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冒険者の心得  作者: 雪野
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第9話

意見聴取と称した厳しめの尋問を数日受け、ようやく無罪放免となって解放される。証拠もなければ、当の本人が否定するのだから罪も何もありはしない。


 という事にしておこう。


 気持ちを切り替え、朝からギルドを訪ねる。少し遅い時間のため、冒険者の姿はまばら。ただ俺達の引き受ける仕事は普通に残っているので、焦る必要も無い。


「ダンジョンでの素材採取もあるぞ」


「いや。森での薬草採取で」


 俺の手を撥ね除け、薬草採取の張り紙に触れるダークエルフ。余程この前の、どろっとした物が堪えたようだ。


「あんなの、魔物の内にも入らないけどな。刺激しなければ襲ってこないし、死ぬ事もない」


「死ぬより酷い目にあるんだろ」


 それは間違いないと言いそうになるのを堪え、他の依頼にも目を通す。薬草採取も良いが、俺的にはそろそろ魔物討伐に挑みたいところだ。


「羊モドキの退治か」


「なんだそれは」


「一見羊なんだが、かなり凶暴で肉食。人を見つけると、間違い無く襲ってくる。ただ肉は美味いぞ」


「その肉は、食べて良いのか」


 そんな事、考えた事も無かった。とはいえその理屈だと魚も野菜も食べられなくなるので、深く考えないでおこう。


「避ける人もいるよね、羊モドキは」


 笑い気味に声を掛けてくる勇者。その姿に思わず見入り、ダークエルフに脇腹を激しく突かれる。


「変かな?」


「変ではない」


 簡素な鎧と、腰には短剣。背中には背嚢を背負っている。それ自体は、何もおかしくは無い。今の彼女の立場には、多少似つかわしくないが。


「僕も、もう少し冒険に出かけようと思って」


「冒険」


「あくまでも、少し」


 はにかみ気味に笑う勇者。


 それ故のこの格好。かつて俺達が出会った頃の、格好か。


「あ、あの。私達今から依頼を受けるんですけど、良かったら一緒にどうですか」


 息急くように尋ねるダークエルフ。


 勇者は微かに笑い、その頭を軽く撫でた。


「また、今度ね。取りあえず僕は、これを受けてくるよ」


 依頼書を剥がし、受付へ向かう勇者。


 ダークエルフはその背中をしばし見つめ、振り返り様俺の鳩尾に拳を放った。


「馬鹿馬鹿」


「意味が分からん」


 ダークエルフの顔を掴み、力を込めて押し返す。何が叫んでいるが、悲鳴ではないだろう。多分。



 改めて羊モドキ討伐の依頼を受け、良く現れるという近くの草原へと向かう。


「この辺りはウサギや野鳥もいるから、その辺を見つけたらすぐに教えろよ。あー、弓を持ってくれば良かったかな」


「落ち着け」


 冷ややかにたしなめてくるダークエルフ。勇者と一緒に来られなかったのが、余程残念だったようだ。


「奴にも色々立場があるからな。冒険者のまねごとをするだけでも、上は良い顔をしないだろ。だからそこに付いていくのは、何かと面倒の元だ」


 許可を得て、頭を下げ、時間を調整して。それでようやく、冒険者としてわずかな時間を過ごす事が出来る。


 俺には普通に出来ている、だけど彼女にはあまりにも貴重でささやかなわがままだ。


 他の誰にも理解されないかも知れないが、もしかして俺を羨ましいと思っているのだろうか。


「気を抜くな」


 分かったから、鳩尾を突くな。


 息を整え、腰の短剣に手を掛けてふと気付く。


「・・・・・・その剣と交換しろ」


「どうして」


「良いから」


 お互いの短剣を交換し、なんとなく見つめ合う。


 どうして見つめ合ったのかは、俺もよく分からん。


「勇者と組んでた時に使ってた剣だ。大事に扱えよ」


「ああ」


「それと、素手で戦おうと思うな。そういう馬鹿は、俺だけで良い」


 返事無し。


 以前聞いた、勇者への憧れ。


 それがあの勇者そのものなのは、間違いが無い。


 ただその勇者像。どういう人物を思い描いていたかは、ちょっと違う。


 短剣を扱い、素手で立ち回る勇者「達」。


 でもって勇者パーティーに、素手で戦う奴は俺しかいない。


「あ、あの」


 何か言いかけるダークエルフ。


 俺はそれを制し、拳を構えて腰を落とした。


 草むらの影から覗く、縦の瞳。間違い無く、羊モドキだ。


「せっ」


 まずは前蹴りで頭を蹴り飛ばし、肘を落とす。それは真後ろを向いたが、その程度で倒せるなら苦労はしない。


「今だっ」


 俺の合図と共に、短剣を振るダークエルフ。


 それは尖った蹄の付いた前脚を切り落とし、切り返し様に心臓を貫いた。


「メーッ」 


 こればかりは羊っぽい鳴き声で息絶える、羊モドキ。


 牙は生えてるし蹄はこれなので、おおよそ羊には思えないが。



「良くやった」


「と、当然だ」


 多少震え気味だが、勝ち誇った顔をするダークエルフ。練習の成果が現れたというか、とにかく実戦に強いのがこいつの長所だな。


「ひ、ひぃ」


 一転、変な声を出して後ずさり出す。


 何事かと思ったら、寸断した前脚がずるずるとこちらに向かって動き出したからだ。


「学者曰く、生きてる訳では無くて反射で動いてるらしい。ほら、魚とかと同じだ」


「ば、馬鹿。馬鹿馬鹿」


 激しく突かれる鳩尾。


 これなら素手でも、羊モドキくらいは倒せそうな気もする。


 素手で戦うのは俺1人で十分だと思っていたが、案外そうではないかもしれない。


「何がおかしいっ」


 でもって、最後に肘撃ち。



 こいつには、色々教える事がありそうだ。


 いつまでもな。



                     了

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