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探索者

「カイ!早く早く!」



掲示板の前で待つリアナが、僕の姿を見つけ急かした。

隣には長身の青年――ケルンが既に到着していた。


僕は小走りで駆け寄り、ケルンに謝りを入れる。


「すいません、おはようございます」


ケルンは笑っていた。

「いや、大丈夫だよ。リアナから話は聞いているから」


大変だったね、と続けながらケルンは頭を掻き、苦笑いをする。



腕を上げて揺れた胸当ての縫い目に沿って、僅かに光が溢れた。


---


ケルンは僕たちより一つ上の階級__『縫殻(ぬいがら)』の探索者だ。

縫殻探索者は通常の探索の他、新人の指導役を任意で受け持つ。


彼は僕とリアナを受け持ち、今は三人でチームを組んでいる。



ちなみに、僕とリアナの階級は最下級の『白塵(はくじん)』だ。


探索者組合から、探索者としての適性を測るために最初に渡される『素材』の名前でもある。



探索者階級は全部で四つある。

『白塵』『縫殻』『脈晶(みゃくしょう)

__そして最上位階級の『忘骨(ぼうこつ)』だ。


厳密にいえば忘骨の上にもう一つ『残光(ざんこう)』と呼ばれる階級があるが、生きて辿り着いた人はまだいない。


__残光に触れた者は、皆その後行方不明となるからだ。


そう、父のように。


その為、実質的な最上位階級は忘骨、と言うのが探索者の定石だ。




どの階級も対応する『素材』の名前から付けられており、階級者の証として目に見える部分に携帯するのが定石だ。


白塵は砂や埃のような素材なので、アクセサリにして携帯するのが主流。

縫殻は耐久性に優れているがそのままでは携帯しにくいので、装備に取り付けるのが主流。


というように、規則はないが自然な流れで皆同じような携帯方法を取っている。



縫殻は文字通り、複数の革を縫い合わせたような見た目をしている。

その縫い目に見える模様から僅かに光が溢れる為、縫殻装備かどうかは分かりやすい。


---


「そういえばカイ、お母さんの調子はどう?」

ケルンは思い出したように僕に声をかけた。


「今日はだいぶいいみたいです、ご飯も一緒に食べましたし」


彼はよく僕たちの家族の心配をしてくれる。

僕の母の事だけでなく、普段元気に生活しているエイベルやベリス、アリシアの事も良く気にかけている。



「それは良かった。…記憶の方は、何か思い出した?」


いつだっただろうか。

僕はケルンに、母の記憶喪失についても相談した。

探索者として長く活動する彼なら何か知らないかと、ふと軽い気持ちで聞いてみた。


その時彼は、

「うーん…ごめんけど、それについてはちょっと分からないな」

とだけ言った。


僕も知っていればいいな、くらいの気持ちで聞いたので聞いたことすら忘れていた。



しかし後に、ケルンが記憶が戻る方法についてずっと調べてくれることを知った。


ある時ケルンから

「お母さんが記憶が無くなった時、どんな感じだったかわかる?」

と聞かれたとき、それを忘れていた僕は謝罪と感謝を繰り返しケルンに伝えた。



「…記憶については、まだ何も。色々してくれているのに、すいません」


僕の言葉を聞き、ケルンは手を振る。

「いやいや、そういうんじゃないよ。とりあえず元気なら何よりだよ」

彼はただ笑いながらそう言った。



ケルンは、今度はリアナに目をやり、

「エイベル、早く『白塵』になれるといいね」

と、声をかけた。


僕たちがこれまで巡回のない日や巡回終わりに、ファリム周辺に限ってエイベルを連れて出ているのを、ケルンは知っている。



「アイツのことはいいんですよ!」

リアナは大きく手を振り、更に


「『ノクサ』に着いて行けないことくらい、アイツもわかってるんですから」


そう付け加えた。


---


トワイルの更に外側には、死の世界が広がっている。


届かぬ環境。

旧時代の遺物。

未知の生態系。

そして、戻らなかった探索者たちの記録。


それらが混ざり合った、暗灰(あんかい)の世界。

僕たちは、その環境外の領域を『ノクサ』と呼んでいる。


---


さて、と言いケルンは真面目な顔になる。

「じゃあ二人とも、そろそろいこうか」


普段の優しい彼とは違う、真剣な顔。

僕たちも気が引き締まる。


「はい!」


僕たちは、門をくぐり街の外へ出た。





門を抜けた瞬間、空気が変わった。


街の中と同じような外灯が道に沿って配置されているが、おそらく街の中とは比べ物にならない程視界が悪い。

道の外側の明かりに照らされない場所は、普通では視認すらできない程の闇なのだろう。


ファリム周辺に来る行商人が、闇に乗じて襲われた、なんて事故もたまに聞く。


街の外側では、『環境』は常に僕たちに牙を向けている。




僕は、無意識に街の方を振り返った。

既に僕たちは、街の全体が視界に収まるくらいの距離まで歩いていた。


街は暖かい光に照らされていた。

街の中層の辺りに、光の少し強い部分が見える。

街を包む明かりは外灯の冷たさと違い、命の暖かさが混じったような色だ。


僕は、闇の中に浮かぶ街を外から見るこの瞬間が好きだった。




「好きだよね、カイ。街の方見るの」

少し前を歩いていたリアナが、歩みを遅めて僕の隣に来ていた。


「でも、なんか変な感じだよね。暗いのに、『私たちだけ』はちゃんと見えてるって」


そういいながら、キョロキョロと辺りを見回した。

リアナは街の様子よりも、街道の外の暗闇に興味があるらしい。




探索者の持つ素材は、環境の影響を軽減してくれる。


僕たちの持つ白塵でも、素材が身体に馴染んでくると、空気の悪さや視界の悪さに関係なく行動出来るようになる。


逆に言えば素材を持たない、あるいは持てない人は、そのままでは暗闇の中で呼吸が制限された状態になってしまう。



だからこそ、ノクサに入る為には探索者になる事が必須なのだ。



「二人とも」

前からケルンが話しかける。


街道の上に薄く積もった白色の砂が、パリッという音を立てた。


「もうすぐ拠点だから、そこで最終確認をしようか」



ケルンがそう言った瞬間、ノクサ側から風が吹いた。

環境から外れた、死を孕む風が。


風が、

緊張が、


身体の輪郭をそっとなぞった。



「…はい」

緊張を払うように僕とリアナは、声を出した。



ノクサはもう、すぐ側まで近付いていた。


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