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第二十六話 弟子と観測者/調査報告

 浮遊城――金色の髪を持つ青年が廊下を歩いている。序列二位のディオンである。


 赤髪の青年がその横に並び、緊張した面持ちでいる。ディオンは彼を省みることなく歩き続けながら、そして言った。


「……セオドア、それでどうするというんだ。クロスはやはり円卓に戻るべきだと?」

「そんなことを言うつもりはない……ただ、俺はあの人がやったんだと、あなたに伝えたかっただけです」

「それではただの自己満足だ。君はよくクロスと行動していたが、彼は結果として浮遊城を去っている……そして、今の話を聞く限りでは、円卓を出てなお彼は……」

「誰も疑う余地のないことだ。お師匠が、俺たちにとって欠けてはならない存在だって……」


 ディオンが足を止め、セオドアは途中で言葉を止める。ディオンはただ無感情にセオドアを見ていた。


 しかしセオドアは理解していた――ディオンがかすかにでも感情を動かすことがあるのは、クロスに関わることだけだということを。


「……お師匠か。彼は君より少し先に円卓に入っただけだ。それでも君は彼を師と呼んだ。いつもクロスについていて、情が移り過ぎているんだ」

「あの人はいつも俺の……いや、俺たちの想像を超えていた。人間種族は、他の種族と比べれば力に現実的な上限がある……でも、そうじゃなかった」

「クロスの意志を継いだ君にも同じ可能性があるということか。ならば、円卓はこれからも……」

「とても真似なんてできやしない。あの時も、そして今も……俺たちはお師匠を超えられない。ただあの人が成し遂げるところを見ているだけだ」


 セオドアはそう言って立ち去る。ディオンは歩いていくセオドアを見ていたが、やがて振り返って進み始める。


 ――俺はあんたたちが世界を救うのを、一番近くで見させてもらっただけだ。


 クロスが円卓を去るときに言ったことと、セオドアの言葉が重なった。クロスがディオンたちに対して思っていたことは、セオドアからクロスを見たときの思いと同じだった。


 浮遊城の書庫に辿り着き、ディオンは書架の間を歩く――その少女は見上げるような高さのステンドグラスの窓の前で机に向かい、何かを熱心に書きつけていた。


 序列第十二位、ティセ。彼女は森の民と呼ばれる、緑髪に長い耳を持つ種族だった。ディオンの姿に気づくと、ティセは眠たげな目を彼に向ける。


「……珍しいですね、あなたがこちらにいらっしゃるなんて。何かあったんですか?」

「君も見ていたはずだ。セオドアと同じものを……そして僕らも気づいた。僕たちは、クロスの行動全てを見ていたわけではなかった……だから、見落としていた」

「それは見落としとは言いませんね。クロス様がそう仕向けたんですよ、上位者の方々には知らせるまでもないと」


 ディオンは苦々しい顔をする――それを見て満足したように、ティセは立ち上がると、ディオンの前までやってくる。


「仕向けたとは……僕らに知られてはならない理由があったのか?」

「もちろん、悪意はありません。あなたがたの手を煩わせることもなかったというだけですから」

「……それは違う。クロスがやったことは……いや、()()()()()ことは……」

「……最後まで、クロス様は自覚していませんでした。自分が今、世界にとってどのような意味を占める存在であるのか」

「彼は……序列第七位の、クロス・オルランドだ。僕たちにとっても、君たちにとっても」

「それが円卓の規律だというのは分かっています。私たちは待たないといけない……いつ訪れるかも分からないそのときを。そのためにできることを何もしないというほど、私は大人しくはないですけどね」

「……禁忌を冒すつもりか?」

「さあ……どうでしょう。クロスさんが悲しむので、それは避けたいと思っていますが。イスカさんも言っていませんでしたか? 彼の名前が、歴史にどう記されるかと」


 クロスが円卓の第七位であったことは、人間の歴史に刻まれることはない。


 しかし、別の形では残されている。()が成したのかではなく、()()が成したこととして伝えられて。


「……どうして伝えてはいけないんですか? 世界の頂点に立っているあなたたちが『魔王』を倒すためには、クロスさんが必要だったんだということを」


 ディオンは答えない――沈黙したまま、ただティセの視線を受け止めている。


「あの人は記憶をなくしても、やってみせましたよ。未然に魔王の再現を封じてみせた。あの魔核が再現したものが()()()()()()()()()()()()だったと知らないままで」

「……あの魔王は、最弱の部類だ。記憶を無くしたクロスでも……」

「いいえ……魔王は魔王です。あれを封印することができなければ、いずれクリスタリアという国は地図から消えていたでしょう」

「それほど人間は弱いものか? 僕はそうは思っていない」

「……弱いですよ。弱いからこそ、私たちとあなたたちの間には隔たりがある。だから、この話はずっと平行線なんです」

「隔たり……か。円卓に招いた時点で、それが失われていると思ってはくれないのか?」


 ディオンの言葉に、ティセは微笑み――そして、書き込んでいた途中の本のページをめくって言った。


「私との間に隔たりがないということなら……お話を聞かせてはいただけませんか?」

「……話?」

「はい。円卓を去ったクロス様という人物は、ディオン様にとってどのような方だったのか」


 ティセの問いかけに、ディオンは少し驚いたように目を見開き――そして。


「彼は……僕らの仲間だった。クロスは僕らのことを超越者として扱い、僕らは多くのことをクロスに教えた……いや。彼は、見ているだけで驚くほどの多くを学んだ。不老を得てもなお変化していく彼は……」

「今日は、饒舌でいらっしゃいますね。ディオン様」

「……そうでもない。僕が今話すことができるのは、そんな一端だけだ。他の皆に話を聞けたなら、僕のところに来るといい。それが君のしたいことなんだろう?」

「はい。上位の皆さんにもお話は聞きたいですが、()()も進めたいところですので……近い内に地上に降りてもいいですか?」

「……何を考えているのかは知らないが。『魔王』はいずれ、近い内にもう一度現れるだろう……それがどのような形であれ、君も備えていてもらうよ」


 ディオンの指示であれば、ティセはそれに従う他はない。備えるということは、浮遊城に留まるということを意味していた――しかし。


「だが、他の上位者たちには自由にさせている以上、君たちを束縛することもできないか」

「……ありがとうございます。これでこっそり抜け出さなくて済みますね」

「君にも掟は守ってもらう。クロス……今はアトルと名乗っているあの少年に、『円卓』として接触してはならない」

「ふふっ……ということは、大人のお姉さんとして、少年のクロス様に会いに行くのはいいんですね」

「もっと怖い人たちが、クロスを遠くから見ているようだけどね。それに君は……種族柄ということもあるが、今のクロスにとっては同年代くらいにしか見えないだろう」

「あら……そういうことなら、それはそれで都合がいいですね。面白くなりそうです」


 ティセは艷やかな表情で言う――ディオンはただかすかに笑い、書庫を後にする。


 廊下を歩いていくディオンは、途中で窓の外を見やる。紺碧の空に、白い雲が流れていた。


「君は今でも()()であり続けている。円卓を出てもなお、世界で唯一の……」


 呟いた言葉は、誰の耳にも届かない。


 ディオンは窓に近づき、そこから見える空を――アトルが暮らす場所の方角を、ただ眺め続けていた。


   ◆◇◆


 洞窟を出たあと、俺たちは村の長のところに戻った。


 火蜥蜴が生息する洞窟があったということ、『魔核』の封印に成功したということを伝えると、驚いていた村長はしばらくして、突然涙を流し始めた。


「私は……彼が来てさえくれれば、あの森の問題は解決すると思っていました。殿下が直々に森の調査を行うとおっしゃっても、なおそのような思いがあった……殿下たちを、信じきれていなかった」

「私たちはアトルがいなければ調査には踏み切れなかった。何もかも、彼がいてこそだ」

「いえ、俺だけではできなかったこともありましたから。でも、もう大丈夫だと思います。ただ『魔核』の様子はしばらく継続的に見る必要があるので、それは俺に任せてください」

「私どもは、必要であれば森を切り拓き、資源になるものが見つかれば採集いたします。こちらに任せていただいても問題ありませんので、なんなりとお申し付けください」


 これで領内で利用できる土地が増えた――資源も採取できるだろうし、もう一つ大きな発見もある。


「あ、あの……村長(むらおさ)さん、もう一つご報告があります」

「洞窟の奥に火蜥蜴が住んでいたのは、温泉が湧いているからなんです」


 ユナとファナさんが言うと、長は目を丸くする――どうやら、洞窟の奥に何があるかは知られていなかったようだ。


「なんと……この領内で井戸を掘っても、湯が湧くということはなかったのですが」

「火蜥蜴は大人しくしているので、温泉を何かに利用できるかは今後調べてみてほしい。私たちも調べてみようとは思っているが……」

「分かりました、村の者にも相談しておきましょう。場所が場所ですので、よろしければそのまま利用していただく……ということも考えられますね」

「そのまま……か。ユナはちょうどいい温度だと言っていたな」

「……気持ち良さそうでしたよね、温泉。マキアさんも入ったことがあって、凄く良いものだと言っていました」


 ファナさんの一言に、四人が顔を見合わせる――村長はなぜか俺を見て、いい顔で頷いてくる。


「また調()()に出られるとき、必要なものがあればご相談ください。こちらで用立てられるものであれば、すぐに準備いたしますので」

「うん、ありがとう。では、今日のところはお暇させてもらおう」


 エルシェ様たちが席を立ち、応接室を出ていく。一番後に出ていこうとしたとき、村長が声をかけてきた。


「……アトルさん、あなたほど若い方に対してこんなことを言うのも変だとは思いますが。私は、あなたを見ているとなぜだか安心するんです」

「安心……ですか? 俺はただの村人ですが……」

「ただの……村人……」

「アトル、どうした?」

「はい、今行きます。すみません、そろそろ行かないと」

「え、ええ……こちらこそ申し訳ありません、引き留めてしまって。本当にありがとうございました、アトルさん」


 村長はそう言って送り出してくれる。外に出ると、四人が談笑しながら待っていた。


「今日のうちに調査が終わって良かった。私とユナの休みはもう一日あるからな」

「……と言いますと?」

「え、ええと……明日は、お試しで温泉に浸かってみようかなというお話に……アトル様はお忙しいですよね」

「お屋敷に残っている皆も、きっと誘ったら喜んでくれると思うんですが……」


 そう言われると、俺としては護衛役として同行するほかはない――シュタルトさんはどう考えているのかと見てみると。


「アトル殿も入浴されるのであれば、そのときは私が周辺を見張っていましょう」

「い、いや、俺は……」

「……あっ、い、いえっ、アトル様とは交代で……とても広かったので、別れて入ることもできるとは思うんですけどっ、湯気があるとはいえ、節度を保つことは必要で……っ」

「そ、それはそうか……うん、入浴は二部制か、別れて入れるようならそうすることにしよう」


 みんな、俺も温泉に入るものだと思っているようだ――確かに入ってみたい気もするが、あくまで見張りの役目のためについていくという気構えで行くことにした。



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