第十一話 屋敷の地下牢/夜更け
皇女殿下を襲った三人は、帝国騎士団に引き渡されることとなった――尋問には全く応じないらしく、皇女の略取に失敗した時点で命はないものと思っているとのことだ。
だがそれで終わらせていい話ではない。学園に行くかどうかの結論を出す前に、俺はシュタルトさんに頼んで捕らえられた男たちのところに向かった。
屋敷の一階にある地下への階段を降りると、そこには牢があった。鉄格子の向こうでうなだれていた男が、俺が来たことに気づいて顔を上げる。
「……打ち首になる人間を見に来たか。良い趣味だな、小僧」
「自分が処刑されるほどのことをしたという自覚はあるのか。俺もそうしたいくらいだったが、当面魔法が使えなくなるのはあんたみたいな人には堪えられないだろ」
「やはり私の魔力を奪ったのか……盗人め、恥を……」
「奪ったんじゃない、消したんだ。まあそれはいいけど、さんざん尋問はされたろうが、あんたにはもう一度聞きたい。なぜ皇女殿下をさらおうとする?」
男が俺の腰にある剣を見やる――仄暗い明かりの中で、男の顔色はひどく青ざめて見える。
「……わ、我々は……死を恐れなどしない。我々の宿願は、こんなことで潰えるものでは……っ」
「そうか……皇女殿下を、何かの儀式にでも使おうとしてるのか?」
「っ……私は何も知らない……ぎ、儀式など……っ」
やはり他の兵が尋問しても自白には至らないが、俺が相手なら話は違うようだ。
この男が皇女に何をしたのかを考えると、魔力の抑えが効かなくなる。さっきから目の前にバチバチと火花が散っている――今自覚したが、殺気が漏れてしまっている。
「……こ、殺せ……ひと思いに……っ」
「そうしたらあんたが楽になるだけだ。明朝になったら三人とも騎士団に引き渡す。また皇女殿下が狙われても、俺は確実に守り切る」
「くっ……は……はははっ……その威勢がいつまでも……っ、かはっ……」
言葉の途中で男は糸が切れたようにうなだれ、動かなくなる。泡を吹いて気絶している――残りの二人も同じだ。
牢の外に出ると、シュタルトさんが自分の身体を抱えるようにしている。敵だけではなく、彼まで殺気を感じ取ってしまったようだ。
「アトル殿、牢の中でいったい何が……」
「ここで情報を引き出すことはできますが、そうすれば彼らが属する組織から切り捨てられる可能性があります……向こうから捕虜に接触してくることを考えて、泳がせます」
「泳がせる……彼らの仲間が接触を試みたとして、それを感知する方法はあるのですか?」
「仕込みはもう済んでいます。それとは別に、皇女殿下に危害が及ばないように万全の準備をしなくてはいけない」
「アトル殿、それは……」
シュタルトさんが期待を込めた目で見てくる――俺はそれに、頷きで応じる。
「皇女殿下を守るために、俺も力を尽くします。殿下がずっと安心して過ごせるようになるまで」
「ありがとう……今は、それしか言葉が見つかりません。アトル殿、これより私と兵たちはすべて、あなたの指示に従います」
「え……俺は、シュタルトさんの配下につくことになると思っていたんですが。急に出てきた俺が指示なんてしたら、みんな戸惑いますし」
「いえ、そのようなことは……もちろん今までの指揮系統と変わらず、私に一任していただいても良いのですが。それはアトル殿の自由な裁量でお願いいたします」
新入りとして扱われるのが当然と思っていた俺に、そんな権限が与えられるとは――しかしそう言ってもらえるのなら、考えていることは幾つかある。
皇女殿下の護衛をするうえでの体制に穴がないかを見直し、必要であれば再構築する。期待の目で俺を見ているシュタルトさんだが、彼にも頑張ってもらうことになる。
「明日からよろしくお願いします、シュタルトさん」
「はい。皇女殿下が目覚められましたら、早速ご報告いたしましょう……アトル殿に決心いただいたと」
◆◇◆
目が覚めると、少し窓が開いていて、カーテンが夜風に揺れていた。
「……私……生きてる……?」
強く頭を打って、そこからは曖昧にしか覚えていない。
「っ……ユナ……ッ」
ユナが捕まって、私は助けてあげられなくて――シュタルトがいてくれたら、けれど彼女を送り出したのは私で、遠く離れた場所に来られるはずもない。
それでも私は助けられて、こうして命を留めている――ユナも。
「すー……すー……エルシェ様……」
「……ユナ……良かった……」
ベッドの近くに置かれた椅子に座ったまま、ユナは眠っていた。私はベッドを出ると、ユナの身体に毛布をかけて、音を立てないように姿見の前に立つ。
「傷が、治ってる……痛くない……?」
頭は割れるように痛かったのに、触ってみても平気だった。包帯を解いて見ても、傷らしい傷は見当たらない。
痛みでうなされているときに、誰かの声が聞こえたような気がする。ひとりはおそらくユナで――もう一人は、男の人の声だった。
この領地に来てくれている医療魔法師は女性で、声を聞けばわかる。私の記憶が間違っているのか、それとも本当に、ユナ以外に誰かがここにいて――私の傷を、治してくれたのか。
「っ……あ、熱い……身体が……」
火照っているなんてものではない――身体の内側が熱くなって、けれど気分が悪いわけではない。
「魔力……私の魔力が増えてる……? どうしてそんなこと……」
私の魔法は、黒い外套の男には通じなかった。もっと自分に力があれば、そう願って――それが今、思ってもみない形で叶えられている、ような気がする。
そしてさっきから、私はどこかに引き寄せられるように感じていた。この身体の魔力がそうさせるのかわからないけれど、部屋に留まっていられない。
ガウンを羽織って部屋を出る。ふらふらと、夢うつつの気持ちで、見えない糸にでも引かれているかのように歩いていく。
いつも使っていないはずの客室。そのドアが少しだけ開いている――私はどうしてか、ドアをノックする気にならなくて、隙間から中を覗き込んだ。
「あ、あの……朝の明るい時間の方が良いような気もしますが……」
――あまりの光景に、息を飲む。
上半身に何も身につけていない、男の人――顔立ちは少年みたいで、私と同じくらいの歳か、少し年上くらいで。その男の人が、ユナの姉のファナの手で紐を身体に巻き付けられている。
「も、申し訳ありません……制服の仕立てのために、寸法を測っておく必要がありまして。ですが……アトル殿、いったいどのように鍛えたらこのような……」
私が暮らしていた離宮には、神を象ったものだという彫刻があった。筋肉質で、均整の取れた体型の男性の像――それはあくまでも像なので、私はそれほど気に留めていなかった。
けれど、彼は違った。彫刻よりも綺麗で、引き締まった身体をしている――首のあたりに痣があって、胸には十字のような痕があるけれど、それすらも、私にはその姿を際立たせる要素に見える。
心臓の音がうるさくて、他の音が聞こえなくなる。こちらを見られたら気づかれてしまうのに、動けない――これ以上見ていてはいけないと分かっているのに、足は言うことを聞かない。
「その……俺、リベールで行き倒れて、起きたときにはそれまでの記憶がなくなっていて。身体は鍛えていたかもしれませんが、畑仕事をしていたならこれくらいは普通なのかと……」
「ふ、普通なんて……明らかに普通ではないと思います。鋼のように鍛えられていて、それでいてしなやかで……す、すみません、指が触れて……」
こんなこと、自分が思うときが来るとは思っていなかった。
彼のすぐ近くにいるファナが、羨ましい。その場所を代わってほしい――そんなはしたないことを考えるような自分に育ったつもりはなかったのに。
(……ち、違う……鍛えられているから、それだけじゃない。そんなことで発情していたら、私はあの人ともう顔を合わせられなくなってしまう……でも……)
彼が誰なのかは分からなくても、状況を見ればわかることがある。『制服の仕立て』と言っていたので、彼は学園の生徒か、これから通うことになっている――初めて見る人が、私の屋敷で学園に行く準備をしているとしたら、彼が何者なのかはおのずと見えてくる。
(……あの人がアトル……なの?)
「それでは……腰回りなども測らせていただきますね」
「っ……い、いや、前から測らなくてもっ……!」
ファナが男性の前で床に膝を突いて、紐を腰に回してから前に持ってくる――まるで抱きついているように見えて、自分のことのように恥ずかしくなってくる。
(……ファナとはあとで話をしないと……でも、もう少しだけ……)
私の曖昧だった記憶は、今ははっきりとしていた。
――私を助けてくれたのは、アトルだった。そしておそらく、私の傷を治してくれたのも。
彼が私を治したから、私はここに導かれた――ような気がする。だから、今こうして見ていることは彼のせいにさせてもらうことにした。




