第五話 騎士との手合わせ
シュタルトという人物は、強さというものに矜持を持ち、高みを目指している。手合わせをしなくても話はできる、という選択肢を持っていない。
それが俺の目にはどう映るかと言うと――そういう人にはなんというか、好感を持ってしまう。
「よろしくお願いします、シュタルトさん」
「こちらこそ、申し出を受けていただきありがとうございます」
シュタルトさんが小手を外し、俺に右手を差し出してくる。握り返した感じでは俺よりは繊細そうだが、それは剣の握り方が丁寧だということだろう。
「二人とも……これから手合わせをするのに、なんだか仲良くなっているような……」
「っ……いえ、そのようなことは。やはり、仕合ったあとの方が良かったでしょうか」
シスナさんに言われて、顔を赤くするシュタルトさん――最初の印象は大人びて見えたが、こうして見るとシスナさんと同じくらいの歳なのかもしれない。
◆◇◆
訓練所で防具を借りて、木剣を貸してもらう。しばらくしてシュタルトさんが入ってきた――俺と同じように借りたものか、革製の防具をつけている。
「それでは……シスナ殿には判定は難しいと思いますので、私が自己で審判をいたします。私かアトル殿、どちらかが一本……木剣による有効打を入れたら、それで勝ちとなります」
「分かりました。軽く当たるだけでは一本ではない……その解釈でいいですか?」
シュタルトさんが頷く。外から鐘の音が聞こえてくる――教会から聞こえてくる鐘の音だ。
「……五回目の鐘が鳴ったら、それを合図とします」
鐘の音は間を置いて繰り返される。二回、三回、四回――そして。
「――はぁぁぁぁっ!」
シュタルトさんの足に魔力が集中する。それだけではない――その剣が、風を纏っている。
「せやぁっ!」
強烈な突き――風圧で体勢を崩し、そのまま押し切る。たいていの剣士なら、初手で勢いを得て倒しきれるだろう技の冴えだ。
だがそれは、俺が力でその技を受けようとした場合の話だ。
「なっ……!!」
風に揺らぐ葦のように、足捌きのみで勢いをそらす。シュタルトさんはそれでも反応し、剣を返す――俺の打ち込みはその木剣に阻まれる。
「――はぁっ!」
俺の打突を弾いたあと、すかさず打ち込んでくる。魔力による身体強化、そしてさらに風魔法で速度を増す――目にも止まらぬとはまさにこのことだが。
「せいっ!」
「くっ……あぁ……!!」
――三回打突が飛んでくる間に、俺の木刀は七回切り返している。
「まだっ……!」
四撃の打突が集中的に木剣の一箇所を狙う。折られると悟ったのか、シュタルトさんが気合いとともに風圧をぶつけてくる――追撃を阻まれた俺は、風に飛ばされながら宙返りをして着地する。
「なんという……魔力によって、そのような斬撃を可能に……」
「あ……いや、それは違います」
「……違うとは、一体、何が……」
手合わせが始まる前に確認しておくべきだったが、失念していたことがある。
「魔力を使っていいかどうかが分からなかったので、これから使うことにします」
まだどちらも有効打を入れていない。勝負はこれからだ――と思ったのだが。
「魔法を使わず、私の突きをいなし……反撃で目にも止まらぬ攻撃を……」
「い、いや……シュタルトさん?」
シュタルトさんがその場に片膝を突いてしまう――もはや試合どころではない。
「……完敗です。あなたを試そうとした私が、浅はかの極みでした」
「あ、あら……すごい技のやりとりだと思っていたんだけど……勝負はこれからなのよね?」
シスナさんに悪気は全くないと思うが、シュタルトさんにはそれが追い討ちとなってしまったようだった。
「私は魔力で身体強化し、さらに属性魔法を使いました。盗賊七人を撃退したというのなら、当然魔法は使ったものと思って……しかしアトル殿は、身体強化なしで私を圧倒した」
「あ……いえ、盗賊と戦ったときは身体強化はしていました」
「……そうなのですか。しかし、今のあなたの技を見るに、魔力による強化は必須ではないのでしょう」
「あのときは一瞬で距離を詰める必要があったので、そうですね。でも、本当は身体強化した方が、シュタルトさんの意図する手合わせには沿っていると思うんですが……」
「……あなたの全力がどれほどのものなのか見たいという気持ちはあります。ですがそれを見せてもらうにも、私はまだ全く足りていない。腕を確かめるなど、おこがましい考えでした」
シュタルトさんの声は震えていた。自分から力量の差を認めるのは、強くなりたいと願う人には耐え難いことのはずだ。
なぜ、こんな気持ちになるのか。自分もシュタルトさんのような思いをしたのか――そのことを覚えていないだけで。
「……シュタルトさん、まだ勝負は決していません。一本を取るまでと言ったじゃないですか」
「アトル殿……こんな私と、まだ戦ってくれると言うのですか」
「強くなりたいっていうのは誰もが願うことで、俺だってまだまだなんです。だから、シュタルトさんともう少し戦ってみたい。騎士の剣を俺に教えてください」
膝を突いているシュタルトさんに手を差し出す。俺の手を取って立ち上がる――そして、再び木剣を握り直す。
「……ここからは魔力を使うとおっしゃいましたね。どうか遠慮などされませんように」
「じゃあ……一番しっくりくる構えで行きます」
木剣を逆手に持つ。順手で持つのが騎士の剣術なら、俺はもっと違う戦い方をしていたらしい。
初めは驚いているようだったシュタルトさんが笑う――彼は、俺の構えを馬鹿にしたりはしなかった。
「では……参ります!」
シュタルトさんが集中を高め、身体強化の段階を引き上げる。俺は腰を落とし、脚力を瞬時に引き上げ、剣を繰り出してくるシュタルトさんと交錯する。
「――あぁぁぁっ……ぁぁ……!!」
声が上がる――一瞬の交錯で俺が浴びせた打突は六度。その全てを七回打ち込んでいる。防具が弾け、長い髪を結んでいた紐が解ける。
しかし、こちらも無傷とはいかなかった。研ぎ澄ました一度だけの攻撃が、頬をかすめている。
「……一本……のようですね……」
「いえ、俺も一撃受けています。シュタルトさん、俺が回復を……」
そう申し出ると、シュタルトさんは右手を上げる。気遣いは無用ということらしい――彼はそのまま歩いていき、更衣室に入っていく。
「アトル君、私が行ってくるわね。アトル君に魔力を分けてもらって、私も回復魔法の効果が上がっているから」
「は、はい……すみません、俺……」
「やりすぎた、なんて言ったらそれこそ怒られてしまうわよ。でも……やっぱりアトル君って、魔王を倒すために物凄く頑張ったのね。強いっていう言葉じゃ言い表せないくらい」
「……頑張った……そう言われると、何か、安心するというか。それは甘えだって思う気持ちもあるんですが……シ、シスナさん?」
油断していたといえばそうなのだろう。シスナさんは距離感が近い――簡単に間合いに入られてしまう。
「そんなに強いのに、寂しそうな顔をして……だから、放っておけなくなるというか……」
「ふむっ……!」
剣で手が塞がっているので、なすすべもなく抱き寄せられる――いつも無造作に当たっていた胸が、今は顔を受け止めている。
「頬に傷がついているから、治してあげる。アトル君は自分でできるでしょうけど、あえて私がするわね」
こんな体勢で回復魔法を使う必要はない――と抗議する気も起こらないくらい、シスナさんに対しては抵抗ができない。
「……我らを見守りし神よ、傷つきし者を癒やしたまえ。生命の治癒」
シスナさんに触れられ、頬傷の痛みが消える――治療を終えてもシスナさんが動かないので、控えめに背中を叩く。
「っ……ご、ごめんなさい。苦しかった?」
今後は怪我をしても、シスナさんの間合いに入らないよう気をつけなければ――そしてシュタルトさんのことも心配なので、俺は大丈夫なので行ってあげてほしいとお願いさせてもらった。




