第四話 畑の管理/訪問者
行き倒れていたところをリベールで拾われてから、一週間が過ぎようとしていた。
今日も農具を持ち、最初に開墾した畑に足を運ぶ――すると、すでに撒いた種が芽を出していた。
一緒に来ているシスナさんが、畑の中心にあるクリスタルに近づく。これは魔力を地面に伝わらせるための媒介なのだが、毎日魔力を注いでいるうちに一回り大きくなっていた。
「アトル君の魔力でこんなに大きくなっちゃったわね……作物もこんな速さで育っちゃうなんて。『大地の治癒』って、本当はこんな効果は出ないのよ」
「これくらいの速さだったら、収穫までの時間も短縮できそうですね」
「ええ。父も、村の人も喜んでくれているわ……だってアトル君ったら、荒れた畑を片っ端から蘇らせてしまうんだもの」
放棄された畑は一箇所だけではなく、あちこちに点在していた。それを聞いてから一日ですべての開墾を終え、土壌に魔力を注ぎ込んで再生し、種を撒き終えている。
「そうすると、あとは畑の管理が必要ですよね」
「そうね……畑の持ち主の人たちは戻ってきていないから、放っておいたらまた荒れてしまう。でも、それは私たちが対処しないと。これ以上は、アトル君のお世話になることは……」
「いえ、なんとかなると思います」
「えっ……?」
俺は両手を広げて、目を閉じる。感覚を研ぎ澄ますと、周囲にいる精霊の気配が感じ取れる――そして。
「……精霊よ、我が前に姿を現せ」
「えっ……えぇぇっ……!?」
クリスタルに蓄積された魔力を媒介として、精霊が実体化する――大地を司る小さき人、ブラウニーが数体現れる。
「こ、これ……精霊? 精霊の声が聞ける人って、人間種族で使える人は稀だって言われているのよ?」
「耳を澄ませば、精霊がここにいるかっていうのは分かります。クリスタルの魔力に惹かれてくるっていうのもあるんですが」
「そ、そこまで考えて、このクリスタルに魔力を……?」
「魔力を注ぎ込むと大地が活性化して、産生された魔力がクリスタルに還元されるんです。そうしてできた魔力の余剰分を使って、精霊に仕事を頼みます。ブラウニーが畑の世話をするとさらに魔力の生産量が増えます。作物の生産量も増えて一石二鳥ですね」
「……もう、あなたのすることに驚かないようにしようと思っていたんだけど。また、腰が抜けちゃった……アトル君、あなたって本当に何者なの……?」
ただの村人という自認しかないが、記憶を失っている間に積んだ経験を身体が覚えている。それならば、記憶がない期間に一体何をしていたのかという話ではある。
「あ……ご、ごめんなさい。もう教えてもらったわね、魔王を倒そうとしていたって」
「でもそれは、結局無理だったみたいで。俺、魔王を倒すための方法を探して、色々とやってたんじゃないか……っていう気はします」
「そうかもしれないわね。畑のお世話だけじゃなくて、盗賊を一人でやっつけてしまって……武術も魔法も、私が知っている範囲の常識を大きく超えてしまってる。いえ、超えすぎているというか……」
「そんなことはないですよ。俺自身がまだまだだと思うので」
すでにブラウニーが畑の世話を始めている。全ての畑を任せられれば、収穫まで見回る必要はなくなる――定期的にクリスタルの状態は確かめた方がいいが、大地に根を張っているので容易に持ち去ったりはできないだろう。
「……でも、私と同じくらいか、少し年下くらいに見えるのよね」
「それもどうでしょう……童顔ってこともないと思うんですが」
「……心は私より大人というか、ずっと先を行っている……ような気がするし。でも私と同じくらいなら、ちょっと提案したいことがあって」
「俺でよければ、何でも言ってください。まだ全然返せてないくらいの恩を受けましたから」
シスナさんが言うことなら、悪いことじゃないだろう――というのもあるが。安請け合いしているわけでもない。
いずれはこの村を出ることになる。その時までに、俺にできることがあればやっておきたいと思ったのだが――シスナさんは俺に近づくと、じっと見つめてくる。
「アトル君にとっては突然の話で、驚かせてしまうでしょうけど。私と一緒に……」
「――おーい、シスナ、アトル君! お客さんが来てるぞー!」
「っ……は、はーい! もう、お父さんったら……」
村長が呼びに来てくれたので、俺たちは畑を後にする。ブラウニーの一体が、作業の手を休めてこちらに手を振っていた。
◆◇◆
村の集会所の前に、白い馬が繋がれている。村にこんな馬はいない――おそらく、来客だという人が乗ってきたのだろう。
集会所に入ると、甲冑を着た騎士が兜を脱ぐところだった。亜麻色の髪を後ろで結んだ、端整な容貌の人物――その瞳が、俺とシスナさんの姿を捉えてかすかに見開く。
「突然の訪問に対応していただき、申し訳ない。私はシュタルト・リーンガルトという者です」
「初めまして、お客様。私はシスナ・プラムと言います」
「俺はアトルです。家名はちょっと事情あって、分からないんですが」
シュタルトと名乗った人が、シスナさんと俺を見る。しかし、まだ何か測りかねているような顔だ。
「この村の周辺に訪れた盗賊を倒したというのは……」
シスナさんが俺を見る。話してもいいかということだと思うので、俺は頷きを返した。
「盗賊を倒してくれたのは、アトル君です。本当に凄い活躍だったので……その、彼の活躍が、騎士様に伝わっているということですか?」
「私に敬称をつける必要はありません、ただのシュタルトとお呼びいただければ。私は、使者としてやってきたのです」
「使者……それは、誰からのですか?」
「……第七皇女、エルシェリアス・ジル・クリスタリア殿下。私は彼女に仕える騎士です」
「っ……皇女殿下にお仕えする方が、どうして……」
驚くのも無理はない、俺だって驚いている。皇女――一介の民からすると、別の世界の住人のように遠い存在。盗賊を倒したことが、なぜそこにつながるのかが見えない。
「事情の一部はすでにご存知かと思いますが、エルシェリアス殿下は聖獣が禁足地を追われたと聞き、自ら保護しようとお考えになったのです。そのために兵を送りましたが、この村の近辺で盗賊の襲撃に遭った……それを救ってくれたアトルという人物は『ただの村人』と自称していたと、そう報告を受けました」
改めて別の人から言われると照れるものがある――どんな顔をしていいのか。確かにそんなことを言った気はするので、否定もできない。
「確かにアトルは俺ですが、何か話が大きくなっているような……」
「たった一人で、クワを使って七人の盗賊を撃退し、負傷した兵を魔法で回復し、そして何の見返りも求めなかったと。この報告に、間違いがあったのでしょうか?」
「そ、それは……その通りというか、私もそのように、女性の兵士の方から聞きました。ファナさんという方から……」
「そのときは手近なものがクワしかなかっただけで……本当なら剣を使うべきなので、それは全く、褒められることでもなんでもないんです」
記憶を失っている間に、俺は武器の扱いも身につけていたのか――魔王を倒すために訓練していたなら、そんなことがあっても不思議はないか。
しかし俺の弁解のようなものを聞いても、ますますシュタルトさんから感じる圧は強くなる。
「……クワではなく、剣を使った方が強いと。あなたはやはり、どこかで剣を学ばれたのですか?」
「俺は……一週間前に、行き倒れていたところを村の人に助けられて。その前のことは何も覚えていないんです」
「何も覚えていない……それは、記憶を失っているということですか?」
「そうなります。自分が何者かもわからず、唯一身につけていたものから、アトルという名前なんじゃないかというくらいで」
シュタルトさんは真偽を判断しかねているようだ――記憶喪失なんてそう簡単に起こることではないし、出会ったばかりの俺を信用するのも難しいだろう。
「記憶を無くしているというのに、なぜそれほどに強いのか……いえ。達人と言われる武人は、『武』が身体に染み込んでいるものなのでしょうね」
シュタルトさんはしばらく目を閉じて何かを考えているようだったが――やがて静かに目を開くと、集会所の掲示板に視線を送る。
「この村には訓練所があるようですね。もしよろしければ、アトル殿……私と、一度手合わせをしていただけませんか」
「手合わせというと、殺し合いとかではない……ということでいいですよね?」
「はい。使用するのは訓練用の剣で……それで大きな傷を負うようなら、私が未熟だったというだけです」
「あ、あの……どうして手合わせをしないといけないんですか? アトル君に、一体何を……」
「彼の強さがどれほどか、実際に見て確かめたいのです。不躾なお願いとは承知の上ですが、それでも……」
「分かりました。俺で良ければ、お相手します」
心配そうにしているシスナさんだが、俺は手合わせをしたいと言われたことを嬉しいと思っていた。
記憶が無くなる前も、俺は強くなるためにできることがあるなら、何でもやっていたんじゃないかと思う。
「……自信があるようですね」
「あ……いや、これは純粋に、嬉しいというか」
「そ、そんなこと……騎士の方の剣技は、いくらアトル君が強くても、対抗できるようなものじゃ……」
「私と戦うことを、嬉しいと……それは光栄なことです。私という個人としても、自分より強い方に出会うのは楽しみなことですから」
これは――騎士としては穏やかというか、たおやかな人物だと思っていたのだが。それは俺の早とちりだったようだ。
※次回の更新は19時ごろになります。




