ノクサ
こう言っては何だが、ノクサ浅層は『幻想的』な場所だ。
空気がほぼない為、環境に適応した動植物のみ生存を許される。
光が届かないので探索者の目でも辺りは薄暗く、常に周囲の警戒を怠れない。
一瞬の油断が死に繋がる。
しかし、それを踏まえてもなおこの場所は幻想的だ。
その理由は、ここらの地面を形成している『白塵素材』にある。
辺りを照らすほどの光量はないものの、地面が仄かに光っており、何とも言えない美しい空間を生み出している。
探索者組合で適合確認に使用される白塵は、この辺りから採取されたものを使用しているらしい。
「この地面って、魔法の力が影響してるんでしたよね?」
左手にショートソードを構えながら歩くリアナが、少し後方を歩くケルンに尋ねた。
先頭を歩く僕は、二人の会話に耳を傾けた。
「うーん、ちょっとだけ違うかな。
原理はまだ解明されてないものが多いけど、ここらにある白塵は、深層から溢れてくる『脈床エネルギー』が表出して蓄積したものだと言われてるよ」
『脈床エネルギー』は、ファリムで生活する上で欠かせないエネルギーだ。
ファリムを支える三つの生命装置の維持に使用されているのは勿論のこと、その他生活に欠かせない家電を動かすのも、脈床エネルギーを利用した発電に頼っている。
「すごいですよね…浅層でこれだけの素材を作るエネルギーなら、奥の方はとんでもないんでしょうね」
ケルンはその言葉に、少しだけ反応した。
「…浅層を越えたあたりから空気中にも脈床エネルギーが漂い始めるんだ。毒性を持っているから、耐性を持たずに入ると辛いだろうね。
だから、僕たちはノクサの力を行使できる脈晶と師弟関係を結ぶんだ」
「へぇ、ちゃんと考えられてる仕組みなんですねっ」
リアナは、そう言いながら足元の白塵をサリッと軽く足で払った。
先程のケルンの反応は何だったのだろうか。
もしかしたら、中層に行った者だけがわかる『何か』があるのかもしれない。
興味があるな、と思いながら歩いていた僕は、視界の端の方で何かがチカッと光ったのを感じた。
すぐにケルンに報告する。
「ケルンさん、今__」
「待ったカイ、今はそれは後だ」
ケルンの言葉に、僕たちは周囲に目を凝らした。
白塵の目でギリギリ見える範囲より外側。
闇の向こうに群れがいた。
『ゲルドアッシュ』と呼ばれる狼型の魔獣だ。
既にこちらに気付いているようで、展開を始めようとしている。
「ゲルドアッシュだね、全部で何体いる?」
ケルンは、普段と変わらない冷静な声で僕たちに聞いた。
ケルンは、異常な程索敵が早い。
ゲルドアッシュ相手だと特にそれは顕著に分かる。
ゲルドアッシュは、闇に乗じて奇襲をするのが得意な魔獣だ。
白塵は大体、敵の展開が終わる前の『殺意の高まり』に反応する。
縫殻の探索者は実力によりまちまちだが、大体敵が展開を始める瞬間の『行動の起こり』に反応するのが平均的だ。
今回ケルンは、展開する前、向こうが気付くのとほぼ同時に気付いて僕たちに声をかけた。
いや、もしかしたら向こうが気付くより早く気付いていた可能性もある。
その索敵能力は、イヴェットに並ぶのではないかと僕は思っている。
「…四体です」
「私もそう思います」
闇の向こうで動く敵の数をしっかりと数えてケルンに報告する。
このような冷静なやり取りが出来るのもケルンのおかげだ。
最近ではケルンから許可を得て、浅層の探索をリアナと僕の二人で行うこともある。
その時ゲルドアッシュと戦闘を行うと、とても今のような『静』の時間を作る暇はない。
襲いくる敵を倒す。また敵が襲ってくる。それも倒す。
その繰り返しを敵がいなくなるまで行う。
倒し切ったと確信した瞬間が戦闘の終了となるので、疲労度が格段に変わってくる。
「…そうだね。じゃあ、戦闘は任せてもいいかな?」
ケルンはそう言って二歩ほど後ろに下がった。腰に下げた長剣は抜いていない。
敵の数を見て援護が必要ないと判断したのだろう。
僕たちは、
「はい!」
と短く返事をし、それぞれの武器を構えた。
会話が終わる頃、群れは前方に扇状に展開を完了させていた。
いつもならゲルドアッシュは、まずは闇に紛れて周囲を取り囲み、それから段々と包囲の輪を狭めるような動きをする。
だが今回は、既にこちらが自分たちを察知している事に気付いた為、包囲を諦め最善の陣形を組んだのだろう。
「リアナ」
「うん」
僕たちは相手の行動を予測する。
一瞬、静止した時間が流れた。
ふと、扇の一番右にいた敵の身体が、少し揺れたのを感じた。
僕とリアナが『同時に』扇の左側を警戒した気配を感じたのだろう。
次の瞬間、
敵は眼前にいた。
僕の喉を食いちぎろうと、その頭を限界までこちらに伸ばしている。
「はっ!」
僕は少し後ろに下がり、手に持った剣を敵の首元に当てる。
毛皮と皮膚が硬く、少し食い込んだところで刃が止まった。
僕たちの機微に敏感な魔獣には、『敵が自分を視界から外した』と思わせるフェイントなども有効だ。
「カイ!」
リアナは僕を呼んだ。
右後ろ、すぐの方向。
「回るよ!」
僕は刃を食い込ませたまま、敵ごと右へ旋回した。
そこにはリアナの左手に、逆手で握られた剣があった。
リアナの剣が僕の逆側の首に食い込む。
そのまま、僕たちの剣は敵の首を飛ばした。
「カイ、後ろ二体!左!」
当然敵も待っているわけではない。
扇の左二体が僕に同時に飛びかかっていた。
「了解!」
僕は更に右へ旋回し、飛びかかってくる敵の正面に剣を真っ直ぐ構えた。
飛びかかる敵には、今の僕ではこれが一番有効だ。
敵は僕の意図に気付き身を捩るも__僕の剣に顔から突っ込む形となった。
少し斜めに構えた僕の剣は、硬い体表を滑り敵の口の中に吸い込まれる。
そのまま串刺しになり、数度手足をバタつかせた敵は、僕が剣を引き抜く頃には動かなくなっていた。
「やあっ!」
同時に僕に襲いかかったもう一体の敵に、リアナが右手の短剣で合わせる。
右目を切り裂き敵が怯んだ。
その隙を狙い、リアナは左手の剣を順手に持ち替え低く屈んで突き刺した。
前足の少し後ろにある、心臓を目掛けて。
リアナは素早く剣を引き抜き、逆手に構え直した。
同時に終わった僕も、武器を構え直し最後の一体を見据える。
扇の中央付近にいた敵は、数瞬僕たちの方を見て、闇の中に去っていった。
辺りが再び静寂に包まれる。
僕たちはふぅ、と息を吐き武器を下ろした。
「ケルンさん、今のどう__」
僕たちは、後ろを振り返った。
ケルンは、そこにいなかった。
「__二人とも、今油断したでしょ。ダメだよ」
ケルンの声が『後ろ』から聞こえた。
僕たちが理解できないまま更に後ろ__僕たちが戦闘をしていた方に向き直ると、そこには既に長剣を鞘に納め始めているケルンがいた。
彼の横には、僕たちが戦っていたものより二回りほど大きい、『首のない』魔獣が横たわろうとしていた。
目の前の状況を整理しようと僕は、再び彼がいたであろう場所を振り返る。
そこには、砂が隆起して出来た小規模のクレーターがあった。
「全部で五体、逃げた四体目は五体目が仕留めやすいように、陽動したんだよ」
ケルンの言葉で、僕たちの理解がようやく始まった。
それと同時に、背中に冷たいものが走り出す。
「す、すいませんでした…」
ケルンがいなければ僕たちどちらか__魔獣はリアナの方を向いていたから、おそらくリアナが__奇襲を受け怪我を負ったに違いない。
「こいつは中層によく出るゲルドアッシュの上位個体だね。一体だし、二人でも対処できたと思うよ」
彼は続ける。
「今回は僕が一緒にいたから良かったよ。
初見での怪我も無かったし、次同じ状況になっても対応が出来る」
ケルンは、僕たちの読み違えを敢えて伏せたまま僕たちに戦闘を開始させた。
その上で、致命的な読み違えは彼自身が対処し、何が違ったのか、次回はどうすればいいかを教える。
よくケルンが行う指導の一つだ。
彼は実力もさることながら、指導者としてもとても頼りになる存在だ。
「僕も絶対助けられる訳じゃないから、次から気をつけていこうね」
「はい」
「わかりましたっ」
そこまで言って、ふふっ、とケルンは笑った。
「まあ__」
そして、魔獣の左目に深く突き刺さった、鈍い光を放つ『矢』を見て、
「今回は僕がいなくても、大丈夫だっただろうけどね」
そう、僕たちに向けて言った。
「これって…!」
リアナが『射手』の存在に気付き、思わず大きな声を上げそうになった。
その瞬間、
ビュンッ!という『先ほど』よりも大きな風切り音が耳の横を通過し、リアナの声をかき消した。
「うるさい、バカリアナ」
少し離れた所に立つ石柱の上から、風に乗って声が飛んできた。イヴェットがたまに使う、遠くから声を風に乗せる魔法だ。
彼女は石柱からヒョイ、と飛び降り、僕たちの元に近づいた後、
「バカリアナ」
今度は風を使わずに直接呟いた。
「何で二回も言うんですかっ」
先程の失態から学びを得たリアナは、トーンを二段程下げた声でイヴェットに返した。
対するイヴェットは、少しムスッとした口元をしていた。
「リアナお前怪我してたよ、絶対に。浮かれんなっていつも言ってんだろ。
カイ、お前もだ。ケルンがいなくてもこのくらいの敵、ちゃんと探知しろよ、バカ」
「…すいません」
「次にもっと強いやつと戦う時には、アタシもケルンもいねーからな。
…気を抜くなら、せめてケルンくらいは強くなってからに、しろよな…」
師匠っぽい事を言ってしまったからだろうか。
彼女の言葉は少しずつ小さくなり、次第にむず痒いような口元になっていった。
「…とにかくあれだ、ケルンに迷惑かけんなよ、ガキ共」
ついにその場の空気に耐えきれなくなったイヴェットは、そう言い残し音もなくノクサの闇に溶けていった。
「…ケルンさん、気付いてました?」
闇に溶ける彼女を目で追っていたリアナは、ふとケルンに尋ねた。
「ああ、ずっと着いてきてたよ」
ケルンは嬉しそうに笑った。
実はイヴェットがこうして現れたのは、今回だけではない。
彼女は何かにつけてノクサを探索する僕たちの後をこっそり見守り、僕たちが怪我をしそうな場面で手助けをしてくれている。
今回彼女は僕たちの前に現れたが、死角にいた敵の急所に矢だけ残してどこかへ行く、ということもよくある。
「…あんなに口は悪いのに、ほんと、最高の師匠ですよね」
リアナは、闇を見つめながら呟いた。
「今度直接言ってあげるといいよ、イヴェット絶対に困ると思うから」
リアナの呟きに、ケルンは少しイタズラ顔をしていた。
『指導者』のケルンではなく、『イヴェットの同期』として話すケルンは、僕には少し新鮮に見えた。
この二人は、本当に強い。
ファリム全体を見ても、ケルンやイヴェットのような実力のある者はそういないと思う。
僕たちは、二人の『最高』の指導者の下で活動出来ている。
それが何よりの幸運だと、改めて実感した。




