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拠点

街から半刻も歩くと、拠点は見えてきた。



崩れた外壁や傾いた支柱にロープを張り、厚布を渡して風を防いだだけの簡素な作り。


ノクサに近い場所で、常駐する者もいないため、壊れても問題ない物だけで作られている。


中に明かりをつけておくと獣や『魔獣』が寄ってくるため、使用する探索者がその都度照明結晶を付けて滞在する。



現在拠点には明かりがついておらず、それは探索者の不在を示していた。


__一般的には。



「念のため、気をつけて。

…明かりをつけない人もいるから」


そう言い、ケルンは自身の武器に手を置いた。



稀に、不在を装い中に入ってきた探索者を襲う者がいるらしい。

そのため、初心者の頃から僕たちは、

『拠点に入る時は敵がいると思え』

とケルンから教わっている。



ケルンが左、僕たちが右に、拠点入り口の厚布を挟むように移動した。


「…開けるよ」


ケルンの合図とともに、そっと布を押し上げ__



ヒュンッ、という音と共に拠点の中から、矢が飛んできた。







「へえ、ちゃんとしてんじゃんお前ら」


拠点の中から女性の声がした。

よく聞いた声だった。




「…何してるの、イヴェット」


ケルンは少し呆れたように、拠点の中に声を投げる。


「お前らが来たからさ、『師匠』として指導してやんないとなって思っただけだよ」


中から、両眼をレース地の布で隠した女性__イヴェットが出てきた。

手には大弓が携えられており、どこか禍々しい雰囲気を出している。


「…もし違ったら、事だよ?」


ケルンが苦言を呈すも、彼女は、


「は?『街出たとこ』から気配撒き散らしてるお前らがよく言うよ」

そう一蹴して、弓を収納し始めた。





「イヴェットさん!」

リアナの声に、イヴェットは露骨に面倒そうな顔になった。

リアナが話しかけると、彼女はいつもこんな顔をする。


「なんでそんな顔するんですか!もう!

…今日は依頼ですか?」


「ああ…そうだよ」

イヴェットは、声に若干の煩わしさを含みながら続ける。


「深層手前に厄介なのが湧いたらしくてね。面倒だけど、片付けてくるよ」



---



イヴェットは、トワイルでは数える程しかいない脈晶探索者だ。


面倒くさがりで、荒い言葉をよく使う。

おまけにイタズラ好きな、困った僕たちの『師匠』だ。



僕とリアナは、彼女と『師弟関係』を結んでいる。

白塵が縫殻を取得する為の、大事な通過儀礼だ。


最も、最初に彼女と会った時は、僕たちは彼女と師弟関係を組めるとは思ってもいなかった。





イヴェットは、ケルンと同期だ。


パーティを組みしばらくした頃、ケルンは僕たちに『仮証』を手渡し、


「『師匠』を探すといいよ。オススメは、イヴェットかな」

と笑いながら言った。


ケルンの笑いに若干の不安を覚えつつも、僕たちはイヴェットに弟子入りを頼みに行った。


その時の事は、決して忘れる事は無いだろう。



「ケルンがアタシに?」

彼女は多分、いや相当苛立っていたと思う。


「アイツバカか?

ガキの子守りなんか、アタシにさせんじゃねーよ」


それが、初めて彼女から聞いた言葉だった。



---



「二人とも、中に入ろうか」


僕たちはケルンの言葉に促され、拠点の中へと入った。

イヴェットは先に入り、既に奥の方でくつろいでいる。



ケルンが中央に吊るされた照明結晶の明かりを点けると、拠点内部の様子が段々と見えてきた。


瓦礫で作られたベンチや、石柱のテーブルが雑然と並べられている。

数組の探索者が滞在することを想定に作られている為、仮拠点にしては広い作りだ。



「…いつも点けてないなんて事、ないよね?」

明かりを点けベンチに座ったケルンが、まさかね、と言いながらイヴェットに聞いた。


イヴェットはハッ、と少し鼻を鳴らし、

「知ってんだろ?

『見えない』アタシに照明なんかいらねーよ」


と言いながら、布の下の『結晶化した眼』を見せた。







脈晶探索者は、下位二つの階級の探索者とは、実力も、『覚悟』も一線を画す。


脈晶探索者の大半は、『代償』を支払う代わりに素材から『力』を得ているからだ。





イヴェットの場合、代償は両眼だった。


脈晶を取得した瞬間、彼女の両眼は結晶化を始め、最終的に視力のほとんどを失った。

今では、目の前が明るいかどうかしか『眼では』判断出来ないそうだ。



だが、彼女は代わりに『風』の力を得た。

脈晶以上の素材に備えられている『魔法』のような力だ。


彼女はその魔法で発生させた微弱な風を巡らせ、感知する事で周囲全てを『視る』事が出来る。

また、風の力を推進力にして弓の威力を上げる事なども出来るらしい。


多分、他にも出来る事はたくさんあるのだろう。



彼女の持つ風魔法と、彼女の粗野な性格から、探索者の間では『暴風』の二つ名で呼ばれている。







「イヴェット、お前__」

「んな訳ねーだろバカ。お前らが来たから消したんだよ」

当たり前だろ、と言ってイヴェットは手をヒラヒラさせた。


相変わらず、イタズラ好きな人だ。




ケルンとイヴェットの会話が一段落した事を確認し、リアナがイヴェットの元に詰め寄った。


「イヴェットさん、これからノクサに行くんですよね?」

「ああ、そうだよ」


「じゃあ私たちと途中まで――」

「やだよ面倒くさい」

「なんでですか!」


イヴェットはリアナを避けこちらに顔を向けた。


「カイ、ケルン。コイツ連れてそろそろ行けよ。私はお前らと別ルートで潜るから」

「なんでですか〜!」



このようなやりとりはいつものリアナからは見られない。

普段は僕やエイベルと一緒だから、どちらかというと『お姉ちゃん』として頑張っているのだろう。


年上であるイヴェットは、師匠でもあり姉のような存在でもあるのかもしれない。



僕はその光景を見て、バレないようにクスッと笑った。



イヴェットを再び見ると、僕の方を向いて『クスッと笑って』いた。


「なあ?何笑ったんだよ今、おい」


彼女は笑顔を貼り付けたまま、僕にガンを飛ばしてきた。


マズい。


矛先が僕の方に向いた事を感じた僕は、

「そ、そろそろ行きましょうか、ケルンさん」

途中まで終わらせていた確認を速攻で終わらせ、ケルンを促した。



「本当に、着いてきてくれないんですか?」

リアナはまだイヴェットを誘っている。

彼女が一緒に来る事はないと、分かっているだろうに。


「…ああ、行かないよ。もう、さっさと行けよ」

イヴェットは悪態を吐き疲れたのか、顔を手で押さえながら面倒そうにリアナをあしらった。


「…分かりました。イヴェットさんも、気をつけて行ってきてくださいね」

リアナはそう言って自分の荷物の場所まで戻り、手早く整理した。



「お待たせしましたっ」

リアナはカラッとした笑顔を僕たちに向けた。


イヴェットの事が大好きなリアナは、あの程度のあしらいでは何とも思わないのだろう。



「じゃあ、二人ともそろそろ行こっか」

ケルンはそう言いながら拠点の出口を開けた。

失礼します、と言って僕たちは外に向かった。


拠点の奥から、

「…死ぬなよ」

と声が聞こえた気がした。




拠点から数分の場所に、ノクサの入り口はあった。

断崖に開けられた大きな口のような洞穴は、全てを飲み込むような深い闇を湛えている。


ここまで来ると、流石に白塵の僕たちは若干の息苦しさを感じる。


「しんどくなったらいつでも言うんだよ」

ケルンが僕たちに声をかけた。


無理をすると、却って状況が悪くなる。

それを分かっているケルンは、いつもノクサに入る前そう言ってくれる。


「ありがとうございます」

僕たち二人は、どちらともなくケルンに感謝を伝えた。


「じゃあ、行くよ」


足をノクサへ伸ばす。

一歩、二歩。


深い闇が身を包んだ。

この先は、身の保証は一切ない。





ノクサの巡回が、始まった。




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