第十三話 食卓の対面
ラティさんの疲労を回復させたあと、次はマキアという人に魔力を送り込む。
「うっ……うぅ……か、身体が……何なのだ、この疼きは……っ」
マキアさんはすでに身体が鍛えられていて、七人の兵たちの中では一番基礎的な筋力が高い。使っている武器も大棍棒という、豪快な人だ。
そんな彼女だがもともとの魔力量が少ないので、俺の魔力を注ぐとすぐに許容量が満たされてしまい、器を広げるときに起きる『成長熱』の状態になっている。人は体内の魔力に変化が起きると、体感症状として発熱することが多い――要は、熱くなるということで。
「ふぅぅっ……だ、駄目だ……この熱さは……っ」
マキアさんが勢いよく、服の上だけを脱ぐ――鎧下というものを着て訓練しているが、確かに素材的には熱さはこもりやすいので無理もない話だ。しかし下着を着けているとはいえ、いきなりのことで他の兵たちが顔を赤くしている。
「はぁっ、はぁっ……すまん、アトル殿。はしたないところを見せたな」
「いや、気持ちは良くわかります。俺こそすみません、魔力量はもっと日数をかけて伸ばした方が良いですね」
「い、いや……そんなことはない。私は魔法などてんで向いていないと思っていたから、これが魔力というものなのかと感激している。いいものだな、魔力は……っ」
マキアさんは腕を折り曲げて筋肉を強調するような姿勢を取る。しっとりと汗をかいているが、彼女の振る舞いは健康的そのものだ。
「マキアさんが一瞬で認めてる……ねえ、アトル様の魔力って大丈夫なの?」
ラティさんは俺の魔力によって魔力の最大量が増え、それで俺に対する態度を変えてくれたようだった――『あんた』から急に様付けになると、落差が少し大きいが。
「私も彼の施術を受けたひとりとして、安全は確かめているが……マキア、もう問題はないか?」
「問題どころか……棍棒を振った疲れも全て取れていて、むしろまだ訓練できそうだ。今からでも再び領内を一周できる」
「訓練はいくらやってもいいですが、俺がいるときだと効率が上がるというのは分かってもらえたと思います。そろそろ朝食の時間も近いと思うので、他の皆さんは同時にさせてもらってもいいですか?」
「ど、同時にというと……あぁっ……!」
五個の魔力球を同時に出力する。浮遊する魔力球を見て、まだ回復を受けていないファナさんたち五人が、たじろぐように後ろに下がる。
「怖くはないですからね。徐々に慣れていきますから」
「……アトル殿、とても爽やかなお顔でいらっしゃいますが、何か迫力を感じてしまいますね」
「シュタルト様っ、そんな、他人事みたいに……あっ、あぁぁぁっ……!」
驚かせないように魔力球をゆっくりと五人に向けて移動させるが、それがむしろ焦らしているようになってしまい、悪いことをしている気分になってしまった――あくまで訓練の一環なので、段階的に慣れてもらうしかない。
◆◇◆
兵の皆を回復させたあと、俺たちは屋敷に入る――すると学園の制服らしい服装のユナと、メイド二人が出迎えてくれた。
「っ……ア、アトル様、みんなもお疲れ様です……っ!」
ユナが駆け寄ってきて濡れた手巾を渡してくれる。それほど汗はかいていないが、その冷たさは首に当てると心地良い。
「ありがとう……ユナさんはこの後学園に?」
「いえいえっ、『さん』は必要ありません、ただのユナで……はい、昨日の今日ではありますが、細心の注意を払って殿下とご一緒させていただきます」
ユナはそう言うが、ファナさんも皆も心配そうだ――昨日起きたことを考えれば無理もない。
「――アトル殿、少しよろしいですか」
シュタルトさんに呼ばれ、俺たちは皆に話が聞こえないよう、いったん玄関ホールの外に出た。
「学園で活動するための手続きについてですが……編入自体は可能である見込みです。しかし、今日からというわけにはまいりません」
「なるほど……そうなると、今日のところは気づかれないように陰から護衛するしかないですね」
「はい、陰から護衛を……い、いえ、何か手を打たなければというお話ではあったのですが、そのようなことが可能なのですか?」
「ちょっと試しにやってみましょうか。こうすると、シュタルトさんからはどう見えます?」
――身体を覆っている魔力、それ自体を性質変化させる。魔力の色が黒に変わると、シュタルトさんが驚きに目を見開いた。
「アトル殿の姿が、消えて……そ、そこにいるのですか……?」
俺からは魔力が見えるが、この性質変化を行うと外からは俺のことが見えなくなる。
確かめるようにシュタルトさんが手を伸ばしてくる――すると、俺の胸板のあたりに手が当たった。
「っ……か、硬い……何もないように見えるのに……」
「魔力を性質変化させて、視認ができなくなる膜を作りました。俺から伝えたいと思わない限り、音を発しても気づかれません」
「凄まじい……これを行うことで、誰にも気づかれないままに学園内での護衛が可能になるということですね」
「……エルシェリアス殿下にはこのことを伝えますか? 常に見られているというのは、緊張するものですから。意識せずにいる方が良いこともあります」
シュタルトさんはどうするべきかと思案している――俺としても、どちらの方が良いのかは分からない。
「どのみち、学園の生徒として潜入することになっても、俺は護衛であると公言せずに任務につくのが良いと思っています」
「……そうですね。殿下の身に危険が及ばぬよう、守らなければと考えるばかりで、どのような形でお守りすることが最善なのかを考えられていませんでした」
「ひとまず、今日のところは予行演習ということで……学園で情報収集をしたいと思います。密偵のようなことをするのは学園に申し訳ないですが、下調べは重要ですから」
シュタルトさんは頷きを返してくれる。俺たちは屋敷の中に戻り、朝食の席に向かう――すると。
屋敷の主人が座る席に、エルシェリアス殿下が座っている。しかし彼女は、昨日とは違った装いをしていた。
銀色の長い髪を左右で二つのお下げにして、眼鏡をかけている。厚いレンズの奥の瞳が、俺を捉えている――その表情から感情は読み取れない。
「……君がアトルか。おはよう」
「お、おはようございます。エルシェリアス殿下……俺は……」
「私の護衛を頼むことになったんだったな。そして、昨日も君に守ってもらった……そのことには、礼を言っておこう」
まるで妖精のような、可憐な容姿をしているが――想像していたよりも彼女の振る舞いは硬質で、君主の血を引く者としての気風をまとっている。
「まだ叙勲をしていないし、正式に私の騎士となってもらうかは分からない。私の騎士はそこにいるシュタルトで、もう一人を抱えれば、皇家からも目をつけられることになるからね」
「分かりました。まだ新参者で、俺という人間を信用できるかどうかという段階と思います。殿下の信頼を得られるよう、努めて……」
話している途中から、じっと見られている――睨まれているというのに近いか。だが怒っているというよりも、何かを言いたくて言えないような、そんな表情だ。
「……信用という意味では、昨日のことで信用はしている。私をた、助けてくれたのは、君であって……恩人であるとは思っている」
「い、いや……恩人というまでのことは。俺こそ、もう少し早く辿り着いていれば……」
「そんなことはない……と思うが……私は、君の説得にはもう少し日数がかかると思っていた。話を聞く限りでは、すぐにここに来ることを決断してくれたということだし……わ、私は、君に対して……っ」
「殿下、僭越ながら申し上げますが、学園に向かう時間が近づいております」
「そ、そうか……うん、分かった。話の続きは帰ってから、時間を取ることにする。アトルも席に着くといい」
「ありがとうございます、殿下」
席に着いて、朝食を取り始める。兵士の皆とは食事をする部屋が分かれていて、別室から話し声が聞こえてきていた――ここで食事をするのは、俺と殿下、そしてシュタルトさんだけだ。
「…………」
殿下は俺が食事をするところをじっと見ている――そして俺が視線を向けようとすると、つい、と目をそらしてしまう。
何か気に食わないことでもしてしまっただろうか。まだ温かさが残るパンにバターを塗りながら、俺はここまでの自分の行動を省みていた。




