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リアナとエイベル



集合場所近くの門の前へ辿り着くと、賑わいが一気に加速した。


荷運びの台車が行き交い、周りにいる人の話し声をかき消す。

携帯食料や回復薬を売る露店が、そこらに立ち並び探索者を呼び込んでいる。


僕は人や馬車を避けながら門の横を通り過ぎ、掲示板のもとへ辿り着いた。



「――いい加減にしなさい!」

「いいじゃんか!俺も連れてってよ!」



案の定、二人は言い争っている最中だった。



「ダメだって言ってるでしょ!」

姉弟の姉の方――リアナは腰に手を当て、自分よりひと回り身長の低い少年を見下ろしている。


「今日は絶対にダメ!」

「ちゃんと言う事は守るから!」

弟の方――エイベルも負けじと、リアナに向けて目線を投げ返し言い返している。



…。

面倒になりそうだなぁ…


そう思いながら、僕は二人のもとへ歩み寄った。




「…二人とも、おはよう」

僕が声を掛けると、リアナは待っていたと言わんばかりに勢いよくこちらを向いた。


「カイ! ちょうど良かった!」



リアナは安堵と苛立ち、そして疲れを少しずつ混ぜた顔をしていた。


---


リアナは僕の幼なじみ。

同い年で、家も近所。


物心ついた頃から、一緒に遊んでいた。


いつも明るくて、負けん気が強い。

困っている人を放っておけない性格をしている。



探索者になったのは、僕が原因だ。


父がいなくなりしばらくして、僕は探索者になる事を選んだ。

ベリスは僕たちを店で雇ってくれて、更に働いた分以外の場所でも生活を助けてくれた。

「家族なんだから、当然だろ」とベリスは言った。


だが、それではダメだと思ったからだ。



ベリスたちは、僕を止めた。

たが僕の意思は固かった。




リアナの意思は更に固かった。

僕たちが話をしている最中、バァンと部屋のドアを開けリアナが飛んできた。


僕たちの前に立つやいなや、


「私も、なる!探索者になる!」

と大きな声で宣言した。



気持ちは嬉しいが、探索者は非常に危険な仕事だ。

こう言っては悪いが、リアナは両親もいるし店を継ぐ事だって出来る。

何より、ベリスがそれを許さないだろう。


僕は二人にリアナを任せ、家に帰った。




14日。

リアナの説得にかかった期間だ。


親が説得を続け、そして諦めた期間でもある。



僕の部屋の扉をバァンと開けて、寝起きの僕の隣駆け寄り、

「説得終わった!お待たせ!」


と言ってきたのが、ちょうどその日数だったのを憶えている。


---


「カイからもコイツに言ってよ!全っ然言っても分かんないんだから!」


「いや、まぁ…」

姉弟だからね、と言いかけて踏みとどまった。



「…何言いかけたの?」

全然踏みとどまれていなかった。


リアナが少しだけ身長の高い僕をジロ、と見上げている。


「はは…」

僕はこれ以上の追及を避けるため、軽く愛想笑いをした後エイベルの方に向き直った。


隣からの視線は依然途切れないが、気にせず僕は、

「…エイベル?」

と彼の名前を呼んだ。



「兄ちゃんからも姉ちゃんに言ってくれよ!」


腕を組んで不満げに唇を尖らせた彼は僕にそう言った。


その姿はまるで、いつかの誰かのようだった。


---


エイベル。

リアナの弟だ。


僕たちより五つ下で、リアナと共に小さい頃からいつも一緒にいる。


僕はエイベルを弟のように思っているし、エイベルも僕の事を「兄ちゃん」と呼んでくれている。


無邪気で、好奇心が強い。

良い意味でも、悪い意味でも。



探索者に強い憧れを抱いており、こうしてたまについて来ようとする。

その度に何度も説得してきた。


しかし、僕たちもついに根負けし、条件付きではあるが巡回の見学をさせるようになった。



それが良くなかったのかもしれない。


彼の好奇心は留まることを知らず、こうして今僕の前に大きな壁のように立ちはだかっている。


---


「今日も一緒に行きたいって」


リアナは僕に向けていた視線をフッと解き、今度はムスッとした表情でエイベルを見て短くそう言った。


「見てるだけだよ!絶対邪魔しないから!」

エイベルも負けない。

この程度で負けるくらいなら、そもそもこんな事にはなっていないだろう。



僕は今日何度目かのため息をつき、すぐに真剣な表情をエイベルに向けた。


「…今日は『ノクサ』の巡回だって、聞いてるよね?」


リアナのように言い合っても、エイベルには効果がない。

絶対に譲れない時、僕は彼の目を見てしっかり『会話』するように心がけている。


「…聞いてるよ」


僕はその言葉にゆっくり頷いた。


「聞いているんだったら__」

「でもさ!『ノクサ』って言っても入り口あたりの巡回なんだろ!だったら…」


一緒に行かせてくれ。

そう言いたいのだろう。


言葉を続けないあたり、彼の中でこの会話の着地点が見え始めているのだろう。


僕は彼の言葉が続かないことを確認し、話し始めた。


「想像してみて。

いつも三人でこっそり行ってる『巡回』。エイベルは、暗くて、ちょっと息苦しさを感じてるよね?」


「…うん」


「『ノクサ』に今のエイベルが行ったら多分、

『息も吸えずどこを歩いているのかも分からない』


そんな状態になると思う」


「…」

エイベルは黙って頷いた。

僕は、言葉を続ける。


「街の外と『ノクサ』は訳が違う。入口だからって例外じゃない。

だから__」


僕のペンダントが、揺れて淡く滲んだ。



「最低でも『白塵』は持たないと、僕たちが『ノクサ』に連れて行くことはない。絶対に、だよ」



僕が話し終わる頃には、エイベルは完全に顔を落としていた。

話の着地点に到達し、もう自分が何を言ってもそれが変わることはないと分かったのだろう。



「…わかってるよ」

俯いたままで、エイベルが口を開く。


「俺は、『白塵』はまだ持てなかった。

…探索者にはまだなれない」


小さな呟きのような声。

自分に言い聞かせるような、そんな声。



「…でも兄ちゃんは、お母さんの為に頑張ってるんだろ」


バツが悪そうに、靴の先で石畳を軽く擦る。


「姉ちゃんも、兄ちゃんを助けるために頑張ってる」


エイベルは、ゆっくりと顔を上げた。



「…俺だけ、何もしてないのが嫌だったんだ」


先ほどと変わらない、小さな声だった。

いつもなら周囲の喧騒の中に溶けてしまうような声量だったにも関わらず、僕には彼の言葉がはっきりと聞こえた。



先ほどまで『弟』に見えていたエイベルは、今はっきりと意思を持った『男』のエイベルを僕に見せている。



僕はそっとエイベルの前に屈んだ。


「…エイベルが『白塵』になる頃、そう遠くない未来だろうけど」

僕は、口を開く。


「僕とリアナは『縫殻』になって待ってる。

絶対になって、エイベルを待ってるよ。


その時は僕かリアナ、好きな方を選んで。

一緒に、探索をしよう」


今の彼には、しっかりと応えなければならないと思った。

弟としか思っていなかった彼は、それほどに成長していた。




エイベルは、少しだけ僕の言葉を含んだあと、ふうっという音と共にそれを鼻から吐き出し、


「…分かった」

と呟いた。



僕は立ち上がり、リアナの方に顔を向ける。


「店まで送ってくるよ」

僕はリアナにそう告げた。


「分かった。じゃあ私はケルンさんを待ってるね」


別に送る必要ないのに、と言いたそうな顔。

確かに送って来いとは言われていない。店までは遠くなく、治安が悪いわけでもない。



でも、多分これも大切な『会話』なんだ。





「…兄ちゃんはさ」

店までの帰り道、ふとエイベルが声を投げかけた。


「俺も『白塵』になれると思う?」


不安そうな声。無理もない。


エイベルは一度、組合で『白塵』の適合を試した事がある。

結果は不適合。込み上げる嘔気を抑えられず『白塵』は保持できなかった。


その時の記憶があるため、気丈に振る舞ってはいるが内心は不安で仕方ないのだろう。



僕は歩みを止めず、エイベルの方を軽く向いた。


「僕とリアナが『白塵』に耐えられたのは、エイベルより二つ上の頃だったよ」

僕は続ける。


「多分エイベルは、僕たちより早く探索者になれる。一年後か、多分その辺り。


だからこそ、今は街でちゃんとその時の為に備えておいて欲しいんだ」


これからも無理のない程度には外に連れて行くし、『ノクサ』での活動は教えるつもりだ。


エイベルが危険性、そしてその対処をちゃんと理解した上で探索者になるなら、少なくとも安心は出来る。



「…そっか」

そう言いながら、エイベルは頭の後ろに手を組んだ。


「まあ、姉ちゃんたちが二年なら、俺は半年だなっ」


見てろよ、と言いながらエイベルはシシッと笑った。


…先ほど『男』に見えた彼は、すっかりいつもの『エイベル』に戻っていた。


「…リアナにはそれ、絶対言うなよ」



喧嘩になっても、止めないからな。





店に着き、エイベルを中へ帰した。


「兄ちゃん!頑張ってこいよ!」

エイベルは中から手を振って僕を見送っている。


呑気なものだ。

多分、母親譲りなのだろうか。


「成長したと、思ったんだけどなあ…」



僕はドッと襲ってきた疲れを堪え、元きた道を戻って行った。

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