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第十五話 決心/調査報告

 校舎の裏手にある林の向こうに、書庫らしい建物がある。殿下とユナは連れ立って中に入っていく――鍵が閉められるかと思ったが、すぐには施錠されなかった。


 しかし扉を開けると光が入るので、別の場所から中の様子を見られないかと探ってみる。書庫の裏まで行くと、閉められた窓があった。


「――エルシェ様、申し訳ありませんでした……っ、私、すぐに行くことができなくて……」

「それは謝ることじゃない。ユナの立場が悪くなってもいけないからね」


 聴覚を研ぎ澄ますと、中の話し声が聞こえる。盗み聞きは良くないが、彼女たちが置かれた状況についてどう思っているのかを知りたかった。


「そんなことよりも、私は何より、エルシェ様のことを優先するべきなのに……」

「……ありがとう。でも、リンダが私と戦いたいというのは、本当は受けて立つべきだからね。それができないのは私の事情でしかない」

「……エルシェ様が、できるだけ注目されないようにと努めていらっしゃるのに。皆さん、やはりちょっかいを出さずにはいられない……それは……」

「私のような生意気な女がいたら、目障りに思うんだろうね」

「い、いえっ、それは断じて違います。リンダさんはエルシェ様に自分を見てもらいたくて、ジョアンさんは……年頃の男性は、あのようにエルシェ様に注目せずにいられないのかと……」


 だんだんと、このまま聞いていていいのか疑問に思えてきた――立ち聞きしている時点で気にするべきことだが、内容が年頃の男女の話というか、繊細な問題になってきている。


「リンダは星集めに熱心だからね。星を十個集めれば、銀色の徽章を手に入れるチャンスがあるから」

「だからといって、クラスの人にひとりひとり模擬戦で勝つというのは……それに、どうして私のことは眼中にないみたいにするんでしょう」

「彼女にとっては重要なことなのかもしれない。ユナは私の従者だから、勝つべきは私……ということかな。何も考えずに、喧嘩をふっかけているわけではないとも言える」

「……エルシェ様は、どうしてそんなにお優しいんですか」


 ユナが言うと、殿下は――こちらにやってきて、ばん、と窓際の壁に手を突いた。俺の存在に気づかれたのかと思い、さすがに冷や汗をかいてしまう。


「優しい……私が? あんなふうに毎日ねちねちと言われて、あることないこと噂を立てられて……それででも学園には来なければならない。それで私が大人しくしていられているか?」

「は、はいっ……しっかりと、リンダさんに言い返していらっしゃいました。あれは、聞いている私も鼓舞される思いでした……っ!」


 幸い俺のことに気づいてはいないようだったが、カーテンの隙間から見えた殿下の顔は、かなり迫力があった。妖精の怒り、と言うと叱責を受けそうだが。


 そしてユナはユナで、この状況に完全に甘んじているわけではない。殿下を支えながら、この状況に立ち向かおうとする気概がある。


「……しかし、そうだな。リンダはずっと私に勝つことにこだわっているし……それは、何とかしなければいけないか」

「エルシェ様……ですが……」

「私は実際に、彼女をあしらえるほど強くはない。試合の経験が私より多いリンダに勝つのは難しいだろう……できれば星は渡したくないが、負ければリンダの傘下に入らざるを得なくなる」

「さ、傘下……そういうお話になってしまうんでしょうか……」

「星を取られるというのはそういうことだよ。リンダの周りにいるのは、彼女に星を取られないように取引きしているか、すでに取られた生徒だからね」


 この学園においては『星』が重要な価値を持っているというのは分かった。殿下がそれを取られるようなことは、絶対に避けなくてはならない。


 しかしずっとリンダを撥ねつけ続けていると、状況は悪化に向かうだろう。殿下が教室で孤立しているのは、リンダが教室において支配的な存在であるからだと考えられる。


「で、では……エルシェ様、リンダさんと模擬戦を行うのですか?」

「……注目されるようなことをしては、これまで私がしてきたことも無駄になる。けれどそれよりも、逃げ続けている方が難しくなってきている」


 殿下の中で、もう結論は出ているようだった。リンダの申し入れを受け、模擬戦をする――勝てるかどうかは分からなくても、その覚悟を決めている。


「……私はエルシェ様を信じます。どのような選択をされても、どんな結果になっても」

「ありがとう。不甲斐ない主ですまない」

「そんなこと……絶対、絶対にありません。私はいつもエルシェ様が頑張っているって知ってます……!」


 誰にも悟られず、ただ殿下に危険が及ばないように見ているつもりだった。


 そうできなかったのは、何もできずに見ているだけで終われば後悔すると思ったからだ。しかしそれは根本的な解決にはならず、一時しのぎでしかない。


 殿下が模擬戦を受けるのなら、今からでも出来ることはある。そしてジョアンは大それたことはしそうにないが、それでも介入しなければならないほど強引な行動に出た――今日一日が終わるまで、警戒は必要だ。


 殿下とユナは、持ってきた弁当を開いて食事を始めている――俺はいったんその場を離れ、午後の授業が始まるまでは周辺を調査することにした。


   ◆◇◆


 授業が終わったあと、殿下とユナが馬車に乗るのを見届け、少し遅れて屋敷まで戻る。


 久しぶりに魔力による気配の隠蔽を解く。今日は館で執務を行っていたシュタルトさんが、庭先で午後の訓練をしていた。


「アトル殿、お帰りなさいませ」

「シュタルトさん、他の人たちはどうしました?」

「いえ、これは個人的な日課です……それより、先程殿下たちがお帰りになられましたが……」


 ここでは館の中からも見える場所なので、建物の陰に回る。もうすぐ日が落ちる時間なので、手短にしなければいけない。


「……ユナから私も聞いてはいるのですが。殿下は学園ではなるべく注目を集めないように行動していて、それが逆に周囲から干渉される要因にもなっていると」

「外から通学してくる生徒は、貴族の子女だという認識がまずあって、殿下についても貴族であるというように思われているようです。殿下の素性を明かしていない理由は……」

「皇家の意向です。殿下に魔法学園に通うようにと命じたのも、皇家です……たとえ皇女であっても、皇家の(めい)には応じなくてはなりません」


 素性は隠さなくてはならず、しかしそれがエルシェリアス殿下の立ち振舞いを難しくしている。


 しきたりとして決まっているとか、学園で殿下がどんな立場にあるかに関心がないのか。皇家の殿下に対する姿勢は、実情を鑑みていないように思える。


「皇家というと、皇帝陛下の意向ということなんでしょうか」

「いえ……そう言い切ることはできませんが、いずれの方の意向であったとしても、私たちは皇家の意向として受け取る以外にはないのです」

「……分かりました。しかし、だからといってこの状況を放置することはできません」

「私も同じ思いです。殿下が悩まれていることを知っていて、それでも今日まで、何もできずにいました。学園の書庫まで足を踏み入れていたのに」


 シュタルトさんが学園でのことに働きかけることが難しかったというのは、今の話から察せられる。


「俺はいつから、生徒として学園に行くことになりますか?」

「編入について学園側と面談があるのは三日後になります」

「三日……」


 リンダが次に殿下に模擬戦を挑んだとき、そのとき殿下は断らないだろう――そう、確信めいた予感がある。


 俺が学生として学園に行ければ、姿を見せた状態で殿下を護衛することができる。しかしそれまでに模擬戦が行われて、殿下が星を取られるような状況になることは避けたい。


「……アトル殿、もどかしく感じていらっしゃいますか?」

「あ……す、すみません。焦るべきじゃないと分かってはいるんです」

「アトル殿にお考えがあるのであれば、どうか迷いなく進んでください。学園での殿下の姿を見て、それで何かを見出されたのならば、きっと良い方向に向かうはずです」


 シュタルトさんは無条件に俺を信頼してくれている。責任は重大だ――時間は限られているし、失敗は決して許されない。


「それでは……夕食の準備ができていると思いますので、館に入りましょう」

「はい。実は食事をすることも忘れて、任務に集中していて……」

「っ……ア、アトル殿、それではお昼を摂らずにずっと秘密裏に護衛を……!? いけません、あなたのような達人がそのようなことで痩せてしまうなど……っ」


 問答無用で俺はシュタルトさんに引っ張っていかれ、食堂に向かう――すでに席に着いて待っていた殿下は、俺の姿を見るなりふっと微笑む。


「なんだ、そんなに慌てて。食事が待ち遠しかったのか?」

「っ……は、はい、恥ずかしながら……」


 今日一日、殿下を見ていて分かったことがある――どんな状況に置かれていても、彼女は決して弱音を口にすることがない。


 ユナが言っていた通り、俺もあのときに殿下に鼓舞された。彼女が戦うと言うなら、それに準じるのが俺の務めだ。


「ど、どうしたんだ、そんな……真面目な顔をして。もしかして、怒ったのか……?」

「いえ、そんなことは。むしろ、嬉しいと思っています」

「嬉しい……それは、私と……」

「え……殿下、今何とおっしゃいました?」

「っ……なんでもない。スープが冷めてしまう前に、早く席に着くがいい」


 言われるがままに食卓に着いてからは、特に殿下と言葉を交わすことは無かったが――時折こちらを見ている殿下の視線に気づかないふりをするのは、なかなか難しいものがあった。

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