第七話 鍛錬と忍耐
シュタルトさんは汗をかいてしまったとのことで、少し時間を置いてから彼のいる客室に向かった。
「お疲れ様です、アトル殿」
「お疲れ様です。すみません、疲れていますよね」
「いえ、これくらいは。騎士の訓練の一つとして、甲冑を着たままで昼夜行軍するというものもありますし」
話を聞くだけでも、騎士が一般兵とは一線を画する存在であるというのは分かる。それだけ厳しい修練を積んだシュタルトさんが、俺との手合わせを通して何を思ったのか――それは想像するに余りある。
「……これでも、自信はあったのですよ。私が殿下を守れるのなら、新たな戦力に頼る必要はないかもしれないと」
「シュタルトさんは強いですよ。その、偉そうに聞こえるかもしれないですが……」
「いえ、あなたほどの武人にそう言われるのなら、光栄と思う以外にはありません」
シュタルトさんが俺を見る目がずっと輝いている――こんな尊敬の目で見られてもいいんだろうか、という気持ちになってしまって落ち着かない。
まだ入浴ができる時間だったので、シュタルトさんは湯に浸かってきている。長い髪を上げていると、結び方一つで大きく印象が変わる。
「……アトル殿、その……私は簡単に強くなりたいとか、そういうことを思っているわけではないのです。そう思われても仕方がないとは思いますが」
「そんなことは思ってないですよ。ただ、こればかりは俺以外だとできる人が限られると思うので……それと、俺が打った箇所もまだ痛みますよね」
「シスナ殿の魔法でずいぶん良くなったのです。しかし、やはりアトル殿の打ち込みは鋭く……身体の奥にまで響いてくるようでした」
そう言われて思わず頬をかく――手を抜いては失礼だと思ったので、七回攻撃を繰り出してしまったが、同じ箇所に打撃を加えると内部に威力が浸透してしまう。岩を砕くのも同じ原理によるものだ。
「回復魔法による治癒だけでは、内部まで効果を届かせるのは難しい。シスナさんの施術に加えて、俺のやり方で痛みを取らせてもらいますね」
「は、はい……」
椅子を持ってきて、ベッドの端に座っているシュタルトさんの対面に座る。そして彼の手を取る――外から見るともう治っているが、目を凝らすと傷んでいる場所がわかる。
「っ……」
「ここですね。痛くはないので、じっとしていてください」
「っ……そ、それは一体……?」
「俺の魔力を出力したものです。これを回復に特化させます」
右手から出力された魔力球に、編み上げた術式を作用させる――すると球体の放つ光が、白から緑色に変わった。
「ア、アトル殿……」
「大丈夫です。痛くないですから……もし怖かったら、目を閉じていても良いですよ」
「こ、怖くは……ないのですが……っ……ひ、光が……私の中に、入って……」
シュタルトさんは目の前で起こっていることをそのまま口にする。魔力球は傷んでいる場所に届き、拍動するようにして作用する――すると。
「痛みが……消えて……」
「まず治療をして、その後にシュタルトさんを強くします。他の箇所は同時にやっていきますね」
「ど、同時に……っ、一箇所を治してもらうだけでも、その……表現しがたいような感覚があるのですが……っ」
「一箇所ずつの方がいいですか?」
「……い、いえ、アトル殿に余計なお時間を取らせるわけには……ま、待ってください、もう少し心の準備を……っ!」
魔力球を一度に三つ生み出し、シュタルトさんの左手、そして両足を治療する。
「あと三箇所ですね。すみません、鎖骨のあたりを狙ってしまって……」
「……何も問題は、ありません……本気での仕合いならば、急所を狙っていただいても……うっ……」
左と右の鎖骨に魔力を浸透させる――身体の中心を狙わなかったのは、急所を避けるためだ。それでも打突で狙う箇所として、折れやすい鎖骨は弱点の一つとなる。
五箇所の治療を終え、最後はどこを打ったか――左脇腹のあたりだ。
「シュタルトさん、左脇腹を見せてもらえますか? 最後の一箇所はそこだと思うので」
「……左脇腹……くっ……た、確かに、痛む箇所はありますが……」
シュタルトさんは躊躇いつつも、就寝着の上をめくって脇を見せる――すると、肋骨を覆うように包帯が巻かれている。
「あれ? こっちにも怪我をして……」
「い、いえ、それは古傷と言いましょうか……今は痛みはないので平気です」
シュタルトさんがそう言うのなら、脇腹の治療に集中することにする。魔力球を生み出し、性質変化を行い、傷んだ部位に送り込む――これで治療は終わりだ。
「はぁっ、はぁっ……凄まじい……アトル殿の魔法の技術は、帝都の医療魔法師をも凌いでいると思います」
「専門の人にはかなわないと思いますが、俺のやり方は実践的という感じですね。傷を回復する過程が違うというか……でも、一つ留意する点があります」
「……た、確かに……身体から力が、抜けるような……これは回復の反動……ですか?」
「自己治癒力を利用しているので、身体に負荷がかかります。でもこれも、ちょっと力押しに見えるとは思いますが、解決手段があります」
「……な……にを……そ、そんなに大きな……っ」
大きいというのは、俺が両の手のひらの上に出力した魔力球のことだろう――シュタルトさんの魔力の限界値を上げることも兼ねて、出力量を増やしている。
「自己治癒力というのは、体内の魔力による作用でもあるんです。人間は生きているだけで魔力を作りますが、それを自分の回復にも使っているんです」
「そ、それが……一体、どういう……」
「魔力を現在の許容量より多く保有すると、溢れた分は拡散してしまいます。でも素養があれば、器を広げて魔力の最大量が増える……という鍛錬方法です」
「ま、魔力を……? 年単位の修練を積んで、それでも少し伸びればいいほうだと……」
「エルフという種族の魔力量が多いのは、長く生きている間に魔力量を成長させられるからなんです。でも、人間に全くそれができないわけではないんですよ……説明は以上ですが、どうしますか?」
自分で言っていて、まるで講義でもしているかのようだと思う――俺らしくはなく、けれどなぜか懐かしいと思ってしまう。
「…………」
青白く光る魔力球――他者と魔力を親和させるための性質変化。シュタルトさんはその輝きを見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「……あっ、そうだ。難しいかもしれませんが、なるべく声は出さないようにお願いします。もう夜も遅いですから」
「こ、声を……善処はいたしますが……で、では、はしたないですが、このようにして……」
シュタルトさんは手ぬぐいを持ってきて、それを噛む。そこまでしなければならないと見越してのことだろう――少しの間の我慢なので、ここは耐えてもらうしかない。
「では……行きます……!」
シュタルトさんの胸のあたりに魔力球が吸い込まれ――身体全体に魔力が充溢する。
「――――っ……!!!」
「もう少し……よし……全部入った……!」
大きく目を見開いてシュタルトさんはのけぞり、それでも声を抑え続ける。許容量以上の魔力を受け入れるというのはこういうことだ――しかし素質があれば、溢れさせずに吸収できる。
「ふぅぅっ……く……うぅ……」
「大丈夫……シュタルトさんならできる。あなたはまだまだ強くなれる」
溢れた魔力が火花を放つが、それも落ち着いていく――そして。
「……本当に、魔力が……これがアトル殿の魔力、なのですね……」
「よく頑張りました。魔力量が増えるということは、身体強化に使える魔力も増えますし、属性魔法の出力も上がるはずです」
「っ……ありがとうございます。アトル殿は、他者を教え導くことにも長けているのですね……」
教えているといえばそうなのだが、俺としては身体が覚えていることを言語化しているだけなので、シュタルトさんに話すことで自分が学んでいるという感覚もある。
「……さて。一回目は上手くいったので、続けていきます」
「……えっ?」
いつも丁寧な受け答えのシュタルトさんが、初めて素の反応を見せる。俺は再び魔力を出力していく――そして、青白く性質変化させる。
「ま、待ってください……一度だけでも明らかに変わったという感覚があるのに、に、二度目は……っ」
「シスナさんもそうだったんですが、シュタルトさんの素養もかなりのものだと思います。修練っていうものは、積めるときに積んでおくことを勧めます……どうしますか?」
追い詰めているつもりはないのだが、シュタルトさんはきわめて重大な覚悟を決めるように、悲壮な顔をして俺を見た。
「……私に何かあったら、皇女殿下のことをお願いいたします」
俺は他人の魔力を注がれたことがない――いや、記憶がないだけでそうされたからこそ、こんな鍛錬の方法を知っているのだろうか。
再びシュタルトさんの耐える時間が始まる。これで最後ということにできたら良かったのだが、シュタルトさんの素養は彼が自分で思っている以上にあって、まだ終わりというわけには行かない見込みだった。
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