【コミカライズ決定】全てを奪う自称病弱妹に、「優しいざまぁ」をプレゼントしました
病弱妹ものに挑戦しました!
「シビリアに行くなんて絶対に嫌! ジークフリート様、ばっかじゃないの!? よりにもよって、辺境騎士団に入るなんて……!」
メルティは、そう言って手当たり次第にベッドサイドのものを投げつけ始める。ああ、またいつものが始まったわ、と私は内心でため息をついた。
ビードル子爵家には二人の娘がいる。私、ディアナと、妹のメルティ。長女の私は、将来は婿を取って家を継ぐ予定。一方のメルティは、幼い頃からジークフリート・エルデバラン伯爵令息との婚約が決まっていた。
だけど今——
「婚約破棄してよ! 婚約破棄!」
なぜメルティがこうもわめいているのか。問題は、先ほどジークフリート様から届いた手紙に端を発する。今年成人し、職を得たことを契機に、正式にメルティに結婚を申し込む。それだけなら、何の問題もないこと。だけど、問題はその仕事内容だった。
伯爵家の三男であるジークフリート様は、家を継ぐことがないため、騎士学校に入学して、将来は騎士として働くことになっていた。名家出身の騎士は、花形であり格式も高い近衛騎士団に配属されるもの。だから、メルティは、私は将来近衛騎士夫人になるのよ、とよく自慢していた。
だけど、実際のジークフリート様は辺境のシビリアに配属された。完全に左遷ルート。エルデバラン家の看板がありながら、こうなるなんて、いったいどれだけ無能なのか、というのが、誰もが思うことなんだろう。
「そ、そうは言っても、メルティ。これは昔から両家の間で決まっていたことで……」
「今さら断ることは、ねえ……?」
両親は、なんとかメルティの機嫌を取ろうと、おろおろしている。そんな両親の態度にしびれを切らしたメルティは、暴れるのをやめ——
「げほっ、ごほっ……! うぅ、苦しい……」
ベッドの上で、激しくせき込み、悶え苦しむメルティ。
「メルティ! しっかり!」
「すまない! こんなショックを与えてしまったばっかりに!」
両親は悲鳴をあげ、メルティを横たわらせる。
どうして両親がメルティに甘いのか。理由は簡単。メルティが病弱だからだ。幼い時から身体が弱く、十六になった今もベッドの上から離れられない、かわいそうな子。それが、両親の思うメルティだ。
「こんな身体で、シビリアの寒さに耐えられるはずがないわ!」
「まったく、ジークフリートはなんていい加減な男なんだ。そんな男に、大切なメルティを預けられない!」
本気でそんなことを言っている両親に、私はじっとりとした視線を向ける。うまく二人の気を引けたことに、メルティがにやっと笑ったのに、どうして気が付かないのかしら。
メルティは完全なる仮病だった。一応、幼い時に病気をしたのは本当。病気の間、両親はメルティに付きっきりだった。望んだものは何でも与え、言うことは何でもきく。全てをメルティ中心にし、その足元にかしずいた。
そこから、メルティは学んだのだ。身体が弱くてかわいそうな子は、無条件でかわいがってもらえるのだ、と。
結果、病弱を逆手にとって、わがまま放題するのが、メルティの常套手段になった。そしてその時、一番とばっちりを受ける羽目になるのは——
「ねえ、お父様、お姉様に代わらせられない? お姉様は丈夫だから、シビリアにだって耐えられるわ」
まあ、こうなるわよね。
メルティが家の中心になった日から、私はそのために生きることを余儀なくされた。メルティからすれば、姉の私を思い通りにするのは、何より楽しい遊びだったんだろう。嫌なものは私に押し付け、欲しいものは全部奪う。お気に入りのドレスも、おもちゃも、お人形も、全部メルティに奪われた。
もちろん、私だって抵抗した。いくらメルティが病気だからって、何でも許されるわけじゃない。
だけど、そう言った時、両親は物凄い剣幕で私をしかりつけた。メルティはこんなに病気で苦しんでいるのに、かわいそうだと思わないのか? お前は健康なくせに、弱いものへの思いやりもない。なんて心が汚いのだろう。
幼い私は傷付いた。だけど、今の私はもう冷めている。両親の愛なんていらないし、メルティと仲良くなりたいとも思わない。この三文芝居の中で、「優しいお姉様」を演じる。それだけだ。
「ディアナ、メルティのためだ。お前が嫁入りしろ」
「妹を助けるのは当然のことよ。分かってるわね」
「分かりました」
私は頭を下げる。
「うふふ、ありがとう、お姉様! 優しくて大好き!」
さっきまでの苦しそうな表情から一転、満足げな笑みを浮かべるメルティ。
「ジークフリート様には、私からお手紙を書きますね。これで失礼いたします」
適当な理由をつけて、私は自分の部屋に戻る。そして——
「やったわ! この家を出られるなんて、夢みたい!」
メルティと離れられる日を、私はずっと待ち望んでいた。私が出ていくことになったのは、むしろ幸運だった。メルティのことしか考えない両親には、不信感しかない。メルティばかりか、この両親とも別れられるなんて、願ってもないことだ。
メルティは病気で、シビリアへついていくことが難しい。代わりに姉の私が妻となって、両家の間を取り持つことにする。そういった内容の手紙をしたため、私はジークフリート様に送った。
結果、申し出は了承された。付け加え、ジークフリート様は、交流がてら、二人で数度外出するのはどうか、と提案してきた。ジークフリート様は、アルバス地方の騎士学校にいたため、長い間、王都を離れていた。それが、シビリアに行く前に、この王都に戻ってきているんだとか。
「じゃ、お姉様いってらっしゃい。ジークフリート様、エルデバラン家出身のくせに辺境行きなんて、きっと見た目も中身も最悪なんでしょうね。あーあ、結婚しなくて助かったわぁー」
当日の朝、メルティにくすくす笑われて、私は屋敷を出た。
だけど——
「こんにちは、ディアナ殿。本日はお時間を頂戴できて嬉しいです」
待ち合わせ場所に現れたのは、輝くばかりの美男子だった。白馬の騎士様という言葉がぴったりの容貌は、周囲の目を引き付けている。
「初めまして、ジークフリート様。この度は、婚約者を突然になって挿げ替えることになってしまい、大変ご迷惑をおかけいたしました」
私は頭を下げる。
「いえ、頭を上げてください。全ては私のシビリア配属が急に決定したため。その中で、申し込みを受けてくださったディアナ殿には、いくら感謝してもしきれません」
物腰柔らかな対応。もしかして、性格もよろしい方なのかしら? 予想との違いに訝りつつ、私たちは城下町の散策を始める。
さて、デート中のジークフリート様といえば、カフェの席につく時は、さっとハンカチを敷いてくれるし、さりげなく車道側を歩いてくれるし、歩くペースも私に合わせてくれるし……。その紳士度がとどまることを知らない。
それだけじゃない。街中で困っている人を見かけるや、ジークフリート様はためらうことなく駆け寄っていく。今日一日で、荷物を持ったおばあさん、迷子、木に登った猫を助けた。この方がいると、周囲のみんなが笑顔になる。
「今日は本当に楽しかった。ディアナ殿のおかげです。ありがとうございました」
別れの時間、ジークフリート様は太陽みたいに屈託のない笑みを浮かべる。それを見て、確信した。この方、圧倒的善い人なんだわ! と。
「どうされました、ディアナ殿?」
はっ! 尊すぎて、気付いたら拝んでる……!
「い、いえ、ジークフリート様が、あまりにもお優しいので、畏敬の念を表明しようと……」
「ふふ、面白い方ですね、ディアナ殿は」
ジークフリート様は笑った後、
「でも、優しいのはあなたの方ですよ。私が他の人間を助けるのに気を取られていても、怒らないどころか、さりげなく手伝ってくれました。ディアナ殿の心の美しさ、優しさに触れ、あなたをお慕いする気持ちがまた強まりました」
「そんな、ジークフリっ……」
緊張して、名前をかんでしまう私。
「ジークと呼んでください。元の名前は長くて大変でしょう?」
「ジ、ジーク様」
そう呼ぶと、顔がかあっと熱くなった。
それから、ジーク様と出かけること一週間。優しさを向けられたことのない私に、ジーク様の優しさが、乾いた地面に降る雨みたいにしみこんでいく。こんな幸福があったなんて。固まっていた心が、ジーク様と出会って再び動きだした。きっと私はこの方に恋をしている。
「改めて、私と結婚してくれませんか、ディアナ殿」
そう言われた時は、天にも昇る心地だった。
「は、はい……!」
私は感動に打ち震えてその手を取る。
「今日はビードル家に伺わせてください。大切なご息女をいただくのです。ご家族にしっかり誠意を見せないと」
ただ家に来るだけ。そのはずなのに、妙に胸騒ぎがする。そして、私の予感は的中した。
「ディアナ殿とこの度結婚させていただくことになりました、ジークフリート・エルデバランです。どうぞよろしくお願いいたします」
ビードル家の応接間で、両親、そしてメルティと、ジーク様は対面した。
「まあ、あなたが……」
瞬間、メルティのまん丸い瞳の奥が、ぎらりと底光りした。メルティのこの目を、私は知っている。人形でも、ドレスでも、私の手に入れたものが、素敵だと思った時の目。
「メルティでございますわ」
いつもより二トーン高い声で、メルティは自己紹介をする。
「へえ、一緒に出かけてきた帰りなのですね」
「ええ。王都は久しぶりで、あと一月の間は楽しみ尽くそうと思いまして。ディアナ殿に甘えて、案内してもらっているんです」
「ふーん」
と、メルティ。
何を考えているの? 身体がこわばる。
「決めた。明日から、私もついて行くわ。大切なお姉様のお相手は、妹としてしっかり見極めないと」
耳障りのいいことを言うメルティ。でも、本心は分かりきっている。メルティはジーク様が気に入った。だから、いつもと同じように、私から奪おうとしているのだ。
「メルティが外出したいと言うなんて!」
「奇跡だわ!」
一方の両親は小躍りを始める。
「ディアナ、そしてジークフリート君、ぜひメルティをよろしく頼む!」
親子そろって図々しすぎる提案。それでも善人ジーク様は、微笑んで首を縦に振ったのだった。
*
そこから、私の地獄は加速した。
メルティは病弱設定なので、車椅子で外に出る。それを押すのは、当然私の役目。だけど、大変そうな私を見かねて、ジーク様が代わってくれる。結果、二人の方が距離が近くて……。複雑な表情の私を、メルティがにやっと笑って見てくる。
それでいて、少しでも私とジーク様が接近すれば、
「気分が悪いわ。日陰に連れていって」
と、体調を引き合いに出して、気を引いてくる。
ジーク様との外出は、唯一メルティから自由になれる時間だった。それなのに、この時間までもメルティ中心になって……。
「ねえねえ、お兄様って呼んでもいいかしら?」
「ええ、もちろんです」
「嬉しいわ、お兄様!」
そう言って、ジーク様の腕を掴むメルティ。でも、耐えるしかない。メルティといるのは、王都にいる一か月だけ。それが終わって、ジーク様とシビリアに行けば、解放される。そう思っていたのに——
外出が終わって、家に着いた夜。メルティは私に、部屋までお茶を持ってこさせた。
「お兄様って、とっても素敵な方なのね。あのお顔と性格なら、下っ端騎士だったとしても許してあげなくもないわ。私のこと、大切にしてくれそうだし」
「……何が言いたいの?」
「お姉様にお兄様は必要ないと思わない? ほら、私は優しくされないと生きていけないでしょ? でも、お姉様は頑丈で図太くて、優しくされる必要なんてないもの。お兄様との結婚は、私が優先されるべきよ」
勝ち誇った笑みを浮かべるメルティに、恐怖と絶望が押し寄せる。
「わ、私はジーク様をお慕いしてるの! これだけはメルティに譲らないわ!」
思わず声を荒げた私。しまった! そう思った時にはもう遅かった。
「きゃあああ! 助けて、お姉様が!」
悲鳴をあげるメルティ。お父様がすぐに駆けつけ、泣いているメルティを発見する。
「はぁ、はぁ、お姉様が急に怒鳴ってきて……。げほっ……!」
「ディアナ、なんてことを! なぜメルティに優しくできない!」
だけど、私も今だけは黙っていられなかった。
「優しく、優しくって、ずっと我慢ばかり。私が何か望んではいけないの? 私はメルティの道具じゃな……」
「この最低の人間が!」
思い切り頬を張られ、床に倒される。薄っすら開けた瞳の中、メルティが鼻で笑っているのが飛び込んでくる。
「もういいわ、お父様。お姉様も反省してくれたはずよ。そうでしょう? これからはずーっと優しくしてね、大好きなお姉様」
呪いの言葉を吐くメルティ。もう耐えられない。私は部屋を走り出て、そのまま家を飛び出した。
「こんな夜にどうしたんですか、ディアナ殿……!?」
私が向かったのは、ジーク様の宿舎だった。
「ジーク様、私、私……」
部屋の中に入るや、私は胸中を全部吐き出した。メルティに何もかも奪われていること。今、ジーク様まで奪われそうなこと。
「私が悪いの? 妹に優しくできない私は、わがままで最低な人間なの? 私は、恋した相手と結ばれることも許されず、全部メルティのために差し出さなきゃいけないの?」
ずっと心の中にとどめていた感情が、今、堰を切って流れ出す。
「ディアナ殿は悪くありません。あなたは悲しんでいいんです。怒っていいんです。何かを望んでもいいんです」
ジーク様は、そんな私の瞳をまっすぐに見つめてくる。
「今までずっと耐えてきたんですね。これからは、私にあなたの心を守らせてください。ディアナ殿には、私がたくさん優しくします」
「いいんですか……?」
「私はディアナ殿の優しさに助けられた人間です。シビリア行きになった私を、あなたは受け入れてくれた。今度は私の番です。大好きなあなたには、目一杯優しくして、幸せだけを感じさせます」
ぎゅっと抱きしめられ、力強さ、そして温もりが伝わってくる。私はもう一人じゃない。そのことが途方もなく嬉しくて、背中にすがりながら、私はわんわん泣いた。
「……ありがとうございます。おかげで勇気が出ました。私、戦います。望みをかなえるために。大切なものを守るために」
私は涙に濡れる瞳でジーク様を見つめる。
「あちらが優しさを強制するなら、こちらは『優しいざまぁ』で対抗するんです」
*
その日、私はジーク様に送られて屋敷に戻った。ジーク様の忘れ物を届けに行ったと、ジーク様の方から説明があったので、両親からそれ以上の詮索はなかった。
「ちゃんと反省したんでしょうね」
にらみつけてくるメルティに、
「ええ。これからは目一杯優しくするわ」
と、私は微笑んだ。
そして、次の日。相も変わらずメルティのジーク様へのアピールは続いていた。
「貧血で、めまいが……」
「なんてこと! メルティ、病状が悪化しているんじゃないの!?」
変わったのは、私が積極的にメルティのアピールに加勢するようになったことだ。メルティは、私がお父様に怒られ、もう諦めたものと思っているみたい。
「ああ、メルティ殿、かわいそうに。どうにかして、病気を治してあげられたら……」
涙ぐむ勢いで心配するジーク様に、メルティは上機嫌になる。もっと気を引こうと、その仮病はエスカレートしていった。目の前で倒れる。葡萄酒をハンカチにしみこませ、吐血に見せかける。その度に、私とジーク様は大騒ぎするのだった。
メルティのアピールはまだ続く。
「私、男性って苦手なの。なんだか怖くて。だけど、不思議。お兄様なら、平気みたい」
「メルティは病気で、社交界にも行っていないんです。だから、男性との接点もなくて」
純粋アピールと理解して、私は援護射撃を行う。
「反対に、お姉様はよくパーティーに行っているわよね。噂だと、いつも男性の間に入っていって、大盛り上がりとか。凄いわ。たくさんの男性なんて、私なら耐えられないもの。あーあ、私もお姉様みたいに図太くなれたらいいのに……」
「へえ、ディアナ殿は男性の相手がお得意なんですね」
「そうなのよ。私はお兄様以外の男性となんて、話すのも嫌だけど」
好感度を落としてやったと、メルティはしたり顔で私を見てくる。
さて、夕食にジーク様が呼ばれた時。
「メルティ殿は、お姉様のことが大好きなんですね」
と、ジーク様。
「そうよ。お姉様の幸せが私の幸せなの」
お父様もお母様も、なんていい娘と口々に褒め称える。もちろん、ジーク様、そして私もそれに倣う。みんなに褒められて得意になったメルティは、自分がどれだけ私を大切に思っているか、長々と語ってくれた。
*
そして、メルティにかしずいた一月が終わり、私とジーク様がシビリアへと出発する日がやってきた。屋敷の前で馬車を待つ私たち、そして両親のところに——
「私が行くわ!」
そう言って現れたのは、すっかり身支度をして、大きなトランクを引きずったメルティだった。
「もう決めたの。ジーク様とは私が結婚する。そもそも私が婚約者だったわけだし、何も問題はないはずよ。いいでしょう、お父様、お母様?」
「メ、メルティ!」
私は叫ぶ。そして——
「なんて優しい子なの……」
と、涙ぐんだ。
「私のシビリア行きを心配して、代わってくれようとしているのね。ありがとう。でも、心配しないで。私はシビリアに耐えられるわ。それに、メルティが元気でいてくれることが、私は一番嬉しいんだから。無理なんてしないでちょうだい」
今までで最高の「優しいお姉様」を、私はスタートする。
「メルティ、姉のためにそこまで!」
「優しすぎるわ!」
両親はメルティの行為に胸を打たれ、言葉を詰まらせる。
「ち、違……くないけど。とにかく、私はシビリアに行くの。寒さになら、耐えられる。だから……」
「いえ、他にも問題はあるのです」
と、遮ったのはジーク様だ。
「メルティ殿は男性と関わるのが苦手でしょう? シビリアの屋敷には、騎士団の部下たちがよくやって来るんです。それに、高官の接待もしなければいけない。あなたに苦行を強いたくありません」
「部下?」
「接待?」
両親が首をかしげる。一騎士にすぎないジーク様には、そのどちらも無縁のはずだ。
「本当は公表されるまで伏せておくべきなのですが、致し方ありません。実は、私が近衛騎士にならなかったのは、団長に任命されてしまったからなんです。今年から、私はシビリア騎士団を率いることになっています」
明かされたシビリア行きの真実に、両親、メルティはぽかんとする。騎士団長は、国に十人しかいない超エリート。平の近衛騎士よりも、よっぽど地位も格式も上だ。
卒業してすぐ団長になるなんて、恐ろしく優秀としか言いようがない。当の私も、こっそりそう伝えられた時は驚いた。
「そういうわけで、妻にはかなり負担をかけることになりそうで。ですが、ディアナ殿ならば、安心して任せられます。ディアナ殿は人付き合いが得意だと、メルティ殿がよく話してくれましたから」
メルティは、私がパーティーで男性と絡んでばかりいると、散々言っていた。そして、自分は男性との交流は絶対に嫌だと。自分の言ってしまったことをどうにか訂正しようと、メルティが必死になっているのが分かる。
「と、とにかく、絶対一緒に行くんだから! お兄様、メルティに優しくして! あっ、もう、めまいと吐き気がして……。はぁ、はぁ、このままじゃ、大変なことに……」
最終奥義、仮病を出してきたメルティ。だけど——
「ああ、やっぱり体調が悪いのね!」
「思った通り。手を打っておいて正解でした」
と、私たち。
「手を打った?」
と、お母様。
「ドクター・デルメッドに、ようやく話をつけられたんです。本土から遠く離れたリコリス島で療養所を経営している、世界的名医の。メルティ殿には、そこで治療を受けてもらいます」
「おい、急すぎるぞ!」
と、お父様。
「いいえ、急がねば。これを見てください。吐血の跡です」
ジーク様が出したメルティの葡萄酒ハンカチに、両親ははっと息を吞む。
「心優しいメルティ殿は、心配をかけまいと、ご両親の前では症状を隠していたんでしょう。しかし、病は確実に彼女をむしばみ、このままでは……」
「確かに、前より倒れることが最近多くなっていたような!」
「悪化していたのね!」
「一度本格的な治療をするべきです。ドクターは世界一の名医と名高い。つてがあり、今回なんとか依頼にこぎつけたのです。この機を逃せば、もう二度目はありません。もちろん、費用はそこそこかかりますが……」
「メルティのためなら、金はいくらでも出す!」
「一刻も早くメルティをリコリス島へ!」
結果として、両親は仮病の治療に大金をはたくことになった。ちなみに、ドクターにはもう話をつけてある。彼には、時間をかけてゆっくり優しく、仮病を治療してもらう予定だ。
「リコリス島は空気もいい。メルティ殿、数年はゆっくりと療養してくださいね」
圧倒的善人の顔で微笑むジーク様。そのオーラに押され、メルティは押し黙る。
「ありがとう、ジークフリート君!」
「あなたのような優しい兄を持って、メルティは幸せだわ!」
両親は感動に打ち震えながら、ジーク様の手を取った。
「いいえ、お礼ならディアナ殿に。全てはメルティ殿を案じられたディアナ殿のお考えです。本当に、妹思いの優しい姉君でいらっしゃる」
「ディ、ディアナ……!」
私にはめられたと知って、メルティの顔が崩壊する。
「ディアナ、お前が優しい姉で私は嬉しいよ」
「やっと私たちの言ってることが伝わったのね」
一方の両親はにこにこで私を称賛する。
「メルティ、頑張って病気を治すのよ。かわいい妹に、最後に目一杯優しくできて良かったわ」
と、私は圧倒的善人の顔をする。
「ほら、メルティ、お礼だ」
「良かったわね。本当に」
「あ、ありがとう、お姉様……」
笑顔の四人に囲まれ、もはや万事休すだった。メルティは引きつった笑みを浮かべ、ようやく治療の糸口を掴んだ幸せな少女を演じるほかない。かくして「優しいざまぁ」は成功をおさめ、みんな幸福な大団円を迎えたのだった。
*
そして、私とジーク様はシビリア行きの馬車へと乗り込んだ。
「シビリアの冬は厳しいけれど、とても美しく、食べ物も美味しい、いいところなんですよ。メルティ殿に、いっぱい土産を送ってあげましょうね」
「私は手紙を書きます。メルティは私のことが大好きだもの。私たちの幸せを聞いて、きっと喜んでくれるはずです」
「ふふ、優しいですね、ディアナ殿」
ジーク様は優しく微笑んで、私の肩を抱き寄せた。
「さあ、そんなディアナ殿には、これから私が目一杯優しくしますからね。覚悟していてください」
最後までお付き合いくださりありがとうございます!
※5月25日に内容を一部変更しました。具体的には、ざまぁの発案者がジーク→ディアナになっています。こちらの方が、主人公の主体性が出ていいかな、と考えました。感想欄でご指摘くださった方、ありがとうございました!