、美怜は首を振った。
「いい。今さら戻ったところで‥‥」
召喚される前まで付き合っていた、2つ年上の彼氏がいた。家族仲は冷え切っていて、召喚された当時会いたいと思っていたのはその彼だけだ。召喚されて、2年は彼に会いたいとそればかり考えていた。
しかし3年目、魔獣討伐に行くようになり、生き物の命を奪い、時には人とも争い、死にゆく人々を見送り‥‥気付くと彼への熱情は冷めていった。
今、帰ったとして、彼と今まで通りに付き合う事は出来ないだろう。
「春人は?」
苦楽を共にした相棒の願いなら、一緒に方法を探してもいい。
「俺もいい。美怜が戻るなら、戻ってもいいけど」
春人は現在16歳。召喚当時は13歳の、小学生を卒業したはがりの子供だった。美怜は弟のようにしか考えていないが、どうやら春人は美怜に好意を持っているらしい。
慣れている美怜は、春人の頭をぽんと撫でた。美怜は女性にしては背が高い方だ。まだ成長途中の春人とは背の差があまりない。
美怜は前を向いて言った。
「じゃあ、少し世界を周ってみようかな?」
「いいね」
春人も頷き、二人は国を後にした。
読んでいただきありがとうございます。
美怜と春人は、ゆるーく異世界の旅を始めました。
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