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プロローグ

 浮遊城――世界の最上位に立つ実力者が集う『円卓』を擁する、空飛ぶ要塞。


 その男は円卓の間で、自分より上位の者たち――今まで仲間として共闘してきた者たちから、訝しむような視線を浴びていた。


「クロス、本当にいいのかい? 『円卓』を出るならば、君は大きな代償を払うことになる。そう言ったのは覚えているだろう」


 円卓を囲む席に着いている者は五人。クロスと呼ばれた黒髪の男は、自分のものである席には座らず、立ったままでいる。


 円卓における最上位者――城主の席は空いている。その隣には金色の髪に青い瞳を持つ青年が座っていて、クロスに話しかけていた。


「代償って、記憶を失うってことだろ? 俺が『円卓』入りしてからの」

「それだけじゃない。君が各地を渡り歩いたころのことも何もかも忘れてしまうし……再び思い出すことのないまま、生涯を終えるだろう」

「そうか……だが、それでも構わない。俺はやるべきことは終えたと思ってる。魔王はいなくなって、十年も経ったんだ」

「魔王が出現しなくなった理由は分かっていません。また地上のどこか……あなたの周囲に影響を及ぼす場所に出現した時に、何も覚えていないというのは得策ではないのでは?」


 座っている一人――黒髪の女性がクロスに問いかける。その美貌もあいまって、クロスはたじろぐほどの重圧を感じ、苦笑して頬をかく。


「……リフィアの言いたいことは分かる。だけど、俺には何もない十年は長いんだ」

「この城で流れる時間が合わないということですか。あなたにとって、私たちはそんなに退屈に見えるのですか?」


 クロスは貧しい村の生まれだった。各地に現れる魔王の脅威が自分の村にも届き始め、恐れおののく人々を救うためにと、村を出て兵士に志願した。


 それからは戦って、戦って、戦い続けた。魔王を倒すなど遠い話で、ただ人々に危害を及ぼす目の前の魔物を倒すだけの日々だった。


 ただの人間では、どれだけ経験を積んでも魔王を倒すことはできない。誰もがそう悟り、諦めかけていたころに、クロスは魔王配下の将軍クラスの魔物に一人で挑み、致命傷を負った。


 死に瀕していたクロスは、それまでの戦いぶりを見込まれて『円卓』に拾われた。自国の魔物を倒しつくした後、傭兵として渡り歩き、なお魔物を倒し続ける彼に、はるか高み――浮遊城から地上を見ていた者たちが着目したのだった。


「あの時()()()()()はずの俺を拾ってくれたことは感謝してる。俺はあんたたちが世界を救うのを、一番近くで見させてもらっただけだ。だからずっと『七位』のまま……もっと強くはなりたいが、さすがに自分で分かってる。ここが俺の限界なんだって」

「……クロスは『こちら側』には来れないって、そう言ってる?」


 序列三位の椅子に座っている、龍の角を持つ少女が言う。ドラゴニュート――すでに滅亡したとされる種族だが、その生き残りが円卓の一員となっていた。


 彼女の角が、体内の魔力が漏出したものである稲光を放っている。その威圧にも動じず、クロスは表情を変えない。


「俺はどんな修行をしても、みんなには勝てない。七位と六位の間には厚い壁がある……諦めてるわけじゃない、それはただの事実だ」


 座っている五人は何も言わない。第一位を除いてこの場に揃っている最上位者たちが、クロスをそれぞれの表情で見ている。


「……それが理由で浮遊城を離れるのなら、遠慮なく言わせていただきます。逃げるんですか?」

「リフィア、挑発は良くない。揉め事があったら決闘以外で決めるというルールだろう?」

「ディオンは黙っていて。こんな勝手なことを言われて……」

「俺もクロスの考えには賛同しかねるなあ。でも、地上に戻りたいってのも分かる。もともとクロスが戦っていた理由は、生まれた村のためだって話だったよな」


 序列四位の椅子に座っている青年が言う。いつも笑みを絶やさず、話すときに牙のように鋭い歯が覗く――銀色の髪に青白い肌は、夜人種族(ノスフェラト)の特徴である。


「……では、こうしよう。クロスの希望については受け入れる」

「っ……ディオン、本気で言っているんですか?」

「君はこれ以上序列を上げることはできないと言う。円卓入りをしたときには十二位だった君が、七位まで上がっている……それでも魔王がいない今、強くなることに意味を見いだせないというわけだ」

「七位までは早かったが、それからずっと定位置だからな。俺より上の六人……皆は次元が違うよ」

「……そうか。率直に言って残念だ。君が円卓に留まらないのは、僕たちにとっては誤算だった」


 ディオンは座ったまま、クロスに向けて手をかざす――すると、クロスの足元に魔法陣が現れる。


「君は円卓にいる間だけ、種族の限界を超えることができる……円卓に座る者は、契約に従わなければならない」

「待ってくださいディオン、まだクロスには……っ!」


 リフィアが止めるより早く、ディオンは呟くように呪文を唱え、魔法陣を起動させる。円卓の第七席――クロスが座っていた椅子が光に包まれ、同時にクロスの身体が透けていく。


 席を立ったリフィアは、その身体に黒に近い魔力を帯びている。その瞳に宿る感情は、紛れもない憎悪だった。


「……私は、あなたのことを許さない。私にこんな屈辱を与えたあなたを、必ず……っ」


『そんなつもりはなかった。俺がいつまでもここにいるのは、不相応なんだ』


「またそんな言い方を……っ!」


 リフィアは消えていくクロスに向けて言葉をぶつける。ドラゴニュートの少女は言葉だけではなく、両手を向けて魔法を放つ――巨大な光球が放たれ、容赦なく炸裂する。


 クロスの姿はすでにそこにはなく、魔法陣も消えていた。彼は魔法で消滅させられたのではなく、転移したのだと全員が理解していた。


「……私のことを見ていた方がいい。地上でもしクロスに会ったら、冷静ではいられない」


 リフィアとドラゴニュートの少女が転移して姿を消す。残ったのはディオン、そして銀色の髪の青年と、今まで何も言わずに黙っていた、白金の体毛を持つ人狼の少女だった。


「君も行くのかい? エイル」


 人狼の少女はディオンを(かえり)みるが、何か答えることはせず、再び歩き始める――途中でその姿は狼に変わり、転移していく。


「……普通なら記憶がなくなると、力の使い方も忘れるもんだが。あいつは平穏に生きられるのかね」

「力の使い方は、本能に刻み込まれているものだよ。クロスという名前は忘れて、別の名前で呼ばれるだろうけど」

「そういうもんか……ディオン、お前の方は大丈夫か? 『誤算だった』って言ってたが、クロスが円卓を抜けようとしてるのは分かってたろ」

「不老を捨てて地上に降りるなど、そんな選択は愚かだ。そうとしか思えない僕にとっては、やはり誤算でしかないんだよ」


 ディオンの言葉には諦観が込められていた。それを見ていた銀髪の青年は、立ち上がってディオンの傍らに立ち、高い背もたれに寄りかかる。


「俺たちは、あいつに教えてやるべきだったんだ。あいつの存在が、人間の歴史においてどう記されるのかを」

「けれど彼は、それが自分のことであるとは知らない。どこかの誰かの話として受け取るだけさ。今から不老を捨てても、彼は本来あるべき年齢より若くなっているしね」

「……俺は元から『不死者』だから何とも言えないがよ。不老を捨てられる人間なんてこの世にはいないと思ってたぜ。あいつがその一人だったなんてな」


 銀髪の青年――イスカは、宙空に視線を移した。二人は沈黙したまま、音のない時間が流れていく。


「……ディオン、俺はしばらく眠ることにする。ちょっと散歩に出るかもしれねえが、その時は留守を頼むわ」

「揃いも揃って勝手なことを言うね……まあいい。イスカ、おやすみ」


 ディオンの言葉にイスカは軽く応じる――その姿が血のような色ににじみ、空気に溶けるようにして消える。


「……君はずっと思い出さないかもしれないが。彼らはそれで納得はできないようだよ」


 一人残ったディオンは円卓に肘をつき、空白となった七番目の席を見つめていた。

 


※新連載になります!

 次回の更新予定は22時になります。

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