第2話
ダークエルフと冒険者ギルドへ舞い戻り、笑顔で受付嬢に声を掛ける。
「今から言う書類と全部揃えて、後はさっき売った装備品を返して欲しい。装備品は全部でなくても構わない」
「あ、あの」
「今日から冒険者に復帰する。な」
「痛い痛い痛い」
顔を掴んで引きずってきたダークエルフは俺の腕を叩きっぱなし。まあ、これはさすがにやりすぎか。
という訳で手を離し、慌ただしくなった受付の前でダークエルフを正面から見据える。
「喜べ。これから、一緒に依頼を受けてやる。嫌と言っても、逃がさんからな」
「望むところだっ」
鳩尾にぶち当たる正拳。こいつの職業、修行僧だったかな。
「す、済みません。書類は一通り揃いましたが、装備は手続きに時間が掛かるため一部の返却になります」
「ありがとう」
戻ってきた装備品は、防具といくつかの装飾品。高性能だが使いこなすにはそれなりの技量が必要で、この暴れ牛みたいな女にはまだ早い。
「この金で、装備品を揃えてこい」
「礼は言わないからな」
ここまで来ると本当に笑うしか無く、俺は前世でこいつに何かしたんだろうか。
ちなみに俺が渡した金は、駆け出しの冒険者ならパーティ分が賄えるだけの額。これの使い方によって、多少なりともこいつの適正は読み取れる。
「……随分、変わった相棒だね」
不意に声を掛けてきたのは、爽やかなオーラを全身から発する戦士。勇者と呼ばれる存在で、つまりは俺の元仲間だ。
「色々あったけど、大丈夫?」
「俺は何も問題無い。むしろ酒でも飲みたいくらいの気分だ」
そう答えた途端、俺と勇者の間に割り込んでくるダークエルフ。
「は、初めまして。わ、私あなたの事をずっと応援してまして。ほ、本当にすごいと思ってて」
声も表情も態度も。俺と接する時とは何もかもが真逆。とはいえ相手は勇者なので、こればかりは仕方ない。
「お、同じ女性で、すごい人がいると思って、ずっと尊敬してました」
そう。勇者も女性のダークエルフで、正直この街でもこの国でも珍しい種族。
駆け出しの頃は差別的な扱いも受け、それを考えるとまさに隔世の感がある。
勇者は暴れ牛みたいな女の肩に軽く触れ、俺へ視線を向けた。
「世間では色々言われているけれど、彼の言う事を聞いていれば間違い無いよ」
「え?」
「道は違えても、僕達が旅した日々が無くなる事はない。だよね」
そうだなとは答えず、視線を逸らす。俺から言える事は何も無く、何の意味も持ちはしない。
「悪いけどちょっと立て込んでてね。またいずれ」
「は、はい。頑張って下さいっ」
「君もね」
爽やかな笑顔と共に去って行く勇者。のぼせたような笑顔で彼女を見送ったダークエルフは、一転俺を殺しかねないような目付きで睨んできた。
「睨むな。それと買い物に行ってこい。俺はさっきの酒場で待ってるからな」
「勝ったと思うなよ」
いつから勝負になったんだよ、おい。
さすがに酒を頼み、それを一気にあおる。
つまみとして出されたのは得体の知れないキノコで、これは本当に食用か?
「買ってきたぞ」
意気揚々と戻ってくるダークエルフ。キノコは彼女に譲るとして、まずは身につけている装備品を確認する。
資料だと職業は斥候になっていて、防具品は軽装備。腰に下がっている武器も短剣で、無難な範囲に収まっている。
もしかして甲冑を着込んで、両手剣でも担いでくるかと思ったが。
「残った分は返さないからな」
「好きに使え。お前みたいな初心者が1番危ないのは、金が無くて出来もしない仕事をする事だ」
店主が甘すぎないかという目付きで見てくるが、俺も見ず知らずの冒険者ならここまで関わりはしない。ただ出会い方はともかく会話も交わして、人となりもなんとなくは理解した今ではそうむげにも出来ない。
肝心の人となりはともかくとしてだ。
「明日、日が出たらにギルドの前へ集合だ。遅れたら置いていく」
「望むところだ」
「そのキノコを食べて、後は欲しい物を注文しろ。金は払っておく」
カウンターに金貨を置き、店主によろしくと頼む。勇者と組んでいた時代の蓄えは正直使い切れない程あり、この女がどんな奴であれ食べる物には不自由しないようにしてやりたい。
「このキノコ、美味しいな。親父さん、天才じゃないのか」
こいつ、俺を騙してないだろうな。
翌朝。さすがに俺が遅刻する訳にも行かず、日の出と共に宿を出る。ここからギルドはほど近く、慌てる必要は今のところ無い。
ギルドの前に着くと、ダークエルフが仁王立ちで俺を待ち構えていた。昨日から徹夜してましたという雰囲気ではなさそうで、そのくらいの理性はあるらしい。
「まだ開いてないぞ」
「当たり前だ。ゴミを拾って、一カ所にまとめろ」
「何故」
「理由なんて無い」
陰徳を積むとか、善意は結果を伴い返ってくるとかそういうつもりは別に無い。ただ日頃世話になっている場所から掃除をするし、綺麗に使う。その程度の感覚だ。
ダークエルフは文句を言わず、案外素直に掃除を始めた。俺への攻撃性はともかく、意外とまともな性格なのかも知れない。
「言い出した自分が、手を動かせ」
こいつを雑巾代わりにしても、今は絶対後悔しない。
やがて冒険者が少しずつ集まり始め、ギルドの扉も開かれる。
「何故入らない」
「初心者向けの依頼は、最後まで残る。それと慌てて選ぶと、自分に合わない依頼の場合もある。とにかく落ち着いて行動するのが基本だ」
「年寄りみたいだな」
それは聞き流し、ある程度冒険者が捌けた所で中に入る。
掲示板の前に残っている冒険者もまばらで、残っている依頼は初心者向けか高難度の物ばかり。後はこの中から、ゆっくりと選べば良い。
「ドラゴン退治とある」
「こんなのは、軍か勇者に任せておけ」
「だったら何故貼ってある」
「曲がりなりにも冒険者ギルドらからな。誰も手は出せないが、いかにも冒険者らしい依頼書はいつも貼ってある。言うなれば、ギルドの見栄だ」
説明していると受付の方から刺すような視線が飛んできた。案外聞こえる物だな。
「昨日言ったように、無難なのは薬草採取。初心者は戦闘よりも、地道な依頼を選ぶべきだ」
「報酬が安すぎないか」
「パンパンパン。1ヶ月毎日パンでも、水さえ飲んでれば死にはしない」
「はは。冗談ばかり言うな、お前は」
大笑いして、俺が指示した薬草採取の依頼書を剥がすダークエルフ。
知らぬが仏とはよく言った物だ。