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第二話 魔力の性質変化/村外れの騒動

 荒れている農地をすべて耕したあと、シスナさんは畑の中央で、何かの準備を始めていた。


「本当は、今日から始めることにはならないと思っていたんだけど……一週間、いえ、一ヶ月くらいかかると思っていたんだけど、アトル君は小一時間で終わらせてしまうんだもの」

「す、すみません……調子に乗って耕しすぎました」

「いいえ、感心してるの。しているんだけど、あまりに人間離れしすぎていて……もしかしてアトル君は、神様の使いだったりするのかしら……」

「俺はただの村人ですよ。こことは違う村の出身ですが、畑仕事は経験がある……はずなので」

「……その村って、アトル君みたいな人がいっぱいいるの? 絶対そんなことない、あなたはきっと特別よ」

「っ……ち、近いです、シスナさん。俺、かなり動き回ったから汗臭いかも……」


 じりじりと詰め寄られて、シスナさんは目の前までやってくる――この距離感の近さには、さすがに心を乱されるものがある。


「……そんなに気にならない……というか……」

「……シスナさん?」


 間近で俺を見つめたまま、シスナさんが止まってしまう。何か顔が熱っぽく見えるような――さっきまで木陰で休んでいたが、もしかして風邪っぽいのだろうか。


「あの……ちょっといいですか? 俺、少しの不調なら治せるような気がするので」

「っ……な、なに? アトル君、もしかして魔法まで使えるの?」

「魔法……そうですね、魔法の一種ではあると思うんですが。単純な方法で治癒能力を引き出せます」

「単純な……だ、駄目っ、もし私が思っているようなことなら、そんな常識外れのことは……っ!」


 俺は両手を胸の前で合わせる――そして自分の魔力を抽出し、小さな球体状にして出力する。


「……当たり前みたいに、そんなこと……ま、魔力をそんな形で安定させられるなんて……っ」

「これは俺の魔力ですから、そのままでは回復には使えません。けれど『性質変化』をすれば……」


 自分の魔力で術式を構築し、それを魔力球に作用させる。すると白く輝いていた魔力球の色が、青白く変わった。


「これをシスナさんに……ちょっと熱っぽいみたいですから、すぐに良くなります」

「わ、私が熱っぽいとしたら、それは病気なんかじゃなくて……っ……!」


 音もなく魔力球はシスナさんの胸のあたりに吸い込まれる。自己治癒力を補助することで、多少の不調はたちどころに良くなるはずだ。


「……こんな魔法……あなたは、どこで……」

「やり方を身体が覚えてるみたいで……俺の性質変化は七色あるみたいです」

「なな……しょく……そもそもその、性質変化なんていうものを、私も全然聞いたことがないのに……っ」

「ということは、俺は一般的な魔法の習得の仕方を飛ばしてしまってるんですね……シスナさんがどんな勉強をしているか、良かったら教えてくれませんか?」


 シスナさんは何かを言おうとして、ふるふると頭を振る。そして、さっき準備をしていたことの続きを始めようとする。


「シスナさん、もう大丈夫なんですか?」

「私の魔力だけだと、回復魔法で荒れた土地を蘇らせるようなことは、それなりの日数がかかるはずなのよ。でも、アトル君に魔力をもらったから……」


 シスナさんは畑の土に半分埋めたクリスタルの前で、両手を合わせて祈る。


「――我らを見守りし神よ、この地に再び豊穣の恵みを与えたまえ。『大地の治癒(アースヒール)』」


 耕しただけでは、土地に作物を十分に育てる力は備わらない。しかしシスナさんの魔法で、土地が活力を取り戻していく。


「はぁっ、はぁっ……良かった……やっぱり魔力が足りたみたい。ほとんどアトル君にもらった分だけど……」

「では、また魔力を移しましょうか」

「えっ……ちょっと待って、さっきの魔力でも信じられないくらいだったのに、まだそんなこと……っ」

「魔力を使い果たした状態から回復すると、魔力の上限が大きくなる……なんて修行法もあるんですが。このやり方でも、同じことが起こると思います」

「ま、待って……アトル君は本当に記憶喪失なの? 『ただの村人』だなんて言う人が、そんなに魔法の知識を持ってるなんて……っ」


 もう一度両手を胸の前で合わせ、魔力球を作り出す。たじろいでいるシスナさん――無理強いするつもりではないのだが、魔力は回復しておいた方がいい。


「……いいですか? 回復させてもらっても」


 しばらくシスナさんは、青白く光る魔力球を見つめていたが――やがて小さく頷く。


「くぅっ……こ、こんな……私の中の魔力が……全部、入れ替わって……っ」

「いえ、俺の魔力がシスナさんの魔力に変わってるんです。この性質変化はそういうものなので」

「そんなこと言われても……私はこんなに沢山の魔力を持ったことなんて、ないっ……」

「……いや、シスナさんには素質がある。ほら、さっきよりも魔力の上限が上がってます」

「え……?」


 シスナさんの身体から立ち上る魔力量がさっきよりも増えている。素養次第では魔力が定着しないので、シスナさんの魔力許容量に伸びしろがあるのは明らかだ。


「本当に……私、魔法学校では魔力が少ない方だって言われていたのに……」

「俺の見立てでは、まだ伸びると思いますよ。でも、俺の鍛え方だとちょっと身体がびっくりすることもあると思うので、ほどほどがいいですね」


 俺の記憶はどんなふうに欠落しているのか――行き倒れるまで何をしていたかなどは思い出せないが、自分が持つ力については身体が覚えている。


 そんな俺は、シスナさんからすればあまりに不審だろう。自分にできることがあるのが嬉しくて、調子に乗ってしまっていたと反省する――彼女の家で世話になり続けるというのは、俺の記憶がない以上は難しいことだ。


「すみません、急に色々と……俺、どう見ても変な奴ですよね」

「……私にとっては、アトル君は常識を外れた人だけど……でも、悪い人じゃない。だって、私はあなたに感謝するようなことしか起きてないんだもの」


 シスナさんは俺の手を取る。素手で仕事をしていたので多少汚れてしまっているが、彼女はそれを気にしなかった。


「あなたの言うことをそのまま信じるのなら、アトル君は世界で一番強い村人……だったりするのかもね」

「いや、そんなことは……まったく()()ではないし、まだ全然ですよ」

「……記憶を失う前、あなたは山奥で修行でもしてたのかしら。実は隠棲している賢人の弟子だったり……いえ、それとも武人……?」

「何かいろいろとやってたようで、身体が覚えてはいるみたいなんですが」

「身体が……じゃあアトル君の身体に聞けば、色々と思い出せるっていうこと……?」

「あっ……い、いや、そういう意味じゃなく……自分が何をしてたかは忘れていても、何もできなくなっているわけじゃないというか」

「ふふっ……慌てなくても大丈夫よ、冗談だから。でも、そうなるとあなたの身体にある焼印にも、何か意味があるのかしら……私の学校の書物庫になら、手がかりがあるかもしれないわ」


 書物庫と言われると興味が惹かれるものがある。探求欲というか、そういうものが刺激される――記憶を失う前の俺も、そういう人間だったのだろうか。


「……あら? 何かあっちの方から、音が聞こえるような……」


 シスナさんの言うとおり、耳を澄ますと確かに聞こえる。馬のいななき、馬車の車輪が壊れる音、複数の蹄の音。


 ――そして、剣戟の音。


「シスナさん、ちょっと様子を見てきます。このクワはちゃんと返しますから、家に戻っていてください」

「アトル君っ……!?」


 クワを一本携えて、俺は森の中に入る。一直線に突っ切っていく――誰かが戦っている音はだんだん近づいてくる。


 そして森を抜けた先。村外れの街道で、数匹の馬に乗った男たちが、行きがかりの馬車を襲っていた。


 俺は木陰に身を隠し、集中する――魔力による身体強化で聴力を上げれば、何を話しているのかは聞き取れる。


「や、やめろ……その馬車の積み荷に触れるな……っ、ぐぁっ!」


 馬車を護衛していた兵士か――盗賊の奇襲を受けたのか、他にも何人かが倒れている。縛られて捕まっている者もいた。


「どうだ、一体何を積んでる?」

「あっちには旅糧(たびかて)なんかが積んでますね。そっちの馬車は……うわっ、獣が積まれてやがる……!」

「密猟でもしてきたか。それにしちゃ弱え護衛どもだなぁ」


 商人と、それを護衛する何人かの騎兵――その中に一人女性の兵士がいて、後ろ手に縛り上げられている。


「密猟じゃない……私たちは、聖獣の保護を……あぐっ……!」

「つまり獣にも価値があるってことか。金目のもんを積んでるじゃねえか……そしてお前も」


 賊を率いているらしい男にあごを掴まれ、女性兵士が苦鳴を上げる――だが、その時には。


「――ふっ!」


 魔力による身体強化にも慣れてきた――地面を踏みしめて飛ぶように駆けた俺は、同時にクワを振り抜く。


 浮かれている賊たちは、忽然と近距離に現れた俺の姿に気づいても唖然としたままでいた。


「なん、だ……てめっ……ぇ……」

 

 賊のリーダーが声を途切れさせる――他の賊が六人同時に倒れたからだ。クワに魔力を込めることで、離れた場所の敵を斬る――というより、これくらいの相手なら魔力を当てただけで倒れてしまう。


「……化け物か……だ、だが、こいつならど――」


 男が人質に取っている女性兵士に山刀を向けようとしたところで、俺はクワを振る――すると山刀の刃が粉々に砕けた。


「……どうすると言うか、降伏する以外にはないよ」

「――うぉぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 最後は破れかぶれで、短剣を抜いてこちらに走ってくる。俺はそれをクワではなく、手で受けようとする――愚行だと思ったのか、男の顔が喜色に歪む。


「あ……ぁ……」

 

 魔力を集中させた指で短剣の刃を挟んで止める。そのまま力を込めると、柄を残して容易に折れた。


「――おぉぉっ!」


 そのまま拳を繰り出す――瞬時に繰り出せる攻撃は七回、それを三発浴びせると、男は吹き飛んで転がり、動かなくなった。


「あ、あなたは……一体……」


 へたりこんでいる女性兵士に近づき、縄を切る。装備品を剥がれていたので、それも探して持ってきた。


「もう他に賊はいないので、安心してください。皆さんの傷は、回復魔法で治せます。俺のやり方だとちょっと反動はありますが」

「……は、はい。ありがとうございます……っ、ありがとう……」


 泣き始めてしまった――慰めるにもどうしていいのか分からない。もう大丈夫ですよともう一度声をかけ、俺は二台の馬車のうち一つに近づく。


「……グルル……」


 馬車の荷台の奥に、一匹の獣がいた。白くさらりとした体毛を持つ、俺と同じくらいの体長がある動物だ。


 見た目は狼のようだが、何か気品のようなものがある。失った記憶があれば、この動物についても分かっただろうか――だが、何も分からなくても、その姿に何か感じるものがある。


「……ここから出るか? それとも……」


 獣は動こうとはしない。ただ俺を見つめたままでいる――このまま運ばれていっていいものなのか、声をかけたのはそんな程度の理由でしかなかったが。


 そのうちに獣はゆっくりと立ち上がり、俺に近づいてきた。


「……っ……く、くすぐったいんだけど……」


 じっと俺を見ていたので、噛みつかれでもするかと思ったが――頬を舐められる。そして、また荷台の奥に戻ってしまった。


「説明は難しいのですが……ひとまず、ここは私たちに任せてください。私たちは、『フェルリス』を保護しようとしているんです」

「フェルリス……?」

「クリスタリアの聖獣です。住処(すみか)を追われて人里に出てきてしまったようなのですが、ぜひ引き取りたいとおっしゃる方がいて……」

「……その人は、信頼できるんですか?」


 それは聞いておかなければならない。しかし『フェルリス』が逃げようとしないこと、それ自体がすでに答えを示しているのかもしれない。


「その方も難しい状況に置かれていますが、とても聡明で、清廉な方だと私は思っています。申し訳ありません、詳しい事情は話せず……」

「……いえ、分かりました。俺はただ通りかかっただけではあるけど、見てしまった以上は何も見なかったということにはできない。できるだけ丁重に扱ってあげてください」

「はい、必ず……此度は私、そして仲間たちの命を助けていただき、誠に……っ」

「それほどのことはしていません、俺はただの村人ですから」

「……っ、ほ、本当に……感謝を……っ」


 また泣き出してしまった――けれど辛くて泣いているのではなく、安堵から来るもののようなので、無理に止めることはできない。


 ひとまず賊や、聖獣を運んでいる兵士たちについては、村長や村の守備をしている人たちの判断を仰ぐ必要がある――と、ちょうどシスナさんが村の人たちを呼んで駆けつけてきている姿が見えた。



※次回の更新は19時頃になります。

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