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第3話 死を呼ぶ死神

 1号迷宮は、日本で、そして世界で最初に発見されたダンジョン、迷宮である。

 多くの世界中の迷宮は極めて広大で、極めて地下深くに位置している。1号迷宮もこの例にもれず、移動性と利便性と作業性の必要から、危険性に目を瞑り、迷宮を自らの住処とする人々が多数いた。


 1号迷宮の人口は、現在約3,000人。そのうち約2,000人がいわゆる採掘者(国家資格取得者)である。彼らは迷宮内において、鉱石(資源)を直接、採掘する人々である。

 その他に、運搬人と呼ばれる人々が約800人ほどいる。

 運搬人は、その名のとおり採掘された鉱石や屑を運ぶこともあるが、主な仕事は迷宮内のモンスター、別名ねずみ=マウスの処理である。

 マウスは、採掘作業に伴って知らず知らずのうちに採掘者たちに近付く。また、わずかな光を求めて都市や建物内に入り込む。光さえ当てなければ、石ころも同然のマウスだが、うっかり強い光を当ててしまったならば、直ちに致命的な存在へと変貌する。

 だから運搬人たちは、採掘作業場の周りで待機し、音もなく近付くマウスを採掘者から遠ざけ、都市や建物内に入り込んだ”石ころ”を、暗い谷底に手早く投棄する。

 運搬人は、採掘業での労働災害防止に極めて重要な役割を果たしている。その一方で、採掘業での死傷病率が最も高い業種も、やはり彼ら運搬人である。

 採掘業における死亡事故の第一の死因は、マウスケーブルの取り付きによる窒息死で、実に死亡事故全体の80%を占める。第二の死因は、マウスや鉱石運搬時の高所からの転落死で15%、その他の死因として、採掘機械への巻き込まれ、感電、そして自殺などとなっている。

 この1号迷宮においては、平均で年間約20名に上る死亡事故が発生しているが、被災者の実に9割が運搬人である。

 1号迷宮には採掘者と運搬人のほか、各業種の技師、重機等のオペレーター、雑役人などが少数いる。そして医師はおらず、看護師が1名いる。なお、世界的に見て他に例がないとのことだが、1号迷宮には採掘会社社員が1名、居住している。

 そして当然、これも世界初ということになるが、最近になって採掘会社社員が2名に増加したということである。

 

 以上が、本郷課長から私が受けた説明である。最後の説明にあった、2名目の採掘会社社員とは、つまりそれが私、MS社出向社員の鈴木一郎(41歳、自称:勇者)である。


***********************************


 ダンジョンの作業員たちは、組合という制度の下で働いていた。組合、というのは通称で、迷宮開発推進法における正式名称は迷宮採掘共同作業体らしい。まあ、名称などどうでもいいと言えば、そうかも知れないのだが。


 1号迷宮には現在、5つの企業組合と2つのベンチャー組合およびいくつかの個人組合が組織されているということだった。

 最大の企業組合は、昨日、最後に換金に来たモヒカンヘアーの河本氏が代表をつとめる「河本組」で、構成員は末端まで含め、何と900名という大所帯だ。河本組の母体だが、迷宮採掘企業ではなく、よその炭鉱会社ということだ。

 次に大きい組合は550名を擁する「三木組」で、以下いくつか企業組合が続く。

 ベンチャー組合は「ツインスター」と「採掘工房」の2団体で、こちらは代表者名でなく会社名をそのまま組合名に使っているとのこと。また、ベンチャー組合には、少しだけ税制上の優遇措置があるそうだが、その代わり採掘量にも制限があるそうだ。

 個人組合は、民間会社などを母体とする企業組合や、ベンチャー企業を母体とするベンチャー組合と違い、何人かの個人が共同で作業を行うゆるやかな組織体で、法人格は有しないが、ダンジョン内に限っては組合組織として認められているという。

 その他に、団体・組織としてではなく、一個人として迷宮に来ている者が200名ほどいるという。流しの採掘者やよその迷宮であぶれた運搬人など、ということだった。


 本郷課長から、各業種の視察を命じられた。各組合や団体に話は通してあるので、3日ほどかけて視察せよ、ということだった。


***********************************


□ 鈴木レポート 視察1:採掘者


 昨夜は、10室ほどからなるMS社社宅の1室で夜を明かした。本郷課長が毛布とグリーンライトを貸してくれたので、適当な空き部屋の床でごろ寝した。当たり前のような気もするが、この社宅には本郷課長しか入居していないそうだ。緊張であまり寝られず、朝5時に目が覚めた。

 7時頃、社宅を徒歩で出発し、”石”がゴロゴロして歩きにくい、薄暗い下り坂を1時間強、下りた。

「これ、帰りはずっと登り坂ってことだよな」

 1号迷宮での採掘時間は、午前9時から午後5時まで、と厳しく定められているとのことだ。

 下り坂を進むにつれ、ちらほらと人の姿を見かけるようになった。誰も皆、簡素な作業服に身を包み、例のグリーンライトを持っていた。

 さらに進むと、忙しく動き回る人たちや、何かの作業準備をあわただしくしている人たちが増えてきた。

 そしてどうやら、ダンジョンの一番奥にたどり着いたらしい。

 1号迷宮には3,000人が暮らしているということだったが、なるほど、あたりは人で一杯だ。大声を出している人はいないようだったが、全体的にざわざわと会話が聞こえてきた。

 ライトを手に持たずに腰にぶら下げ、代わりに掘削用具を手に持っている一団があちらこちらにいた。おそらく彼らが掘削者だろう。掘削者は10人ほどのグループでまとまっていて、掘削準備をしているらしい。

 採掘者の一団に近付き、河本氏の居場所をたずねたところ、200mほど入口方向に戻れということだった。採掘場所の一番奥まで来てしまっていたらしい。言われたとおり、200mほど坂を上る。普段の運動不足がたたって、息も絶え絶えになってしまった。河本氏を見つけた。ダンジョンの図面か、地図か何かを見ているようだ。

「(ヒイヒイ)MS社の、鈴木です。本日はよろしく、お願いします(ゼエゼエ)」

「…現場監督の河本だ、よろしくな。ところであんた大丈夫か、今にも倒れそうだが」

「だ、大丈夫です(フウフウ)」

「それであんた、採掘の経験は?」

「すみません、昨日から初めてダンジョンに来ましたので」

「そうだろうとは思っていたがね。まあいい、それじゃあ、9時の回は見学しておいてくれ」

「9時の回、ですか。それはどういう」

「ああ。採掘ってのはな、1時間単位のバッチ作業の繰り返しってことだ。しばらく見てれば分かるだろうよ。よし、よさそうだな。9時の回、準備はじめー!」

 河本氏の掛け声で、周囲の作業員が一斉に動き出した。

 採掘者は、10名が横一列に整列した。いたるところに採掘者の列ができていた。

 次に運搬人たちが、熊手のような道具を使って、採掘者の周囲のマウスを全部、遠くまで撤去した。なるほど、鉱石を掘るのにマウスどもは邪魔だからね。しかし、あんな薄暗い中で、よく地面が見えるものだと感心した。

 10分ほど経過しただろうか、河本氏の助手らしい、スキンヘッドのお兄さん(後日、井上氏と紹介された)が報告する。

「河本さん、全部の隊、片付け完了っす」

「並べ方! はじめー!」

 河本氏が再び号令をかけた。並べる? 何を?

 運搬人が先ほどの熊手を器用に使って、マウスを1体ずつ、採掘者の前に置いて行った。向きに気を付けろ、とか、間隔広げろとか、細かな指示が飛んでいた。

 私は、頭に浮かんだひとつの疑問を河本氏にたずねた。

「あのー、河本さん。もしかして、マウスを使って採掘するんですか」

「今、立て込んでるから話は後だ。黙って見ててくれ」

 各地点から次々と連絡員がやってきて、また戻って行った。

「全部の隊、並べ終わりです」

 河本氏の表情が引き締まった。タイマーか、ストップウォッチのようなものを片手に号令をかけた。

「採掘はじめー!」

 突如、ダンジョンが明るくなった。光の色は金。そう、採掘者全員が皆一斉に、マウスを叩き始めたのだった。


 私の予想はまちがっていないようだった。

 ダンジョンでの採掘とは、鉱石を掘るのではない。

 マウスの破壊こそが、採掘なのだ。マウスの内部には、有用な鉱石が蓄えられているのだろう。

「おっとこの状況は。予想していなかった事態になった」

 おそらく今回、私がこの世界に召喚されたのは、勇者召喚の一種だろう。

 ダンジョン攻略だというので(正確には、誰もそうは言っていなかったかも知れないが)、モンスターやダンジョンボスを倒して、いつものように世界の平和的なものを回復するのだろうと思っていた。

 ところが今回は、私の任務はモンスター討伐ではなかった。

 彼ら採掘者たちには護衛すら不要だ、自分でモンスターを倒せるし、現に大量に倒しているわけで。

 まあいい、社会見学の一環だと思って、勇者の話はひとまず忘れよう。


 さて。しかし、これは。かなり目には悪いのではと思われた。マウスが放つ防御閃光は一瞬だが、数百の閃光が断続的に生じるので、ストロボフラッシュ連続撮影、みたいな状況になっていた。たまたま目をそらしたとき、遠くの上の方の数か所でも、小さく金色のフラッシュが焚かれているのが見えた。ほかの組合の作業場なのだろう。


 見ていて思ったのだが、これは、採掘者と運搬人の連携が非常に重要だ。

 これだけ多量の光を出しているのだから、叩いているマウスも、周囲のマウスも、危険なまでに活性化している可能性がある。しかし採掘者たちは、マウスを破壊するため、強力な打撃を与え続ける必要がある。それは同時に、自分たちの危険性をさらに高めてしまう行為でもある。

 ケーブルに絡まれないように距離をとっているとはいえ、十分なエネルギーを蓄えたマウス(見た目では全く区別ができない)が、突然、襲ってくる可能性は常にあるのだ。そして、採掘の光に集まるように、周囲の暗闇の中から、だるまさんが転んだよろしく大量のマウスがにじり寄って来る光景は、さながらホラー映画のようだ。

 そこで運搬人の出番となる。運搬人たちは、周囲のマウスにどれほどの光が蓄積したかを見極めながら、手早く危険を排除する。発光源、つまり採掘者たちに近付くマウスが視界に入るやいなや、熊手を使ってテキパキとそれらを闇に追い返し、遠避けていた。また、仮に一体のマウスに異常増殖が発現しても、ケーブルに絡まれないように注意して、2つに増えた”石”を、暗い谷底に投棄すればいいということだ。ただし、増殖直後だとしても、マウスの活性は高い。

 マウスの攻撃を最も受ける可能性があるのも、また彼ら、運搬人たちだ。

 運搬人の人数はどうだろうか。この河本組では、採掘者の半分強といったところか。採掘者500、運搬人300とみた。確か、河本組は構成員900名だったはずだから、残り約100名は事務員…は必要なさそうだが、まあ、採掘者や運搬人のサポートをする人たちといったところか。


「20分経過! あと10分!」

 河本氏の号令が飛んだ。相変わらず、周囲はストロボフラッシュ状態だった。

「25分経過! あと5分!」

 心なしか、フラッシュの間隔が疎らになった。

「採掘やめー! 各班、マウスを回収しろー! 回収が終わった班から休憩!」

 周囲から、一斉に安堵の声が上がった。河本氏が部下に指示を出した。

「橋田、いつもの調達を頼む。今日はこの鈴木さんも連れて行ってくれ」

 河本氏が、橋田と呼ばれたパンチパーマ青年に1Gを渡した。

「河本さんすんません。さっきの採掘でつるはしの在庫が半分切ったそうです。それと昨日、医療キットがなくなりそうだって連絡があって」

「分かった、それも調達頼む」

 河本氏から橋田氏に、さらに2Gが手渡された。

「鈴木さんよ、採掘がどんなものかは分かってもらえたと思うが、どうだ」

「はい、概ね理解しました」

「そりゃよかった。それでだな、いつもなら午前中この後、11時の回というのがあるんだが、つるはしが足りなくなったんで、午前中はこれで終わりだ。これから橋田がつるはしやら何やらの調達に行くんだが、ぜひ一緒に行ってくれないか。社員のあんたが一緒なら、やつらも無茶はしないだろうからな」

「無茶ですか。無茶とは」

「いや、俺の口からは何とも言えん、勘弁してくれ」

「はい、わかりました。それと質問なのですが、9時の回の次に、10時の回というのはないのでしょうか」

「10時の回? それはないよ。メシの時間だからな」

「メシなんですね、わかりました。では、橋田さんに同行します」

「ああ、頼む。それと、お、来たな」

 河本氏のところに、無力化(破壊)された一体のマウスが届けられた。見本だという。

 マウスの内部中央に何か金色に光る物が鎮座していた。純金だという。重量はきっかり1gだそうだ。

 記念に持っていくかと聞かれたので、午後に自分でやってみたいので不要と断ったところ、河本氏に微妙な表情をされてしまった、選択肢をまちがえただろうか。

 話をごまかすため、他の部分も何かの用途に使うのかと聞いたところ、外側は平らに伸ばして金属板、ケーブルは電線類、グリーンライトの発光剤も取れると、ほとんど捨てるところはないそうだ。

 まさに天然資源だな。


***********************************


□ 鈴木レポート 視察2:運搬人


 橋田氏は10名ほどの運搬人を選抜した。彼らとともに、ダンジョンの入口近くにあるというMS社の小売店に向かうこととなった。

 それはいいのだが、ちょっと待ってほしい。1時間強かかって降りた下り坂を、逆に登っていくのにどれくらいの時間、というか、体力が必要になるだろうか。不安しかないのだが。期待どおり、というか、予想を裏切らず、私は30分でダウンした。すみませんこの登り坂、垂直の壁にしか見えないのですが。

 地面に手をついて肩で息をした。まさに、orzの体勢である。汗だくで頭痛もする。おそらく脱水気味だ。一方の橋田氏と10名の運搬人たちは息一つ切らしてはいない。平地を歩くのに何か問題が?みたいな表情で私を見ている。橋田氏が声をかけてきた。

「鈴木さ~ん、大丈夫っすか?」

 返事は返せなかった。橋田氏の方を見上げ、苦笑いを返すのがやっとだった。

「それじゃあ、ちょっと休憩にしますね。今日はもう午前中の採掘ないんで、時間は大丈夫っすから」

 運搬人たちが、周囲のマウスをテキパキと遠ざけだした。マウスが存在しない一帯を作り出し、みなそこに座るようだった。いやはや、私のために大変申し訳ない。

「鈴木さん、水っす。遠慮なくどぞ」

「ありがたい、いただきます」

 その後、少し体力を回復した私と、体力に何ら問題のない橋田氏と運搬人一行は、商店エリアに戻ってきた。

「食料セット、お願いしま~す」

 橋田氏が、食料販売員に1Gを渡した。

「なんだ今日は遅かったな河本組。1,000セットだ。持って行け」

「へへっ、どうもどうも。今日はね、こちらの鈴木さんがうちの組に視察に来られてましてね」

 販売員は、へろへろになっている私を一瞥して、ども、とだけ言った。この人からは昨晩、本郷課長と一緒に食料セットを1セットもらった、社員なので無料で。誰ちゃんだったかな、名前は確か聞いたはずだが忘れてしまった。なので、私も、あーどうも、とだけ返事しておいた。

 河本組が購入した1,000セットの食料は、一旦、100セットずつパッケージしなおされた。10人の運搬人が分担して運ぶようだった。橋田氏から指示が出される。

「800は採掘場に。200は組の倉庫、ついでに二人は、その後倉庫の掃除(マウスの除去)を。くれぐれも気をつけて。その後は今日はもう上ってくれ」

 運搬人たちは、風のように去って行った。次に橋田氏と私は、採掘用品店に向かった。


「つるはし、お願いしま~す」

 初めて見るMS社員だった。橋田氏が1Gを支払った。

「河本組か。そっちは?」

 自分から名乗ったほうがよさそうだ。

「昨日から調達課配属になりました、出向社員の鈴木一郎です。どうぞよろしく」

「ああ、君が鈴木君ね。話は聞いている。営業課の川崎という。よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「で、河本組は、いつもどおりでいいのか」

「はい、そうしてもらえると」

 川崎社員は、まだ何か言いたそうにしていたが、本郷課長に連絡しておく、とだけ言って、店の奥に引っ込んだ。

「鈴木さん、お疲れかもですが、次の店、いいっすか」

「もちろんですとも、行きましょう」


 雑貨店に到着した。

「医療キット、お願いしま~っす」

 橋田氏が1Gを支払った。このMS社員(店員)に会うのも初めてだった。50代後半の小柄な男で丸メガネをかけていた。なぜか、男がこちらを見ている。おや?

 私の人物鑑定眼は、あまり当てにならないことで一部で有名だが、この男は少なくとも善人でないと確信した。目は心の窓というが、明らかに正常ではなかった。この目に比べれば、殺人鬼の方が美しく澄んだ目とすら言える。この目は、過去にどこかで見たことがあるはずだ、さて、どこでだったか。

「河本組だな。そっちは、本部から通達があった鈴木社員か? なぜ一緒にいる?」

「あ、どうも。昨日から調達課に配属となりました、出向社員の鈴木一郎です。よろしくどうぞ」

「大林だ。で、何故、河本組と一緒なんだ?」

「えっとですね、本郷課長から、今日は採掘者の視察をせよ、という指示がありまして」

「視察ねえ。そんな権限を調達課が持っていたとは、知らなかったがね」

「え? 権限なかったでしょうか、それはまずいですね。ちょっと、本郷課長に聞いてきます」

「おい待て、お前はそんなことも知らんでここに来たのか。調達課は採掘事業部の筆頭課なんだから、視察権限を持ってて当然だろうが」

「そうだったんですね、教えていただきありがとうございます。ちょっと焦りました(笑)」

「で、鈴木社員、西川専務には挨拶したのか?」

 西川専務という語が出た時、橋田氏の表情がほんの一瞬だけ、強張った。

「あ、えっとですね。私、管理職召喚ていうやつで昨日、こちらに来たんですが、その時に東川社長と園辺人事課長には挨拶しました。西川専務とはお話できてなかったです」

「東川じゃない、東山社長だ。社員ならそんな基本をまちがえるな! それから、西川専務を怒らせるなよ。ここではおとなしくしておけ」

「はい、がんばって、わが社の採掘量増産に貢献したいと思います」

「………もういい、視察とやらを続けてくれ、鈴木社員」


***********************************


□ 鈴木レポート 視察3:その他業種の従業者


 橋田氏が、先ほど倉庫に向かった運搬人二人が心配なので、少し倉庫に寄ってもいいかと言うので、よいですとも、と返事をした。


 倉庫に向かう途中、先ほどの目つきの悪い店員(MS社員、名前は…忘れてしまった)のことが気になっていたのだが、やっと思い出した。

 あの目は、権力の陰に隠れて悪事を働き、そのくせ自己の保身には誰よりも熱心に取り組む、臆病者の目だったと思いだした。こんなことを言ったらネズミに失礼だが、ネズミのような人間と、自分の中では分類していたかと思う。さて彼らに対して、いままでどういう対応をしてきただろうか、長い勇者稼業の中で。はっきりと思い出せない。ということは、大した対応をすることなく、解決できていたということだろうか。

 あ、思い出した。

 彼らは、こちらが何もしなくとも、勝手に自滅するのだった。しかも比較的短期に、まるで寿命の短いネズミのように。

 よし決まった、丸メガネの彼は、放置しよう。


 河本組は倉庫を3つも所有しているそうだが、第一倉庫と書かれた建物に到着した。厳重な扉を開け、薄暗く広い倉庫に入ると、先ほどの運搬人2名がいた。倉庫というから、荷物やら資材でギッシリかと思っていたのだが、体育館くらいの広さに、段ボールで20箱分くらいの物品が置かれているだけだった。

「ネズミ(マウス)はどうだ?」

「残念ですが、一匹入られてました。谷底に投棄済です。たぶん、あそこです」

 運搬人の一人が指したのは、倉庫の壁の一画で、地表付近の高さに穴があけられているようだった。

「ははあ、なるほど。これが”絶対的な突進”であけられた穴という訳ですね」

「…ええ…そっすね」

 突然、橋田氏が笑い出した。これには私も運搬人の二人も驚いた。何事が起きたのだろうか。

「あー、すんません(笑)、ふう。よし、じゃあ、二人は今日はもう上がって、あ、ついでに修繕班にここの壁の修理を依頼を」

「分かりました」

 二人が倉庫を出ていく。

「鈴木さん、このまま医務室に行きますけど、いいっすか」


 医務室に到着した。このダンジョンで唯一の医療施設である。白衣を着た中年女性が一人、室内にいた。そして、片足が義足で片手に杖を持った、運搬人らしい女性患者がいた。診療中だったらしい。女性患者は我々と目が合うと、軽く会釈して席を立ち、医務室を出て行った。こちらも軽く会釈を返した。あるいは、世間話でもしていたのかも知れない。

 このダンジョン内で女性は珍しくない。きつい労働ゆえ、女性労働者は全体の2割程度だそうだが、中には男性より力持ちの女性もいるということだ。少なくとも、採掘に関して性差別はないようだった。

「ちわっす! 美保ちゃん。これ、昨日頼まれてたヤツっす」

「助かるわ、橋田君。あら、あのメガネおやじ、今日はケチらなかったんだ。めずらしいわね」

「こちら、社員の鈴木さんっス。超、いい人っス。鈴木さんのおかげで、今日は食料もつるはしもピンハネなしっス」

「しーっ、橋田君。ここじゃ誰が聞いてるか分からないから」

 何だか分からないが、とにかく挨拶しておこう。

「昨日からMS社調達課に配属になりました、出向社員の鈴木一郎です。よろしくお願いします」

「ご丁寧に、看護師の安田美保です。本郷課長の部下の方かしら」

「そうです。本日は課長より、各所の視察を命じられまして」


 挨拶も終わらないうちに、誰かが慌てて医務室に駆け込んできた。さっき倉庫にいた運搬人の一人だった。

「橋田さん! 死神が出たそうです」


 死神!! って何だ?


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