第4話
街に戻り、ギルドの受付で薬草を渡す。
「この血は」
「魔物が出たから、それを斬り捨てた。これは依頼外だから、報酬は不要だ」
「分かりました」
事務的に手続きを進める受付嬢。俺も魔物から売れそうな物を回収したので、そこはお互い様だ。昔なら襲ってくる前に動けたんだが、やはりなまってるな。
「ではこちらが今回の報酬になります。今日は、いかがでしたか」
受付嬢に話しかけられたダークエルフは笑顔を浮かべ、尊大にのけぞった。
「死にはしなかった。それだけで十分だ」
「良い考え方ですね。では、また明日」
震えるダークエルフの手の平に置かれる数枚の銅貨。
また、明日か。重い言葉だな。
「薬草採取だってよ」
「初心者でもやらないだろ」
どこからか聞こえてくる陰口。それにダークエルフが反応しそうになったのを、手で制する。
「どうして」
「良いから、食事に行くぞ」
酒場の店主に、薬草とは別に採った山菜やキノコを渡す。それと、魔物から回収した素材も少し。
「……食べないよな」
「ここを通じて、他の業者に引き取ってもらうだけだ。俺と取引してくれる業者が殆どいないから」
「食べないよな」
強く念を押すダークエルフ。ネタ振りじゃ無いだろうな、こいつ。
「親父さん。俺はエールで、こいつには果実水。後は適当に頼む」
「さっきの輩を、何故放置する」
どうも血の気が多いというか、直情的。ただ冒険者としてどうなのかは、判断保留だ。
「ギルド内や、ここでの喧嘩は御法度。それとあの程度、俺は気にならん」
勇者一行の頃は日常的に命を狙われていて、それに比べればあの程度の陰口は可愛い物。良い気持ちは勿論しないが。
「勇者になったら、あのくらいでは済まないからな。嫉妬、無闇な賞賛、勝手な期待。とにかくろくでもない」
「ふーん」
よく分からないという顔で果実水を一気飲みするダークエルフ。
身も蓋もない事を言ってしまったと思ったが、こいつにはまだ理解出来ないか。
「偉そうに」
「勇者の影に隠れて、こそこそしてただけだろ」
再び聞こえてくる陰口。声の主はさっきの連中で、ご丁寧にわざわざ俺達の後を追ってきたらしい。
「もう一度言うぞ。ここでの喧嘩は御法度だが、一歩外に出れば話は違う。それに俺は、大して人間が出来ていない」
聞こえよがしに語り、ジョッキをカウンターに叩き付ける。さっきの連中は身を震わせ、すごすごと店を出て行った。
「今から闇討ちするのか」
冗談でも、そういう事を言うな。
翌朝。少し疲れた顔のダークエルフと、ギルドの前で落ち合う。昨日程度なら疲れる程もないと思ったが、魔物との接触が効いたのかも知れない。
「今日も薬草採取だ。ドラゴン退治をしたいのなら、止めないが」
「……薬草採取で」
案外素直だな。昨日の今日で気持ちが改まったとは思えないが、良い傾向だ。
掲示板前が空いた所で依頼を眺めると、薬草採取が普通に残っている。この手の依頼はギルドから出されているので、実質的には無くなる事がない。
「どうしたの?」
笑い気味に声を掛けてくる勇者。俺の復帰が少々面白いようだ。
「俺の事は良いから、ドラゴン退治でも引き受けてくれ」
「これは今度、近衛騎士団と合同でやるつもりだよ」
冗談で言ったつもりだが、普通に答えられた。かくして勇者の名声はさらに轟くという訳か。
「結局ギルドの仕込みか。そんな事だろうとは思ったが」
「僕は反対したんだけどね。勇者と名乗るからには、冒険者の側面も必要だから」
小声で囁く勇者。
俺が勇者一行から追放された理由の一つが、ここにある。
今彼女が担っているのは、他国との軍事的な折衝、宮廷での実務、そしてこの手の分かりやすい、勇者としての立ち振る舞い。
つまりは、勇者という役割を演じているような物だ。
俺は一冒険者として過ごしたかったが、周囲からの期待はそれだけでは済まなかった。そしてこいつはそれに応えるだけの実力があり、勇者としての名は揺るがないものとなった。
俺が思い描く、勇者像。冒険者とは違う意味で。
「ドラゴンを退治するんですか?」
きらきらと目を輝かせるダークエルフ。俺にこういう視線を送った事はないし、今後もなさそうだ。
「僕1人ではなくて、何人かの冒険者と軍人でね。このドラゴンはそれほど質が悪くないから、上手くいけば戦わずに済むかもしれない。ほら、あの時の黒竜とは違って」
「初めは友好的だったけど、気付いたらデザートまで用意してたあいつか。俺は前菜扱いだったが」
「お互い、良く生き延びたね」
「全くだ」
思わず笑い声を上げると、脇腹をげしげし叩かれた。思い出話くらい、いいだろうよ。
「こいつが強くなったら、その内冒険に連れて行ってくれ。ドラゴンじゃなくて、もう少し軽い相手の時に」
「君もそういう気遣いをするんだね」
くすくす笑う勇者。
それに高揚した笑顔で応えるダークエルフ。でもって、俺の脇腹は殴られっぱなしと来た。
昨日と同じ森へ入り、周囲を警戒しつつ薬草を採取する。昨日ああいう事があったため、ダークエルフも警戒気味。あまり無頓着でも困るので、そのまともな感性に安心をする。
「冒険者になった後はどうする」
「どうすると言って、冒険をするに決まってる」
当たり前の事を聞くなという顔。質問の仕方が悪かったか。
「冒険者を続けられる時期は、種族にもよるが限られる。何より体力勝負で、体が駄目になったら終わりだ」
自分で見切れるなら、まだ良い方。魔物に襲われるか、迷宮から戻ってこられないか。とにかく終わる可能性はいくらでもある。
「冒険者を終えた後の人生の方が長いんだ。今の内から、よく考えておけよ」
「夢も何も無いな」
ふふんと鼻で笑われた。何しろこいつは、冒険者稼業にようやく触れたばかり。これもはやり、俺が先走りすぎたか。
「ちなみに俺は金だけは十分にあるから、余生は何の心配も無い」
「それが冒険者の台詞か」
改めて鼻で笑われた。夢に生きていられるのも今の内。という台詞を飲み込み、貴重なキノコをカゴへ入れる。
「おい。キノコばかり入れるな」
冷静に指摘してくるダークエルフ。
ちなみに今日の依頼も薬草採取で、このキノコは対象ではない。どのキノコも、対象ではないが。
「これは美味しいから良いんだよ」
「だからといって」
「もう1つ。売れば、依頼の報酬よりも高値が付く場合がある」
「・・・・・・ほどほどにしておけよ」
どうにかお目こぼしを得る事が出来た。これでは、どちらがベテランか分かった物では無いな。
昼になったので野営の準備をしようとしたら、ダークエルフはカゴを担いで歩き出した。
「おい」
「依頼分の薬草は集まった。鑑定に行く」
「真面目な奴め。ただ、その姿勢は悪くないぞ」
仕方ないので俺もカゴを担ぎ、その後に続く。今日は魔物が襲ってくる様子もなく、時々ウサギや野鳥を見かけるくらいだ。
「初めは、ああいうのを狩るのも良い。魔物よりは簡単だし、何より襲ってこない」
「報酬は出ないだろ」
「食べられるぞ」
「お前、そればかりだな」
そう言われると、俺も返す言葉がない。
ギルドの受付で薬草を渡し、わずかな報酬を得る。俺も一応取り分として、1/10程度をその中から受け取る。エール一杯分にもならないな、これは。
「ダンジョンに潜るのは、どの程度危険なんだ」
「浅い階層なら、正直森と変わらん。とはいえ薄暗いし、じめじめしてるし、何より出る」
「何が」
「冒険者狩りさ」
ダークエルフの耳元に顔を寄せ、小声でささやく。こんな事は公然の秘密だが、ギルド内で公言する事でも無い。
何か言おうとする彼女を手で制し、こちらの様子を窺っているギルド職員に愛想良く笑って外に出る。
「ささやかだが報酬も出た事だし、飯でも食べに行くか」
「それは良いが、お前はいつもそういう話をするな」
「飯の話か?」
「人が人を襲うという話だ」
確かに、それもそうだ。で、立ち話で済ます事でも無い。