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第九話 さぁ、狩りよ!

 標識が三人の少女を襲わせる――

 ケルヒャーは夜風に当たりながら歩いている。夜はいい。こんなふうに思考が整理されていくからだ。

 標識の代表的な例を言えば、マダニの例だ。マダニは動物の酪酸(らくさん)の匂いに反応して、動物の気配を察知している。マダニが森のなかで効率よく吸血に成功するのはそのせいだ。ゴブリンもなんらかの標識に反応していると見て間違いない。


 匂いの線が濃厚だ。

 でもメイ達自身になにかをさせることは難しいだろう。

 ケルヒャーは、はたと思い当たった。


 ――ゴブリンより格上のモンスターの匂いがあれば、標識は消えるかも。


 夜道のさきで買い出しに出ているはずのイライザとウィズに鉢合わせた。


「イライザ、ウィズ? どうしてここに?」

「買い出し上手く行ってさ、()()


 イライザがウィズの背負った麻袋を指さした。


「ケルヒャーこそ、どうして?」


 問われて、彼はイライザに相談した。イライザが視線を鋭くした。そうして腕を組んだ。唇を尖らせて、何か言いたげな顔になる。


「うーん、難しいことはわからないわ……」


 彼女は肩をすくめる。だよな、とケルヒャーは濁した。


「分からないけれど、ケルヒャーのしたいことは三人からモンスターを引き剥がしたいってことなんでしょ?」


 ケルヒャーは目を瞬かせる。そして首を縦に振った。


「――いまから装備を揃えるわよ」


 ケルヒャーはぽかんとした。話の筋道が見えない。


「いっしょに来なさい!」


 ケルヒャーはイライザに手を引かれるがままになった。


 郊外の町は点々と明かりがついている。深夜だというのに活気がある町だ。

 商店街に入って三軒目の赤い看板の店に入る。ずらっと並んだ剣や斧、槍など武器が並べられている。店主は恰幅のいい男で黒っぽい肌をしている。蓄えた髭を摩りながら、いらっしゃいと言った。イライザが軽く頭を下げると、店主の顔が綻んだ。よほど気に入られているらしい。


 イライザとケルヒャーがカウンターに腰掛けて、店主に相談を持ちかけた。


「イライザ、今日は何を倒すんだい? モンスター、人間?」


 けっこう強いやつよ、とイライザが軽口を叩く。

 ケルヒャーは何が何やらわからないでいる。二人のやりとりを黙って聞いているだけだ。


「アイスソードと黒槍がほしいわ、……お金はケルヒャーが出してくれるのよね?」


 イライザが上目遣いでケルヒャーを見た。ドキリとするほど妖艶だ。

 お財布が緩むとはこういうことを言うのだろう。


 布に包んだ武器を担いでふたりは店から出た。背負った剣がどっしりと重い。黒槍、こんな上等な剣は屋敷ですら見たことがない。柄には美しい装飾が施されている。宝石と思しき石が嵌め込まれている。魔法石の一種かもしれない。


 ケルヒャーは察しがついていた。かなり上級のモンスターを討伐しに行くのだろう。ゴクリと喉を鳴らす。構わずにイライザが意気揚々と歩き出す。鼻歌がイライザの口から漏れた。


 彼女の後ろをただ黙ってついてゆく。ケルヒャーは生きた心地がしていなかった。


「なぁ、イライザ……?」


 思い切って話を切り出す。その振り向きざまはゾクリとするほど美しかった。冷や汗が噴き出した。強かさを秘めた女剣士の微笑みだ。


「これから余程の上級モンスターを討伐するようだな?」

「私だって今まで三回くらいしかやったことない奴よ」


 三回とはまた多い数字だ。まちがいない――


「倒しに行くのは、……〝ドラゴン〟か?」

「ええ」

 

 彼女が不敵な笑みを浮かべた。ケルヒャーは腰からへなへなと力が抜けていくようだった。しかし、気を取り直した。

 すべて分かったケルヒャーは麻袋を仕入れた。

 ふたりは町を出て、山道に入る。そして山小屋で眠った。

 

 朝日とともに起きて、峠道を歩いて行く。剣は重く、すこしずつ体力を削った。脂汗が額に浮かぶ。これも修行の一種かもしれないとケルヒャーは苦笑いした。どんどんイライザとの距離が離れてゆく。


 彼女の足取りは軽く、同じ人間だと言うことを忘れてしまいそうだ。

 山道がやがて高い木すら生えていない高地になった。低い草木が風に揺れるだけの淋しい道を歩く。

 

 冷たい風が体力を奪う。コートを着ているのが幸いした。

 やがて剣のような岩がうえに伸びている峻険な山に辿り着いた。

 クリスタルが上や下から伸びている洞窟へ二人で進んでいく。軽く火を起こして明かりにした。


 大きく広い空間に辿り着いた。


 奥はただならぬ気配がした。ケルヒャーは息を飲む。イライザの顔つきが鋭くなった。熱い息づかいがする。


 いた――


 荷物を置き、ケルヒャーたちは巨大なドラゴンの前に立ち塞がる。鋼のような鱗を持つドラゴンは眠るようだった。鋭い牙が輝き、冷酷な紅の瞳がカッと見開く。睨まれただけで悪寒が走る。圧倒的な強さを秘めたモンスターだ。


 イライザが剣を抜いた。

 ――アイスソードだ。

 

 ケルヒャーはまだ剣を構えていない。ただ慄くだけだ。震えが止まらない。


「高貴なドラゴンさん。あなたを倒しにきたわ」


 ドラゴンが身を起こした。(つづく)

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