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第十七話 彼方の上位者/魔力の制御

 ――クリスタリア皇国から遥か遠い、大陸北部山脈に位置する街。


 街を統べる者の居館に、青白い肌をした青年――『円卓』の上位者であるイスカの姿があった。


 イスカは私室の椅子に膝を組んで座り、グラスに満たされた赤い液体に口をつける。


「やっと見つけたはいいが、あいつらしいな。農民をやっていたかと思ったら、今度はお嬢様に仕える騎士か。まあ、誰も放っておかないよな」

「イスカ様、円卓の他の方々もまだ動かれてはいないようですが、こちらも接触するわけにはいかないのですか?」


 イスカと同じように、雪のように白い肌をしたメイドが言う。『夜人種族(ノスフェラト)』は眷属を増やすことで領地を広げる――そのメイドもまた、イスカの眷属の一人だった。


「あいつに円卓にいたころのことを思い出させるのは、禁忌と定められている。一度円卓上位に近づいたら、本当は抜けるなんて言語道断なのさ」

「……それでもイスカ様も、ディオン様も、クロス様が円卓を去ることに同意された」


 イスカは答えず、宙空に浮かび上がった光景の中にいる少年――アトルの姿を眺める。


「あいつはいつでも人間として地上に戻ることができた……実際に、上手くやれている。これが望んでいた形なのかは、今となっちゃ分からないが」

「あの方は、過度に謙遜するところがありました。今も、そのように振る舞っているように見えます」

「ニュクス、お前の眷属はなかなか優秀だな」


 急に話が飛んで、名前を呼ばれたメイド――ニュクスは、少しだけ思案する。


「……今は蝙蝠に変化(へんげ)していますので、発見されても看破されることはないかと……いえ、クロス様であれば、絶対とは言えませんが」

「いや、ディオンの奴もなかなか徹底してるよ。七位の席を凍結したことで、今のクロスは自覚しちゃいないだろうが、力のほとんどを意識的に使うことができなくなってる。だがそれにしたって……ん……ちょっと待て。ニュクス、もっと高いところから見せてくれ」


 宙空に映し出された映像は、地上にいるアトルの姿を映していたが、その姿が急速に小さくなる――アトルを見ているニュクスの眷属が、飛行して高度を上げ続けている。


「……ニュクス、俺は俺のやり方で国を作り、領土を広げている。そんな俺が支配者として競う相手がいるとしたら……っていう話をしたよな」

「イスカ様が望めば、すぐに地上の半分は貴方様のものになるでしょう」

「それはそうだが、眷属を増やせばそれだけ目立っちまうからな。教会騎士団との全面戦争なんてことをやらかしたら、それこそ誰が魔王なんだって話になる……しかし、だ。血を吸って眷属を増やすって方法以上に、版図を広げる賢いやり方があるんだ」

「なんらかの方法で、支配の種を撒く……眷属と同等の忠誠心を持つ同胞を増やす。そのような方法が?」

「ああ。俺は、クロスが吹っ切れちまったら有望だって思っていたんだ……くそっ、めちゃくちゃ楽しくなってきた。記憶が戻らない範囲なら見に行ってもいいんだよな……いや、さすがに不味(まず)いか……?」


 イスカは立ち上がり、宙空の映像を近くで見上げる――そこに映し出されているのは、アトルが暮らしている屋敷だった。


 屋敷の中に、いくつか発光している点がある。それは、特定の種類の魔力が()()していることを示していた。


「……リフィア様も、まだ接触はされていませんので。エイル様の眷属は、すでにクロス様の近くにいるようですが」

「お……クロスが何か始めようとしてるな。まあずっと見てるのも何だ、報告は俺が求めたときだけでいい」

「かしこまりました」


 イスカはニュクスの用意したマントを羽織って部屋を出ていく。イスカの瞳が赤い光を帯びていたことにニュクスは気づいていたが、主を止めようなどと考えることはない。


 ニュクスはもう一度眷属に命じて、クロスの姿を見る。アトルという名で呼ばれている彼は、主人となった少女に何か話しているところだった。


「……やはりあなたは、私にとって羨望の対象です。クロス様」


   ◆◇◆


「光よ、我を守る壁となれ。『光の壁(ライトウォール)』!」


 もう一度、殿下に魔法を使ってもらう――やはり発動が一拍遅れている。


「……これでは、試合では使い物にならない。壁ができる前に魔法を当てられてしまう」


 殿下は発動が遅れる理由を、技術の問題だと思っているようだ――しかし、それは違うと断定できる。


「詠唱は綺麗ですし、術式の展開も問題なくできています。問題が生じているのは、発動のための魔力を使う部分です」

「魔力……魔法を使うと、魔力は勝手に使われるものだと思っていたが……」

「その認識で合っていますが、殿下の場合は魔力の容量が非常に大きく、魔法の発動に使われるまでに通常より時間がかかっているんです。例えると……小さな瓶に水を入れると、ちょっと動かせばこぼれますが。大きな樽に少しだけ水が入っているとすると、それを出すのは手間がかかりますよね」

「っ……その問題を解決できたら、私の魔法はもっと速く発動できるのか?」

「はい。対策として考えられるのは、まずひとつ……器を魔力で満たすことです。俺の魔力を殿下に分けて……」

「……それは、アトルの魔力で私が戦うということになる。君の力を自分のものだと言うようなことはしたくない……すまない、我儘を言って」


 兵の(みんな)に俺の魔力を送り込んで、魔力の容量を大きくするという試みはすでにやってしまっているが――殿下は俺の魔力を借りるというように考えていて、それで試合に臨むのは抵抗があるということだ。


 実は、殿下を回復させたときに魔力を吸われている――それは不可抗力として、今殿下が持っている魔力のみで、模擬戦で戦えるようにしなくてはいけない。


「では、二つ目の方法は……魔力を引き出しやすくするために、新しく経路を作るというものです」

「経路……器に穴を開ける……?」

「確かにそういう方法もありますが、それは不可逆の変化になってしまうので、あまり推奨はできません。要は、身体強化の一種ですね。自分の身体を、魔力を利用しやすい状態に強化します」

「そんな方法が……アトルは魔法の知識が、教本よりも深いように思うのだが……」


 俺はリベールで行き倒れ、シスナさんに助けられたという経緯と、それまでの記憶を無くしていることを話す。身体が魔法の使い方を覚えていると言うと、殿下は眼鏡の位置を直してじっと見つめてくる――というか、観察されている。


「身体が覚えている、というのは……君は記憶がない期間に高度な魔法を習得していて、それを実際に使っていたということなのか」

「そう……だと思います。すみません、はっきりと言い切れなくて」

「うん……事情は分かった。アトルの記憶が戻るように、協力できることがあったら言ってほしい」

「ありがとうございます。でも、思い出せなくても、俺はやれることをやろうと思っています。殿下に危険が及ばないようにすることも、その一つです」

「……君は底なしのお人好しだな。私の置かれた状況を知って、それでもそんなことを言うとは」


 殿下は俺を試すようなことを言う――これまでもそうやって、できるだけ他者を遠ざけてきたのだろう。


「俺は……あのとき盗賊を撃退に向かって、良かったと思っています。あれがきっかけで、自分がここにいられているなら」

「……シュタルトが、あんなふうに話すのは久しぶりだった。それくらいに、君のしたことは現実離れしていて……私こそ、君がここに来てくれたことに、もっと素直に感謝を……」


 殿下が言おうとしてくれていることは、今はまだ早い――そう思えて、俺は首を振った。


「殿下が強くあろうとしていることは、俺も分かっているつもりです。その姿を見てきたから、この館で暮らす人たちはみんな殿下を慕っている……訓練をしていてもそう思いました」

「っ……そ、そういうことは……皆がいないからと言って、あまり、率直に言うのは……」

「だから俺は、俺の魔力を使ってもらってでも、殿下に勝って欲しいと思ってしまった。それについては反省しています。殿下がご自分の力のみで戦いたいという、その意志は貴いものです」


 俺は右の手のひらを上に向け、魔力球を出力する。そして、空いている左手で右手を指し示した。


「ここを見てください。俺はこうして魔力を任意の形状で出力できますが、そのために術式を使っています。俺の腕に浮かび上がっている紋様、これが術式です。ふだんはこうやって可視化する必要はありませんが、今回は見やすくしています」

「これが、術式……こんなふうに目に見えるなんて……」

「俺はこの術式を展開するために、呪文を必要としません。通常は、呪文によって定型的な術式を展開し、それで魔法を発動させます。ですがこれは……文字通り、身体で覚えるしかないものです」

「……覚悟はできている。どうやって覚えればいい?」

「見て覚えます。この形状を覚えて、『魔力をより拡張的に操れる状態』に自分を強化します……ずっと見えるようにしておくこともできますが、書き起こすこともできます」

「ここで覚えられないようなら、書き起こしてもらうが……なんとか、頭に入ったと思う」


『その方も難しい状況に置かれていますが、とても聡明で、清廉な方だと私は思っています。申し訳ありません、詳しい事情は話せず……』


 ファナさんが言っていたことを思い出す。この複雑な術式をその場で覚えられるくらい、殿下の記憶力は優れているということだ。


「……君は呪文を必要としないと言うが、私の場合は、何かきっかけがあったほうが助かるのだが」

「では……『魔力よ、我が意志のもとに自在となれ』と」


 殿下は頷き、俺がやっていたように右手を前に出し、手のひらを上に向ける――そして。


「『魔力よ、我が意志のもとに自在となれ』……!」


 ――俺はその瞬間まで、理解していなかった。


 魔力の器を探るようにして魔力を引き出すのではなく、彼女の意志で自在に魔力を制御できるようになれば、何が起こるのかを。


「っ……あ、熱い……身体が……」

「殿下、気をしっかりと持ってください! その魔力は、あなたの意志に従う力です!」

「くぅっ……ぅ……あぁっ……!!」


 殿下の身体を溢れ出した魔力が覆う。暴走を起こすようなら抑えこまなければ――だが、魔力の火花が散る中で、少しずつ発光が静まっていく。


 魔力球という形では出力されなかったが、殿下は自分の魔力を制御し、身体の周りに纏っていた。


「これが、私の魔力……いや、違う……私だけの力では……」

「申し訳ありません、殿下……治療をするとき、俺の魔力を送ってしまって。ですが、それはもう殿下の力です」

「そうか……あのときの感じは……」


 殿下は小さく呟いて――そして謝罪する俺を見て、愉しそうに笑った。


「内緒にしていたのを咎めるところだが、やめておこう。君が魔力を分けてくれたから、私はすぐに元気になれたんだろうからな」

「ご容赦いただき感謝します。それと、殿下……とても申し上げにくいのですが……」

「……あ……」


 殿下の魔力は一度暴走を起こしかけて、その拍子に服が破れてしまっている。俺は片手で目を塞ぎながら、自分の上着を殿下に差し出す――こんな形で、殿下に魔法を教える時間は幕を閉じることとなった。


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― 新着の感想 ―
一気読みで来ました。 文章は、素朴な感じで抑揚が控えめですが、 内容がとても素直で、真っすぐ。 読んでいて、心が癒される、気持ちよくなれる感じがします。 続き楽しみにしています。
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