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第十話 治療/警護体制


 エルシェリアス殿下は小さな領地を与えられ、騎士のシュタルトさんが兵たちを率いて殿下の身辺を警護しているということだった。


「申し訳ありません、私が敵の計略にかかったことで、皇女殿下を危険に……」

「……敵というのは、一体何者なんですか?」

「それは……あっ……あ、あなたは、リベールの勇者様……!」

「ゆ、勇者って……あっ、あなたはあの時の……」


 フェルリスを保護して運んでいるときに、盗賊に襲われていた兵士たち――彼女はそのうちの一人だった。


「ファナ、まず殿下の治療を行わなければならない。医療魔法師の手配を……」

「領内にいらっしゃった魔法師の方は、今は不在のはず……一週間ほど魔法大学に戻ると……」

「っ……なぜこうも重なるのか。私が魔法師を探して連れて……」


 言いかけたシュタルトさんが、俺の存在に気づく。彼が出ていこうとしたら俺も止めるつもりだった。


「アトル殿……皇女殿下の治療をお願いすることはできますか?」

「高貴な人に対して、近づくのも恐れ多いですが……あっ、す、すみません。さっきは咄嗟に……」


 倒れていた殿下を抱え上げてしまったが、頭より先に身体が動いてしまっていた。不敬を働いてしまった――しかし、二人は俺を咎めなかった。


「今ばかりは、お許しいただけるでしょう。アトル殿、お願いいたします」


 シュタルトさんとファナさんが俺に頭を下げる。他の兵士たちもそれに倣う――彼らの希望でもあるなら、俺は最善を尽くすしかない。


   ◆◇◆


 寝室に入ると、エルシェリアス殿下はベッドの上に寝かされていた。頭には包帯が巻かれ、他の箇所の傷も手当てがされている。


「……ぅ……うぅっ……」


 痛みがあるのか、殿下が苦しそうな声を出す。一緒に来てもらったファナさんに、治療の補助をしてもらう――包帯の上からでも傷の位置は分かるので、まず頭の傷から治療を始める。

 

 指先に魔力球を出力し、性質変化を施す――魔力の色が緑に変わる。


「ア、アトル殿、それは何を……それが、回復魔法……?」

「珍しい方式かもしれませんが、傷の治療は実践済みです。傷というか、シュタルトさんの場合は痛みを取ったんですが」

「シュタルト様の治療を……い、一体、リベールで何が……」


 戸惑っているファナさんだが、ひとまず治療に移る。殿下の負傷している箇所に魔力を送り込む――すると、苦しそうだった殿下の表情が和らいだ。


「ああ……殿下の様子がこんなに安らいで……アトル殿、ありがとうございます……っ」


 ファナさんが泣いている――前のときから泣き顔ばかり見てしまっている気がするが、それだけ彼女が心優しいということだ。


 頭部の負傷は丁寧に見なければならない――幸い、傷は深いものではなく、一度の治療で完全に塞がった。包帯をそっと外して見ても、傷は消えている。


「念のために、新しい包帯に変えておきましょう。あとは、打撲や擦り傷を治します」

「は、はい……あの男たち、殿下に何ということを……」


 殿下の腕に残っている痣に手を当て、治療する。見えている部分の治療を終えて、あとは問題ない――というわけにもいかず、背中のほうも見なければならない。


「私が殿下のお身体を起こしますので、その間にお願いいたします」


 ファナさんが殿下を抱え起こす。殿下の寝間着をどうするか――と考えたところで、ファナさんがこちらを見て顔を真っ赤にしていた。


「あ……そ、そうですよね。俺、目隠しをしても治療はできるので」

「も、申し訳ありません……」


 目を覆うように手ぬぐいを巻く。その状態でも、魔力の状態で痛みのある部分がわかる――俺は指先を触れさせないようにしながら、痣になっている部分を治療していく。


「……よし。これで治療は終わりです。最後に、回復の反動を抑えるために魔力を回復させます……俺の魔力を殿下の中に入れても大丈夫でしょうか?」

「ま、魔力を殿下の……それはどのようにされるのでしょう……?」

「さっきのように魔力球を作って……この青白くなった状態で、殿下の身体に入れます。魔力には基本的に透過するものなので、肉体には支障ありません」

「……恥ずかしながら、私は魔法の知識が少なくて、半分ほども理解できていないのですが……アトル殿がそうおっしゃるのであれば……っ」


 ファナさんの目の前で、俺は手のひらを上に向け、魔力球を出力する。白から青白く変わった魔力を、殿下の胸のあたりに送り込む――すると。


(っ……な、なんだ……今までとは全然感覚が違う。魔力が吸われる……っ!)


 想定しなかった事態に動揺させられる――シスナさん、シュタルトさんに魔力を送り込んだときは、俺の魔力の一部だけでいっぱいになったというのに、殿下の場合は器の限界が見えない。魔力球を送り込んでなお足りず、俺の身体からも直接魔力を持っていかれた。


「……すぅ……」


 腹八分目、というわけでもないのだろうが。少し満足そうにも見える表情で、殿下は深く眠っている。


「アトル殿、どうされました……?」

「あ……い、いや。その、これで一通り治療は終わりました。もしまた何かあったらすぐに俺を呼んでください」

「かしこまりました。アトル殿、あなたは……強さだけではなく、お医者様としても優秀でいらっしゃるのですね」

「専門の人には負けますが……とは言っていられないですね。ファナさんや皆さんも、何か困ったことがあったら言ってください」


 殿下を元通りに寝かせると、ファナさんはしばらく傍についているとのことで、俺は先に部屋を辞することにした。


   ◆◇◆


 シュタルトさんは、屋敷のホールにある長椅子に座っていた。殿下の寝室から出てきた俺に気づくと、こちらに歩いてくる。


「治療は成功したのですね。アトル殿、あなたがいなければどうなっていたか……」

「殿下が置かれている状況は、もう一刻の猶予もない状態だった……ということですね」

「はい。私よりも、殿下のほうが不穏な気配を感じておられたのに……」

「……なぜ、殿下を狙う者がいるんですか? ここはまがりなりにも、皇家の目が届いた場所のはず……それなのに、殿下がここで暮らし始めても、屋敷の手入れをする人も足りていない」


 館の中、そして寝室などを見ていても、手入れはできているのだが――外の庭園など、周辺までは手が届いていない。純粋に人手が足りていないのだ。


 俺たちは居間に移動し、テーブルを挟んで席に着く。窓の外は、日が完全に沈んでいる――燭台の明かりが揺らめき、シュタルトさんと俺を照らしている。


「ひとつずつお答えしなければなりません。殿下は第七皇女……皇位継承権を持たない位置にいるため、継承権を持つ方々とはその境遇に隔たりがありました。今でもそれは変わっていませんが……皇家の一員であることに着目して、彼女の身柄を狙っている者がいるのです」

「……これまでは、それが表面化していなかっただけということですか?」

「はい……殿下自身、自分に関心を持たれることのないよう努めていらっしゃいました。本来ならば、第七皇女であっても社交の場には出ることができますし、あの方は勉学の成績も非常に優秀ですので、学園でも輝きを放つことができるはずなのです。それでも、自分には向いていないと言って……」


 シュタルトさんは、殿下がそういった行動を取ることに複雑な想いがあるようだった。


 俺は殿下が学園でどんなふうに日々を送っているのかを見ていない。だから想像することしかできないが――殿下が本来の輝きを知られないままに時間が過ぎていくのは、彼女に近しい人ほど苦しいことだろう。


「……それでも、殿下は狙われた。そういう気配は元からあったんですね」

「……彼らは計画を悟らせないように、殿下の周辺を調べ……学園で殿下の傍にいるユナを人質に取り、殿下を誘拐しようとした。許されることではありません」

「っ……申し訳ありません、私が殿下のお傍を離れたから……っ!」


 居間に駆け込んできたのは、桃色の髪をした少女――彼女が、シュタルトさんが言ったユナという人だろう。学園の制服らしい服を着ている。


「……ファナとユナは姉妹なのです。ファナは兵士として、ユナは殿下の侍女として、身辺の警護のために連絡を取り合っているのですが……敵はそれを突いて、警護を撹乱しました」

「私が殿下のもとを離れなければ……もっと早く、悪いことが起きているって分かっていたら……っ」

「相手もまた、決行までに準備を重ねてきている。ユナに頼みたいことは、今後はより殿下の周囲に気を配って欲しいということだ。私も私にできることをする……そして……」

「もちろん、俺にも協力させてください。話を聞く分には、学園での殿下の警護を厚くした方が良いという気はしますが……」

「っ……す、すみませんっ、私が力不足で……今後は死ぬ気で頑張りますのでっ……!」


 彼女に問題があるというわけではなく、彼女なりに最善を尽くしているとは思うが――現状、敵が襲ってきてしまっている以上は、今日戦ったような相手を撃退する力が必要になる。


「……折り入って、アトル殿にお願いしたいことがございます」

「は、はい。そんなに畏まることはないですけど、俺に何か……」

「……あぁっ……シュ、シュタルト様、そういうことなのでしょうか……っ」


 ユナが何のことを言っているのかも分からないが、シュタルトさんは俺の顔をじっと見て――そして。


「魔法学園の編入手続きは、こちらで交渉を行いますので……アトル殿には学生として学園に入り、殿下の警護にあたってもらいたいのです」

「……えっ?」


 学園に潜り込み、陰から密かに殿下を守る――というようなことを想像していた俺にとっては、シュタルトさんの提案は、あまりに想定外すぎるものだった。

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