第二十九話 新たな日常
皇国魔法学園の学生寮。その一室で、シスナ・プラムは目を覚ました。
「うーん……今日もいい天気……」
まず起きてすることは、カーテンを開けること。朝食は寮内の生徒が当番制で作っているので、身支度をしたあとで厨房に向かう。
彼女が魔法学園に入学してから、今年で二年目になる。初めは魔力の測定で良い結果が出ず、落ちこぼれの扱いを受けていた彼女だが、その状況でも努力を続けた結果、二年生にして寮長を任せられていた。
シスナの寮には五人の生徒が暮らしているが、なかなか起きてくる時間が揃うことはない。シスナと共に朝食の準備をした紫髪の女生徒は、空いている席を見て苦笑する。
「みんな今日もゆっくりしてるのね。そうなると、私がシスナの惚気話を聞かないといけないのか」
「? そんな話はしてないと思うけど……」
「自覚がないから怖いというか……里帰りしたときに会った男の子のこと、ずっと話してるでしょ。アトル君だっけ?」
「そ、それは……だって、アトル君は本当に凄いから……」
「魔力を球みたいにして出せるって、人間離れしてるよね……それを身体の中に入れられたんでしょ? シスナの初めてを奪うなんて、許せないって気持ちはあるよ?」
「初めてといえば……そうだけど。でも本当に凄いのよ、アトル君に魔力をもらってから、本当に調子が良くて……今日の実習ではみんなを驚かせちゃうかも……そうでもないかも?」
「やってみないと分からないってこと? 私から見てるとシスナは確かに、帰ってきてからお肌もつやつやしてるし……そのアトル君とどれくらい仲が良くなったのか、ちょっと気になるくらいなんだけど」
「どれくらいって……私とアトル君は、ただの友達で……私がお姉さんで、彼が弟みたいな……」
パンにバターを塗りながら話すシスナだが、その顔がみるみるうちに赤くなっていく。それを見ていた友人の少女は、笑いを堪えるのに必死になっていた。
「も、もう……別に変なことは言ってないでしょう?」
「ごめんごめん。でも、そのアトルって子も帝都に行くって話だったんでしょ? それなら案外、すぐ近くにいたりするのかもね」
「……アトル君、元気だといいんだけど。私が心配するのもおこがましいくらい、沢山人のためになることをして、それでもずっと笑っているような人だったから」
「あー、もうそういう顔しない。こっちまでシスナの弟ロス? がうつっちゃう」
「でも弟っていっても、彼の方がずっと大人びているって思うこともあって……本当に不思議な人だった。レーニエにも会ってもらいたかったな」
「……うちのシスナをこんなにしちゃう人には、会うというかお仕置きが必要だけどね」
レーニエはそう言って微笑む――シスナはそこに含められた意図を訝しむこともなく、バターを塗ったパンを口に運んだ。
◆◇◆
「行ってらっしゃいませ、皆様」
「アトル殿、ご武運をお祈りします」
ルドヴィカさんたちメイドの二人と、七人の兵の皆が俺たちを送り出してくれる。
シュタルトさんも制服を着ていて、いつもの鎧姿とはかなり印象が違う。そう見られるのが少し照れるようだったが、こちらとしては仲間がいてくれるのは頼もしい。
「それでは行くか、アトル」
「……ええと、私が言ってしまっても良いのでしょうか?」
「ユナ、言うって何を……」
エルシェ様とユナは顔を見合わせ、照れ笑いをしてからこちらを見る――そして。
「よく制服が似合っているな。ちょっとタイが曲がっているぞ」
「本当に……男子の制服姿を見て、こんなふうに思うのは初めてです。格好良くて、可愛げもあるというか……す、すみません、私、上から目線みたいに……」
「い、いや……そんなことはないですが。とりあえず、変でなければ良かった」
「そこでも謙遜か……さすがだな、アトルは」
褒められているのか何なのか。いずれにせよ、俺は殿下を守るために学園に行くのだから、一緒にいても彼女たちが恥ずかしくないよう振る舞わなければならない。
「俺はただの村人ですが……作法は教えてもらいましたし。襟を正して過ごしていくつもりです」
「私が心配しているのは、それではなくて……いや、今からそういうことを言っていてはいけないな」
「はい、アトル様にはのびのびとしていただけたら……あっ、で、でも、あまりのびのびとすると、皆さんきっと……」
「アトル殿ならば、どのように振る舞われても問題はないでしょう。私から改めて申し上げることでもありませんが」
シュタルトさんは俺に全幅の信頼を置いてくれている――本当に、それを裏切ってはいけないと思う。大それたことをするつもりもないのだが。
馬車に乗り、殿下たちの話を聞きながら領内の風景を眺める。調査を終えた森ではどんな素材が採れるかを村人たちが調べ始めていて、火蜥蜴がその様子を見守っていた。
学園前で馬車から降りると、辺りを歩く生徒たちがどよめき立つ。
「お、おい……あれ、誰だ?」
「あの二人と一緒に、馬車で外から通学……もしかして貴族……?」
すでに誤解されてしまっているようだが、それも徐々に説明していく他はないだろう。今までは気配を消して忍び込んでいただけの学園に、正門から堂々と入っていくのは新鮮な気分だ。
「……アトル、これも言っておかなければいけなかったな」
エルシェ様がユナに目配せする――そして二人は、俺の前に回ると、自分たちの校舎を紹介するように立って、そして言った。
「ようこそ、私たちの学園へ」
「これからもよろしくお願いします、アトル様」
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いいたします、アトル殿」
エルシェとユナと握手を交わすと、シュタルトさんが笑いかけてくる。彼は右の拳を出してきたので、俺もその意図を察して自分の拳を合わせる。
そして再び、校舎に向かって歩き出そうとして――正面から、誰かがこちらに向かって走ってくる。
「――アトル君っ!」
その声を聞いて、すぐに分かった。リベールのシスナさん――彼女が学園の制服を着ていて、こちらに向かってきて――止まることなく、胸に飛び込んでくる。
「っ……!」
「ふぇっ……?」
「……!!」
三人が驚いているのが分かる。俺も驚いている――そして、昨日一瞬考えかけたことを思い出す。
シスナさんは帝都の学校に行っていると言っていた。そこで魔法を学んでいるとも――つまりシスナさんが通っているのは、俺たちと同じ魔法学園だったということだ。
「シ、シスナさん……お久しぶりで……」
「お、おい、あいつ……一年のくせに、二年の女子に抱きつかれてるぞ……!」
「ま、待て……待ってくれ。シスナさんに男がいるなんて、そんな話は受け入れられない……!」
勘違いされている――とはとても言うことができない。しかしシスナさんがここまでするようなことがあったかといえば、思い当たるようなことは――それは逃げているだけか。
「アトル君……また会えるなんて……」
「シスナさん、俺も会えて嬉しいです。ですがここは一旦、落ち着いて……」
抱きしめる力が強く、俺の胸板に豊かなものが当たって押し潰れている――そして、エルシェ様たちからの視線が厳しい。
「……何か事情があるのだろうが、それは説明してもらえるのか?」
「だ、駄目ですよ、二人の秘密だとかそういうのは……私が言うことじゃないのかもしれませんが、駄目な気がしますっ」
「エルシェ様、ユナも落ち着いて……シスナ殿、お久しぶりです」
「あっ……シュ、シュタルトさんでしたよね。アトル君がお世話になっております」
「急に走り出すから何かと思ったら……あー、私の方が恥ずかしい」
シスナさんの友人らしい人が頭を抱えている。シスナさんは顔を赤くしつつも、やはり嬉しくて仕方がないという顔をする――こちらまで照れてしまうものがある。
むぅ、と頬を膨らませていたエルシェ様は、俺と目が合うと――仕方ないというように苦笑する。
「私の名前はエルシェ、アトルとは……一応、同級生ということになるか。それ以外の詳しいことについては、後でまた話させてもらおう」
「っ……は、はい。申し訳ありません、私、アトル君のことを見たら頭が真っ白に……」
「……それは分からなくも……いや、見ていればという話だ。私がどうとかいうことではなくて……」
「……エルシェ様?」
「ああっ、不思議そうな顔をするな。君はいつもそういう……い、いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。アトルは教室での挨拶も控えているしな」
「アトル君、頑張ってね。何か困ったことがあったら、いつでも相談して」
「あ、ありがとうございます……」
――アトル君が自分のことを思い出せるように、私も協力する。困ったことがあったら何でも言って。
シスナさんが前に言ってくれたことを思い出す。俺はまだ、何かを思い出せたというほどでもないが――幸いにも、やらなければならないことははっきりしている。
「君はやっぱり、そういう人間なんだな。誰にでも慕われるというか……」
「いや……誰にでも、ではないと思ってます。それに、誰でもいいわけではないですから」
「っ……そ、そうか……いや、そういうことを言ってほしかったわけではないが……」
「ふふっ……エルシェ様、嬉しそう……ふゃっ」
「余計なことは言わなくていい。アトル、行くぞ」
エルシェ様とユナがじゃれながら歩いていく。その後ろを、シュタルトさんと一緒についていく――おそらくは、これが俺にとっての日常になっていくのだろう。
やがて学園のどこかから鐘の音が聞こえてくる。足早に校舎に向かう生徒たち――俺たちも遅れないよう、四人揃って先を急いだ。
※いつもお読みいただきありがとうございます!
お気に入り登録や星、レビューなどまことにありがとうございます、
皆様のお力でここまで連載を続けることができました。
今後も本作をよろしくお願いいたします。
※この場をお借りして、もう一つご報告がございます。
本作「世界七位の実力者、自分が実質最強であると知らず円卓を去る」の
書籍化が決定いたしました!
レーベルはファンタジア文庫様になります。
イラストレーター様についてなど、書籍の情報については
後ほど改めてお知らせさせていただきます。
何卒よろしくお願いいたします!




