第十四話 銅色の級友たち
殿下はいつも同じ時間に館を出て、始業の十五分前に学園に着いているそうだった。送り迎えの馬車は殿下とユナ、そして関係者を運ぶときは貸し切りとなる。
移動手段として馬を借りることもできたが、今回は走って馬車を追跡した。通学に使う経路の周辺を頭に入れつつ進んでいくと、魔法学園の敷地が見えてくる。広い構内を囲うように壁があり、基本的には中に入るために守衛がいる門を通る必要があった。
「ここでいい。今日もありがとう」
「お嬢様、行ってらっしゃいませ」
馬車の御者は殿下の素性についてある程度知っているようだが、学園が近づいてくると彼女の呼び方を変えた。
正門前に横付けすることもできると思うが、そうしないで距離を置いたところで馬車を降り、殿下とユナは連れ立って歩いていく――といっても、二人の間には微妙な距離がある。
それは二人の仲が悪いということではなく、周囲の目を気にしてのことなのだということは、周辺の声を聞いてみればすぐに分かった。
「――今日も二人でお出ましか。いつもどこから通ってくるのかね」
「寮生じゃないなら貴族ってことになるが、晩餐会で見たこともない。ありゃ見栄を張って外から通っているだけだな」
聞こえよがしに言っている男子生徒二人は、銀色のシンボルを制服につけている――おそらく学生章だろう。殿下とユナの二人は銅色のシンボルだ。
魔法学園は基本的に寮から通うもので、外から通学してくるのは貴族などの一部の生徒だけらしい。そして、殿下は皇女であると学園では知られていない――関係者全てが知らないのかは分からないが、少なくとも生徒は殿下のことを「外から通学してくる貴族らしい生徒」と見ているようだ。
素性を明かすことができないのか、それとも何か考えがあって明かしていないのか。繊細な事情があるのだろうから、尋ねるにしても慎重を期すべきだ。
殿下とユナは噂をしている生徒たちに構わず、門をくぐる。そして校舎に向かう途中で、待っていた生徒に行く手を遮られる。
「今日こそは模擬戦に出てくれるんでしょうね、エルシェ」
「あなたが出てきてくれたら、リンダ様は星を集め終わるの。逃げていないで戦いなさい」
学園では、殿下は『エルシェ』と呼ばれている――それだけで皇女であると悟られないのは、その名前が人々には知られていないことを示している。
彼女が置かれた状況を見て、察してはいた。皇位継承権を持たず、持っている皇族とは隔たりがある。『第七皇女』の存在は、公的には伏せられている――だから、学園でも知られていないということか。
そして星というのは、リンダという生徒の制服の襟についている小さな星のことだろう。
「……私は模擬戦に出るほどは強くない。星を増やしたいのなら、他の方法で手に入れてはどうだ?」
「これが一番手っ取り早い方法って分かっているでしょ? いいから出てきなさい、今度病欠だと言ったら私たちにも考えがあるわよ」
「逃げてばかりのくせに、態度ばかり偉そうで……私たちを馬鹿にしているんじゃない?」
「ち、違いますっ、エルシェ様……彼女はそんな……っ」
「従者のあなたも甘やかしすぎよ。その子は書庫の鍵まで特別扱いで持っているって知っているんだから。贔屓もほどほどにして欲しいわね」
リンダと取り巻きの女子二人に口々に追及され、ユナは何も言えなくなってしまう。それを見ていた殿下はふう、とため息をついた。
「……なに? 言いたいことがあるなら言ったら? それともここで……」
このままいざこざを避けてやり過ごせれば――そうならなければ、俺がなんらかの方法で会話を中断させる。
そう思っていたのだが、殿下は眼鏡の位置を直すと、自分より背丈のあるリンダの前までやってきて、胸を張って言った。
「小型犬がきゃんきゃんと吠えているのを構うほど、私は暇じゃない」
「――っ……!!」
怒りに任せてリンダが手を振り上げる――だが、その時には、俺は彼女の背後に回っていた。
「っ……う、動かない……あ、あなた一体……」
「……?」
俺がリンダの動きを止めているうちに、殿下は不思議そうな顔をしつつも後ろに下がる。そして、三人の横を通り過ぎて校舎に向かった。
「……エルシェ、このままで済むと思わないことね……っ!」
解放されてまず出てきた言葉がそれだ。気が強そうではあるが、なぜそうも殿下に執着しているのか。
(……それは疑問に思うところじゃないか)
言いがかりをつけられても、殿下は一歩も引かなかった。こんな状況で挑発するのは危険だが、何も言い返さないことが最良だとも思わない。
エルシェの後を追いかけて走っていくユナ――それを見て、リンダたちが顔を見合わせる。殿下が言っていた通りではあるが、リンダたちの思い通りにさせては良くないことが起こりそうなので、気に留めておくことにした。
◆◇◆
教室の一番後ろに座り、殿下は少し眠そうにしながらも、座学の授業をしっかりと書き取りながら受けていた。
「魔法の詠唱は、現在は発動句のみで術式を起動できるまでに簡略化されました。これは皇国における長年の魔法研究の成果であります」
発動句とは、端的に魔法の性質を示す『力ある言葉』だ。魔法を起動するには術式を作り、必要な魔力を送り込み、そして術式を世界に干渉させる手続きとしての詠唱を行う。
(しかし……詠唱を短くするっていうのは、魔法技術が高度化しているということにはならない。魔法の威力や効果を高めるために必要なことは、高度な術式をどれだけ早く展開できるかだ)
「例を上げますと、『光よ』……こうして生じる明かりも、以前は『我らが身許を照らす光よ、来たれ』というように詠唱が必要でした。しかし詠唱句の部分を法具で補うことで、劇的な短縮が……」
法具は詠唱の短縮に使うのではなく、その逆も可能となる。しかし、魔法の威力を際限なく高めなければならないという状況でなければ、魔法は簡易に扱える方向に向かっていく――ということか。
是が非でも倒さなければならない相手がいないのであれば、強力すぎる魔法は必要ない。『魔王』がいなくなった今となっては必要がないというのは分かっている、だが。
(それでいいと思えないのは、なぜなんだ。授業が参考にならないとは言わないが……)
やがて座学の授業は終わり、昼休みになる。殿下は席を立ち、教室の外に向かう――しかし。
「――おや、今日もみんなとは食事をしないのかな?」
殿下の顔がひきつっている――声をかけてきたのは、クラスにいる貴族の中では階級が高いほうの、男爵家の男子生徒だった。
「ジョアン、声をかけてくれるのは有り難いが、私は静かな方がいいのでね」
「そんな強がりを言って、なかなかクラスに溶け込めていないんだろう? 僕が女子たちにとりなしてあげよう」
「……頼んでいないことをする必要はない。失礼するよ」
殿下は外に出ていこうとするが、出口はジョアンに塞がれている。殿下の表情が一瞬不穏なものに変わる――怒るのも無理はない。
「君は外から通ってきているし、貴族家の人間なのだろう……身分が近い者同士で、ぜひ親睦を深めておきたいのだが」
「私はそういうことのために学園に来ているわけじゃない。そこをどいてくれ、出て行けない」
「それはいけない。君のように孤立している人を見つけたら、助けるというのが貴き者の友愛だよ」
ジョアンが何の目的で殿下に近づこうとしているのかは、もはや考えるまでもない。
しかし彼が言う通り、殿下はクラスで孤立している――自分から距離を置いているとはいえ、他の生徒の視線もあり、ユナは教室では殿下に付いたままではいられず、今も他の生徒に引き留められている。
「どうかな、エルシェ。女子とはまだ打ち解けられないなら、今日のところは二人で話を……」
さも良い提案とばかりに言うと、ジョアンは殿下の手を取ろうとする――しかし、一歩踏み出そうとしたところで。
「――ぬぁぁっ……!?」
足元を掬わせてもらった――前のめりになったジョアンは、彼の取り巻きたちに受け止められる。
「ジョ、ジョアン様っ……!」
「エルシェ、一体ジョアン様に何を……っ!」
「エルシェ様は何もしていませんっ……し、失礼しますっ!」
引き留めをかわすことができたユナが、殿下を連れて出ていく。なぜジョアンが急に体勢を崩したのか――殿下も疑問には思ったようだが、なんとか気づかれることはなかった。
「……くっ……くっくっくっ……」
「ジョアン様……こ、壊れて……?」
「手応えはあった。初めは氷のように心を開かなかったが、今の反応を見たか?」
「まったく……あんな子のどこがいいの? ジョアン」
リンダとジョアンには繋がりがある――貴族同士で友人関係ということか。それにしても、見ていていい気分はしない。
教室で情報を集めるよりも、今は殿下のことが気がかりだ。殿下とユナが向かった先は、校舎の外の建物――どうやら、そこで二人は食事をするようだった。




