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第十九話 開花の兆し

 昨夜は殿下の制服を借りてきて、耐魔力の処理をさせてもらった――見た目は変化しないが、魔力が暴走したときに破損しないようにしてある。


 模擬戦を行う時に着替えたりしないのかと聞いたが、基本的には制服のままで行うそうだった。決闘用の装いをする生徒もいるらしいが、殿下は模擬戦と決闘は違うものと考えていて、装備を変える気はないとのことだ。


 睡眠は三時間ほどだが、目はしっかりと冴えている。今は朝の六時半前――朝の訓練の集合時間が近づいている。


 殿下の制服はメイドの部屋の前に置いておくように言われたので、それらしい木製のワゴンの上に畳んだ制服を置き、屋敷の前庭に出てくる――すると。


『――おはようございます、アトル殿!』


 シュタルトさんと、整列した七人の兵士が敬礼と共に出迎えてくれる。声がピッタリと揃っていて、思わず圧倒される――想像以上に皆の士気が高い。


「おはようございます、皆さん」

「アトル殿、兵たちと話していたのですが、我々に敬語を使う必要はございません」

「え……そ、そうですか。分かりました、ええと……おはよう、(みんな)


 すぐに切り替えるのは難しく、皆も照れている――そして、シュタルトさんの後ろに隠れていた人が、おずおずと出てくる。


「……おはよう、アトル」

「っ……殿下、なぜこちらに? いつもはあと一時間ほどはお休みになっていると聞きましたが」

「運動は苦手だし、途中で脱落するかもしれないが……アトルと皆が訓練していると聞いて、私も参加してみたくなった」

「あ、あの……っ、私もぜひ参加させていただければ……身体を動かすのは得意ですので、頑張ってついていきます……!」

「ああ、分かった。じゃあ、みんなでまず領内一周だ。走っていて何かあったら無理せず俺に言ってくれ、回復するから」

『はいっ!』

「では、出発します」


 隊長のファナさんが走り出して、みんながついていく――昨日と比べると速度は落としているが、殿下とユナもついていっている。


 最後尾で皆の様子を見ながら、シュタルトさんと並んで走る。彼は走るときも鎧を着ている――兵たちも訓練のために重りをつけているが、鎧はそれと比べて重量がかなりある。


「鎧が音を立てないように意識しつつ、身体強化を行って走る……複合的な訓練ができていますね」

「アトル殿、私に対しても皆と同じように接していただければ」

「あ……そ、そうでした。いや、そうだったな……シュタルト……いや、やっぱり呼び捨ては……」

「ふふっ……もう少しというところですね、アトル殿。何事も慣れが肝要ですから」


 シュタルトさんはそう言うが、彼が『殿』をつけるのも多少気になってはいる。そのうちに取ってもらうように頼んでみようか――それも慣れの問題なのかもしれないが。


   ◆◇◆


 屋敷から離れた場所には森があり、周辺には人が近づかないようにということか、かなり古い柵が設けられている。


 ――その柵が、破損している。老朽化でそうなったのではなく、何者かによって壊された形跡がある。


 みんなには先に行っていてもらい、俺はシュタルトさんと一緒に周辺を調べてみることにした。


「これは……魔法によって壊されたのでしょうか? しかし、火や風の魔法によるものでもないように見えます」

「珍しいですが、これは無属性魔法ですね」

「無属性魔法……」

「魔力をそのままぶつけるのも、無属性ではあるんですが。これはおそらく、人間によるものではない……」

「もしや……魔物があの森に住み着いているということですか?」


 魔王の配下である魔物。魔王がいなくなっても、魔物は地上から消えたわけではないという――この森にいつから人が近づかなくなったかは分からないが、魔物がそこに住み着いていることはありうる。


「一度、森を調べてみる必要があると思います。俺は外に魔物が出てこないように対策をしておきますが……今までも出てこなかったということは、すぐに脅威になることはないと思います」

「なるほど……アトル殿、対策というのは?」


 俺は森に近づき、壊された柵の代わりになりそうな木を切ってくる。


「こうやって、術式を柵に転写して……」


 修復した柵の表面に、魔力の文字が浮かび上がる――それはやがて見えなくなった。


「これで魔物は柵に近づかなくなります。森を囲うように同じ処理をしないといけないので、シュタルトさんは先に行っていてください」

「……もはや言葉が出てきませんが……後日、改めて調査をするということで了解しました。実は、他にも何箇所か、領内に未調査の土地があるのですが」

「それを放っておくのは勿体ないですね。領民たちの意向もあるので、相談しつつ調べていきましょう」


 シュタルトさんには先に行ってもらい、作業を続ける。柵を壊した何者かの姿が見えないかと思ったが、今は森の中で気配を潜めているようだった。


   ◆◇◆


 領内を一周して戻ってきたあと、次は武器の扱いの訓練を行う。


「――はぁぁっ!」


 マキアさんが大棍棒を振り抜く――昨日と比べても力強くなっている。


「――えぇいっ!」


 ファナさんは槍で突きの練習をしているが、こちらも鋭い突きを放っている。


「んんっ……ユ、ユナ、もう少しゆっくり……」


 殿下とユナは二人で組んで体操をしている。殿下は少し身体が硬いようで、ユナはかなり加減して殿下の柔軟運動を手伝っていた。


「……何を見ている?」

「い、いえ……特に何も考えてはいませんが」

「私は走るのはそんなに苦手じゃない。身体が硬いだけなんだ」

「ええと、その……エルシェ様、身体が硬い方が良いこともございますので、あまり気にされることはないかと思いますっ」

「……ユナ、気遣いは嬉しいが、慰めてもらうようなことでもないのだが」


 模擬戦に備えて、必要なことはやったと思っていたが――殿下を見ていると、敵と向かい合ったときに必要になる動きはまだ備わっていないと気付いた。


「……殿下、身体強化の魔法についてお教えしておきましょうか」

「身体強化をすると、身体が柔軟になるのか?」

「端的に言えばそうですね。先ほど走ったことで殿下は持久力があると分かりましたが、瞬発力についてははまた別の話になってきます」

「瞬発力……私はそんなに反応が鈍く見えるのか? まあ、否定はしないが……」

「肉食の動物は柔軟な筋肉によって瞬間的に力を爆発させ、機敏な動きを可能とします。身体強化も使い方次第で、それができるわけですが……ファナさん、俺に打ってきてください……いや、打ってきてくれ」

「……す、素手で大丈夫なのですか? 私が使っている槍は刃のついた本物ですよ」

「大丈夫、遠慮なく突いてきていい」


 ファナさんが腰を落として槍を構える――そして。


「――はぁっ!」


 繰り出された裂帛の突き――足に魔力を集中させ、身体をそらして避ける。


「きゃっ……!」


 ギリギリまで引き付けて避けたために、ファナさんが勢い余って前にのめる――転ばせるつもりはなかったので、勢いを殺すようにして受け止める。


「身体強化は常に行うのではなく、必要に応じて強化の度合いを変化させるのが有効です。その変化を急激に行う際に、身体の柔軟さも重要となってきます」

「い、言わんとするところは分かるが……その人間離れした動きはなんなんだっ……!」

「アトル殿……もしよければ、私とも立ち会ってもらいたい。目の前でそのような妙技を見せられて、血が猛らぬ者がいるだろうか……いや、いないっ」

「分かった、一人ずつ打ってきてくれ……と、その前に。殿下、一度身体強化をやってみましょうか」

「う、うん……やり方自体は知ってはいる。今までは上手く行かなかったが、今なら……」


 器が大きすぎるがゆえに、魔法の発動が遅れる――その問題を、今の殿下は乗り越えている。


「『魔力よ、我が意志のもとに自在と――』」

「っ……ま、待ってください殿下、今はっ……!」


 今の服は耐魔力の処理を行っていない。その状態で魔力制御の術式を使えばどうなるか――それを危惧して、俺は殿下を止めようとする。


 しかし殿下は俺の行動を読んでいたと言わんばかりに、不敵に微笑む――そして。


「――っ!」


 俺が先ほどやってみせたように、殿下は足に魔力を集中させて避ける。身体強化――反応が遅いということは全くない、これならば十分実戦で通用する。


「……私なりに、君がやったようにできたかな」

「……脱帽です。やはり殿下は、俺の想像を超えて……」

「殿下、お話の途中、申し訳ありませんが……っ」


 ユナがやってきて、自分の上着を殿下の肩にかける。なぜ殿下を止めようと慌てていたのか、あまりのことに失念していた。


「……み、見苦しいものを見せたな……私が迂闊だった、すまない」

「い、いえ……昨日準備しましたので、あの制服であれば問題ありません。今見たものについては、再度記憶を失わせていただければ……」

「そんなことがあっては困ります。アトル殿、もう少し自分を大切になさいますよう」


 魔力の制御、身体強化――殿下はどちらも優れた素養を持っている。


「エルシェ様、どんどん強くなられて……アトル殿の教えはやはり素晴らしいですね」

「とっても格好良かったです、エルシェ様。私もあんなふうにできたら……アトル様、練習の方法を教えていただけますか?」

「ああ。ユナは身体強化が得意みたいだから、コツを掴めばできるよ」

「ほ、本当ですか? 私頑張りますっ、これからも続けて訓練に参加します!」


 強くなるために最も重要なものを、彼女たちは持っている。そんな皆と一緒に訓練できることは、本当に恵まれたことだと思った。

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