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第二十二話 アクシデント/空からの視線

 夕食の後、明日の調査に向けて、装備についてシュタルトさんと相談することになった。


 部屋に案内されて、席に着いて待っていると、シュタルトさんがお茶を淹れてきてくれた。まず何から話そうかと考えつつ、お茶を飲んで一息つく。


「シュタルトさん、魔物と戦った経験はありますか?」

「私は騎士団に短い期間在籍していたのですが、その間に魔物退治の命令を受けたことがあります。ゴブリン、コボルドなどの魔物と戦いました」

「そういった命令は、どれくらいの頻度であったんでしょうか」

「日常的といえる頻度で魔物の出現報告はありました。しかし、騎士団で対応するのは帝都周辺に限られます。あの森については私どもで動くつもりはあったのですが、村長の同意を得られず……」

「……何か理由があるということですか。しかし、殿下が直接調査に参加されるということなら説得は可能だろう……と思いたいですね」

「はい……殿下はこれまで、お休みの日に外に出られるということも稀だったのですが。アトル殿がいらっしゃって、本当に活発になられて……」

「……そうだったんですか」


 学園での状況を考えれば、塞ぎ込んでしまっても無理はない――リベールから急いでここに来て良かったと、改めてそう思う。


「休日の外出というには、なかなか緊張感はありますが……備えはしっかりしておかないと。殿下は重量のある防具はつけられないと思うので、軽量の装備が良さそうですね」

「それでは殿下とご相談しつつ、こちらで準備いたしましょう」

「どれにするか決まったら、俺に教えてくれると助かります。殿下が使う装備には、耐魔力の処理が必要なので」

「耐魔力……つかぬことをお伺いしますが、アトル殿の服にも同じような加工がされているのですか?」

「あ……い、いえ。俺は魔力を制御できるので……殿下の場合は、最大魔力量がとても大きいという理由があって、制御が難しくなっているんです。それも、今後の修練次第で習熟すると思いますが」

「最大魔力量……それが、殿下が魔法について悩まれている原因だったのですね。それを一目で見抜き、的確な指導をされるとは……」

「褒め殺しは無しですよ。俺はやれることをやっているだけなので」


 そう言っても、シュタルトさんは目を輝かせて何か言いたげにしている――そんな目をされると俺も弱い。


「アトル殿と共に調査に赴くのが楽しみです……と言うと、私情を込めるなと言われてしまいそうですね」

「俺はそんなに厳格でもないですし、期待に答えられるかも保証はできません。最善は尽くしますが」

「はい、分かっています。私もアトル殿の足を引っ張らないようにいたしますので」


 胸に手を当てて言うシュタルトさん――もはや何を言っても良い方向に受け取られてしまう。ひとまず調査の準備についてはシュタルトさんに一任して良いようなので、自室に戻ることにした。


   ◆◇◆


 自室のドアを開けようとして気づく――扉の隙間に紙が差し込まれている。


『屋敷の裏の丘に来てほしい』


 精緻な筆跡で書かれたそれは、おそらく殿下が書いたものだ。なぜ呼び出されたのだろうと思いつつ、急いで屋敷の外に出る。


 丘の上に行くと、就寝着の上からガウンを羽織った殿下が待っていた。


「アトル、すまないな。浴室が空いたから、次あたり君の番だと思うが……」

「俺はいつでも大丈夫ですから。殿下、どうされました? 明日の相談でしょうか」

「……いや。さっきも礼は言ったが、もっと話をしておきたかった」

「話というと……学園であったという、試合のことでしょうか」


 リンダの魔法を全て受けきって、そして反撃に転じた。彼女は自分の魔法に学んだことを取り入れ、見事に実践してみせた――改めて、称賛の言葉しか出てこない。


「君に教えてもらった、身体強化……一気に加速するやり方が、とても効果的だった。どんなふうにしたか、見せてみていいだろうか」

「え、ええと……殿下、その服装では激しい動きは……」

「そうか、魔力を使うのはまずいんだったな。では、魔力は無しだ……っ!」


 殿下が距離を詰めてくる――しかし、勿論魔力で強化したときのようには行かない。


「っ……!」

「――危ないっ!」


 何かに(つまず)いたのか、殿下が体勢を崩す。俺は彼女を受け止めたまま、後ろに倒れた。


 魔力で衝撃を軽減しているが、何より殿下が無事なのか――俺の胸に顔を埋めていた彼女が、顔を上げる。


「ご、ごめんなさい……子供みたいにはしゃいで……」


 いつもとは、殿下の口調が違うような――そんな考えは、自分の手が何に触れているのかに気づいたとき、完全に吹き飛ばされた。


 万死に値するという言葉しか思い浮かばない。俺の片手は殿下の胸を持ち上げるように添えられていた。


「……で、殿下……」


 謝罪する以外にはない状況で、頭がろくに回らず、言葉が出てこない。


 殿下は意識してのことか、それとも無意識か――俺の手に自分の手を添えてくる。


「気にしなくていい。私の方が、君に怪我をさせるところだったからな……」

「い、いや……そ、その代わりに触ってもいいとか、そういうことは決して……」

「……そ、そうか……私では、そういった価値は無いと……」

「っ……そんなことは断じて……い、いや、それも違うというか、主人に対してそういった劣情は……」

「……そうなのか?」


 殿下は少し安心したように、俺の手を放す。間近で顔を覗き込まれて逃げられない――入浴の後ということもあってか、殿下の身体の触れている部分が熱く感じる。


「……あっ……す、すまない、変なことを口走って……」

「だ、大丈夫です。殿下、お怪我はありませんか」


 俺の上からそろそろと降りると、殿下は身体を打っていないかと気遣ってくれる。問題ないと分かると、胸を撫で下ろしていた。


「やっぱり私は、身体を動かすのは向いていないのかな……張り切ってしまったらいつもこうだ」

「殿下の身に付けるものは、すべて耐魔力の処理を……と進言したくなるところですが。それよりは、魔力の制御ができるようにするのが良いでしょうね」

「……君はとても強くて、今までのことを見ていても、この場所で収まるような人物ではないと思える。私は君の話を聞いて、力になってもらえればと思った……だが、それは……」

「不要ということでなければ、俺はまだここに居させてもらえればと思っています。殿下を襲った者たちについても背後を把握し、今後も同じことが起こらないようにする必要がある」


 俺たちは立ち上がり、そして向かい合う。殿下ははにかんだような笑顔を見せる――倒れ込んだときは外れなかったが、今は眼鏡が少しずれている。俺は手を伸ばし、その眼鏡をそっと直した。


「一度関わったら、最後まで関わらせてください。俺が思っていることは、それだけです」

「……私は、とんでもない人物を呼んでしまったらしい。ファナとシュタルトがいなければ、君に出会っていなかった……そしてフェルリスも。これもめぐり合わせの妙だな」


 フェルリスの話が出てきて、俺はフェルリスが人語を解することを殿下に伝えるかどうかと考える――その前に、まず聞いておきたいことがあった。


「殿下、フェルリスを保護することにした理由については……」

「……私が子供の頃に過ごした場所にも、フェルリスがいた。人間の姿に変わることもできて、話をしたことがあったんだ。彼女は自分の意志で後宮にいたが、許されるならもう一度、同族と会いたいと言っていたよ」

「人間の姿に……フェルリスは、獣人種族ということですか?」

「うちで保護したフェルリスは、あまり人に慣れていないので、まずは静養してもらうことにしている。アトルはあの子を見かけたか?」


 話した印象では、あの子という年齢なのかは分からないが――フェルリスのトオハと話すことができたことを、今伝えるべきかどうか。トオハ自身が殿下と話せるようになるまで、俺が喋りすぎるのも違うだろうか。


「フェルリスには会うことができました。俺が見た印象は、とても穏やかでしたし……きっと、殿下には感謝していると思います」

「っ……そうか。君なら、フェルリスの気持ちも分かるのか……」


 これくらいのことを伝えるだけなら、許してもらえるだろうか。トオハが人の姿になるために、俺ができることはあるのか――そんなことを考えつつ、俺は殿下と一緒に屋敷に戻った。


   ◆◇◆


 時刻は少しだけ遡る。皇女エルシェリアスの領地――その遥か上空に、竜の角を持つ少女がいた。


 竜人種族(ドラゴニュート)の少女の傍らに黒い霧が現れ、箒に跨った女性の姿に変化する――『円卓』上位の一員、リフィアである。


「あれが『円卓』を出て、クロスがしたかったこと?」

「思ったよりは落ち着いているのね、サーシャ。浮遊城では過剰に怒っているふりをしていたの?」

「……あの場で何を言っても、クロスがもう留まらないことは分かってた。それでも私は怒らないといけなかったし、今でもそれは同じ」

「それは……本当は怒っていない、と言っているようなものですね。私は本気で彼を許す気はないですし、私たちを裏切ったと理解してもらいたいのですが」

「……リフィアはクロスに対して、昔からそうだから。執着の示し方が悪い」

「執着……そうですね、彼があのように魔力をばら撒いているのを見ていると、この手で搾り尽くしてあげたくなります」


 リフィアが頬に手を当てて、陶然とした顔で言う。それを横目で見たドラゴニュートの少女――サーシャは、ふっと微笑んだ。


「魔女種族で一番のリフィアにそれができなかったなら、きっと誰にもできない」

「……本気ではなかっただけです。彼のような人を魅了してしまったら、ただの悪女になってしまいますからね」

「そう思わせただけで、クロスの勝ち。私たちはずっとクロスに負けてばかり……あの時も……」

「……それでも彼が自分で気が付かなければ、私たちから言うことはできない。そういうものなのですから、仕方がありません」

「どうすれば、クロスは()()()()に来られると思ってくれる?」


 サーシャの問いかけに、リフィアは遥か眼下にある屋敷を見つめ、そして答えた。


「記憶をなくした今でも、彼は魔王に対抗するための方法を本能的に実行しています。そんな人が、ただの村人のままでいることなんてできません。すでに、この国の皇女に才覚を見出されていますし」

「……その皇女は、このままにしておいても平気?」

「それは……あまり考えたくないのですが、皇女エルシェリアスは、もう少し成長すれば傾国の美女と呼ばれるような……その、可愛らしい姫君です。クロスの感性が現在の外見なみになっているのであれば、危険といえば危険ですね」

「……私より胸は大きい?」

「……クロスはこだわりはないはずです、と前置きをしますが……それだけで言いたいことは伝わるかと」


 サーシャの角がバチバチと魔力の火花を放ち、髪がふわりと浮き上がる――しかし、リフィアが止める前にサーシャの魔力が鎮まる。


「……クロスがもう少し強くなったら、戦いたい。お仕置きの意味もある」 

「直接戦ってしまうとサーシャのことを思い出すかもしれませんし。それは原則として難しいですね」

「……リフィアに余裕があるのは、何か方法を思いついてるから。エイルと一緒に何か企んでる?」

「むしろ、余裕がなくなっているからこそですが……そうですね。エイルはもう、眷属をクロス……今はアトルと呼ばれていますが、彼の傍に付けていますし。イスカの送ってきたらしい使い魔も見かけました」

「みんな、クロスが出ていくのに反対しなかったのに行動が早い。そういうところが気に食わない」

「ええ……そうですね。本気で怒った私とサーシャが、道化みたいに思えてしまいます」 


 言葉とは裏腹に、二人は笑っている――しかし、アトルたちの暮らす屋敷近く、丘の上で起きていることに気づくと、二人は口に手を当てて震え始める。


「な、なぜあんなことに……まだ出会ったばかりのはず……少し目を離した隙に、一体何が……?」

「……こういうことが起こるのは、クロスの体質みたいなものだから」


 サーシャは魔力で生み出した翼を羽ばたかせて飛んでいく。リフィアはしばらく地上の様子を見ていたが、やがて未練を振り切るようにして、夜空に溶けるように姿を消した。

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