第7話
走る事しばし、先ほどのパーティーに追いつく。少し距離を置いて岩陰に隠れ、武器を構えてダークエルフを振り返る。
「つまりさっきの貴族連中は、人を襲うのが目的だ。貴族本人はともかく、周りの連中は護衛。それなりに腕も立つだろう。絶対連中とはやり合うな」
「お前はどうする」
「戦うだけが能じゃない」
そう呟き、腰に下げていたランタンを振りかぶって勢いよく投げる。それは天井に当たると、破片となって初心者パーティーの上に降りかかった。
割れた後なのでさほど害はないが、全身が光り輝き周りの気配も濃くなっていく。
「魔物が近付いて来てるが」
「学者曰く、割れた魔石に反応するらしい。理屈は俺もよくは知らん」
パーティー一行はこれで宝探しどころではなく、悲鳴を上げて来た道を引き返していった。この辺の魔物なら襲われても大した事は無く、ギルドに嫌がらせを受けたと報告して終わるだろう。
問題は、この先だ。
「おい、どうなってるっ」
周囲に響き渡る怒号。声の聞こえた方を見ると、先ほどの貴族が怒り心頭といった顔で戻ってきた。おそらく奴の計画だと、今頃は腰に下げた剣を使っていた頃なのだろう。
「どこにもいないではないかっ」
「・・・・・・引き返したようです」
「なんだと? すぐに連れ戻せ」
「しかし、それは」
馬鹿げた話に興味は無く、後は俺達もここから立ち去るだけ。
ダークエルフが飛び出しそうになるのを無理矢理押さえ込み、貴族連中が立ち去るのをじっと待つ。
「随分騒がしいですが、何かありましたか」
不意に聞こえる澄んだ声。
これには俺も思わず立ち上がり、ダークエルフに引っ張り戻される。
声の主は勇者その人で、いるのは彼女1人。何らかの情報を掴み、貴族を尾行していたのかも知れない。
「な、何もない。貴様こそこんな場所に、何の用だ」
「冒険者ですので。ダンジョンに潜るのも仕事の1つです。初心者が危ない目に遭っていないか、たまに見て回っているんですよ」
「冒険者が生きようが死のうが、そんな物は自己責任だ。死ぬ奴は勝手に死なせておけ」
「御説はごもっとも。ただ殺されるとなれば、話は別です。最近、そういう噂をよく耳にしまして」
不穏になる両者の気配。護衛の連中も、腰の剣に手をかけ始める。
「冒険者ごとき、殺されて誰が困る」
「おおよそ国政に携わる方の言葉とは思えませんが」
「聞く者がいなければ、何を言おうと構わん。勇者などと持て囃されているが、所詮は下賎な身の上。そもそもわしと口を聞く事自体、おこがましいわ。・・・・・・的が代わったが、この剣を試すとしよう」
腰に下げていた剣を抜く貴族。相当の魔力が込められているのは間違い無く、素人でも岩を寸断するのはたやすい代物。まして人の体など、造作も無いだろう。
「あなたの腕で、勝てるとでも?」
「人数差を考えろ。それとも、数も数えられんか」
周囲に響く馬鹿笑い。護衛は勇者との距離を詰め、緊張感がピークに達する。
貴族の頭上に振り下ろされる剣。だがそれは、寸での所で防がれる。
「どうして」
そう呟いたのは、短剣を振り下ろしたダークエルフ。
勇者は頼りなげに笑い、ダークエルフに下がるよう促した。
「貴様が誰か知らんが、所詮はこいつはわしらの飼い犬。口でどう言おうと、わしには逆らえんのだ」
再びの馬鹿笑い。
俺はため息を付き、ダークエルフの頭を軽くはたいた。
剣が止められるのは分かっていて、ただ勇者の気持ちも痛いほど分かる。
自分の思うままに生きるのは難しく、立場があればそれはなおさらだ。無法者を前にしても、感情だけで断罪する事は出来はしない。
立場。責任があれば、なおさらに。
それから逃げ出した俺にはない、崇高で尊ばれるべき振る舞い。それを汚す事は、誰にも出はしない。
「一旦全員落ち着け。・・・・・・お前らもだ」
距離を詰めようとしていた護衛の足下にナイフを投げ、動きを止める。そしてすぐに次を構え、改めて足下に投げる振りをする。
今度動けばどうなるか、身をもって教えてやる。
「もっと良く狙え」
こういう馬鹿は放っておくとしてだ。
軽く咳払い。全員の意識を俺に向けさせ、胸元で拳を構える。
「整列して、武器を捨てろ」
護衛は動かず、俺を囲もうとする素振りを見せる。並ぼうとしたのは、さっきナイフを足下へ投げつけてやった奴だけだ。
「貴様、何様のつもりだ。・・・・・・お前の仲間だな。追放された馬鹿と、まだつながりがあったのか」
「整列して武器を捨てろと、俺は言ったぞ」
「わしに命令しようなどと、不敬にも程がある。おい、まずはこいつから殺せ。それも、十分いたぶってからな」
動き出そうとする勇者を目線で制し、一番近い護衛に向かって走る。
まずは顎に肘を一撃、次いで足を薙ぎ払って地面に倒してかかとを振り下ろす。鎧の上からだが、数日眠れない程には怪我を負わせたつもりだ。
背後から襲ってきた奴には喉元に手刀。首を押さえて背負い投げを食らわせ、全体重を乗せる。鎧の口元から赤い何かが噴き出てきたが、死んではいないだろう。多分。
護衛を全員倒し、唯一抵抗しなかった奴に縄で縛らせる。
「・・・・・・強かったんだな」
ダークエルフが、呆然とした顔で俺を見てきた。こいつの俺への評価って、どれだけ低かったんだよ。
「俺は勇者パーティーの一員だったんだ。このくらい、何でも無い」
「ふーん」
妙に平坦な相づち。分かってるのか、本当に。
「まあいい。で、こういう輩は生かしておいて良かった試しが無い。という訳で、冒険者の流儀で処分してやる」
「な、何を。か、金なら」
「金は、お前より持ってるんだよ。地位も名誉も、こっちから捨てたんだ」
改めて剣を構え、上段に振りかぶる。
襲ってきた奴は、誰であろうと敵。冒険者仲間であろうと、貴族であろうとだ。
「わ、わしを殺したら、お前は」
「誰も証言しないし、お前を殺したらむしろ感謝されるんじゃないか。安心しろ、気付いたら死んでるからな」
「や、やめっ」
構わず腕を振り切り、力任せに剣を振り下ろす。今なら鎧ごと真っ二つに出来るだろう。