第1話
冒険者には肩書きや二つ名があり、最も有名なのは勇者や賢者。自称も多いが、この時代には本物の勇者が存在する。
冒険者ギルドへ顔を出した途端、あちこちから侮蔑の視線が向けられる。理由は簡単で、俺は勇者の元仲間だから。
より正確に言えば勇者一行を追放された、ろくでなし。それが俺の肩書きだ。
さすがに面と向かって罵声を浴びせては来ないが、眺めるとはなしに依頼書が貼られた掲示板の前で時間を潰す。
追放されたその時から冒険者としての仕事はしていないが、契約や手続きの関係で時折ギルドに顔を出す必要がある。結果冷ややかな空気の中、こうして呼び出されるのを待つしか無い。
「おりゃっ」
威勢の良い叫び声と、背中に鈍痛。何かと思ったらダークエルフの若い女が、俺の背中に殴りかかっていた。
発達したプロポーションと、端正だが幼さを残す顔立ち。若いというのは良いなと思いつつ、軽く身をかわして二撃目を避ける。
防具は着けていないが、ついこの間までは俺も冒険者。それも一応は勇者と肩を並べていた冒険者で、殴られたくらいなら痛痒にも感じない。
というか誰なんだ、こいつ。
当然の事ながらギルドの警備員に取り押さえられ、変な女はそのまま連れ去られていく。
今の行動で俺が激高するとでも思ったのか、ギルドの幹部が手もみしながら近付いてきた。
「済みません、お怪我はございませんか」
「俺は全然。今の女、誰」
「最近加盟した冒険者で、勇者様に憧れているようです」
「なるほど。それで追放された俺を逆恨みか」
逆恨みという表現は違うような気もするが、それ以外に適切な言葉が思い浮かばない。
「俺は気にしないから、すぐに釈放してやって。俺も手続きが済んだら帰るから」
「では、こちらに」
混み合っている受付を通過し、扉を通ってギルドの事務室へ通される。昔なら貴賓室に通されていたのだが、今の俺はギルドに資格があるだけの単なる冒険者。この扱いは当然だ。
提示された数枚の書類にサインを書き込み、いくつかの装備品を返して代わりに金を受け取る。
装備品は冒険者時代に見つけた希少価値のある代物で、勇者一行の特権として所有を認められてい物ばかり。今の俺には無用の長物でしかなく、それを高値で引き取ってもらった訳だ。
「冒険者として続けるつもりはないのですか」
「金もあるし、今更俺と組みたい奴もいないだろ。街外れに家でも買って、畑でも耕すさ」
この間までは冒険が終われば、また冒険。借りていた家も物置代わりみたいな物で、そこも追い出された格好。
この街には多少なりとも愛着があるのでまだ離れるつもりは無いが、出来るだけ人と接触しないように過ごしたい。
「籍は残しておきますので、気が変わりましたらいつでもどうぞ」
「ありがとう。俺よりもさっきの変な女。あのくらい血の気の多い方が、将来有望じゃないのかな」
適当な事を良い、ギルドを後にする。
まだ日は高く、以前だったらダンジョンに潜っていたか魔王の軍勢と戦っている頃。そんな事とはもう無縁になったと考えつつ、冒険者ギルドから程近い馴染みの酒場に入る。
場所柄揉め事は厳禁で、また勇者だろうと駆け出しだろうと平等に扱われる。俺のような、鼻つまみ者もだ。
昼前だが冒険者は仕事に出かけた後で、店内の客は数えるほど。冒険者以外には立ち入りづらい店なので、夜にでもならない限りこれが当たり前の光景だ。
俺は半ば定位置となっているカウンターの端に座り、果実水を頼んだ。
酒は」
すぐに手を振り、軽く伸びをする。そこまで自堕落な生活は、まだ気分が付いていかない。
「勇者の……」
「……あの雑魚」
この店で揉め事は厳禁だが、陰口を叩くくらいは許容範囲。俺もそれを受け流すし、店主も注意はしない。嫌なら俺が店を出れば済む話だ。
「おりゃーっ」
さっきと似たような声。背中に鈍痛が走る前に振り向き、前蹴りを受け止める。
「大丈夫、知り合いだ」
肉切り包丁を取り出した店主にそう答え、この場を凌ぐ。というかそれで何をしようとしたんだよ。
「ちょっと落ち着け。この変な女にも、果実水を」
「ケーキも」
こいつ、1度じっくり話が必要だな。
放っておくと何をしでかすか分からず、ここは一応態度で示す。具体的には腰に下げていた鉈を抜いて、カウンターに置く。
「質問が幾つかある。何故俺を狙う」
「勇者に仇なす輩は、私が許さない」
「次の質問。俺を襲って、勇者は喜ぶと思うか」
「無論だ」
なんとも澄み切った表情で言い切りやがった。いっそ、衛兵にでも引き渡してやろうかな。
「冒険者らしいが、俺を襲ってる暇はあるのか」
「仲間が集まらないし、1人で出来る仕事は限られている」
カウンターに置かれたケーキを頬張りながら答えるダークエルフ。
言動からして、年齢はおそらく人間のそれと大差ないはず。若さ故の衝動なのかも知れないが、だからといって笑って済ませられる話でも無い。
何より俺自身、年齢だけならこいつとそれほど離れてもいないだろう。
「俺を襲っても勇者は喜ばないし、そもそもお前では勝てない。何でも良いから経験を積んで、腕を上げろ。冒険者だろ」
「薬草を採れと?」
突然高笑いするダークエルフ。そこまで面白くも無いと思うが、こいつにとっては違うらしい。
「薬草を採る事で森での過ごし方、危険予知が可能になる。場合によっては魔物も出るし、それを倒せば実績につながる。誰でも出来る仕事なら、その辺のおっさんが森を徘徊してる事になる」
「だからって」
「大体ダークエルフなら、薬草採取なんて簡単だろ。それなら今でも依頼が残ってるから、今すぐギルドへ戻れ」
助言をする柄でもないし、この女はむしろ敵と言っても良いくらい。ただ厄介払いにはなるだろう。
店主の一睨みもあり、ようやく立ち去るダークエルフ。やっぱり酒を飲んだ方が良いのかな。
「ワインか、エール。それと、何かつまみを……」
「どりゃーっ」
声がする前に反応し、突き進んできた拳を受け止める。というか、叫ぶなよ。
「俺から話はもう無いぞ」
「保証人が必要と言われた」
ギルドで一暴れ。そこが経営する酒場でも一暴れ。後ろに手が回らなかっただけ、まだましだ。
「という事らしい。親父さん、一筆書いてやってくれ」
「現役の、等級が高い冒険者の保証人が必要と言われた」
わざとらしく肩をすくめる店主。このおっさんは「元」冒険者で、今の条件には当てはまらない。
「夕方までギルドの前で待ってろ。それこそ勇者様なら、喜んで保証人になってくれる」
「鈍いな、お前。良いから、早く来い」
久しぶりにこみ上げる笑い。こんな気分になったのは、一体いつ以来だろうか。