第八話 環世界-Umwelt-
――今まで武器なんて持ってなかったのに。
それぞれの武器がぼんやりと紫の明かりを灯している。現実の武器じゃない、魔力で錬成された武器だ。
すごい、念能力みたいだ……
素早くメイが走り出した。連携してノーヴェンバーが鉄棒を振り回しながらゴブリンの群れに飛び込んだ。つづいてジュンが鉄槍を構えて背を低くして突き進む。
メイがモーニングスターを振り回すと、ゴブリン数体の頭部を打ち砕く。ノーヴェンバーが鉄棒で囲んでいるゴブリンを薙ぎ倒す。散り散りになった、その場から逃げ出したゴブリンをジュンが鉄槍で突く。
打撃音とゴブリンの悲鳴が轟く。メイド服だというのに素早く、力強い身のこなしだ。ジュンを基点に三人の連携が冴える。
ノーヴェンバーがつぎつぎとゴブリンを蹴散らしてゆく。メイも負けていない。ジュンがふたりを冷静に観察しながら残りのゴブリンを倒す。
ものの数分の出来事だった。
辺りはゴブリンの死骸でいっぱいになった。ケルヒャーは口をあんぐりと開いて佇むだけだった。
管理棟に三人を連れて行くと、テーブルのまえに座らせた。メイが目を伏せている。ノーヴェンバーが頭の後ろで手を組んでいる。ジュンの視線がどこか遠いところに投げかけられていた。
ケルヒャーは言葉に詰まった。疑問がふつふつと湧いてくるだけだった。頭のなかがなぜ?でいっぱいだった。
「……あのゴブリンは何なんだ?」
「旦那さまは聞いていませんでしたか?」
質問を質問で返すな。ケルヒャーは頭のなかを整理した。たしか奴隷商の言葉だ。
『まいどあり。坊ちゃん、気をつけな。こいつらといると不幸になるって噂だ』
不幸になるってこういうことか。ゴブリンに襲われるっていう。
「メイ、ジュン、ノーヴェンバー、君たちのことを話してくれないか?」
「それは……」
メイがなにか言いかけたようだが、止めた。ジュンがメイを見つめる。ノーヴェンバーの視線が泳いでいる。意を決したようにジュンが口を開いた。
「旦那さま、私たちは幼いときにゴブリンに拐かされたのです。物心ついたときにはゴブリンの巣穴にいました」
「ゴブリンと生活していたってことか?」
「はい。それで私たちが七つのときに巣穴から脱走しました」
ジュンが表情を変えずに続けた。
「それで行商に助けをもとめました。彼は機嫌良く助けてくれました。けれど――」
その晩のことだった。行商の車を引く馬が嘶き、起きてみるとゴブリンが辺りを囲んでいたのだという。
メイが震える言葉を発した。
「私たちは助からないんだって思った……」
いつの間にか辺りが曇ってきて雷が鳴り出した。そのとき――
ノーヴェンバーが目を大きく開いて語り出した。
「力が宿ったんだ……」
「力?」
あの武器よ、とノーヴェンバーが言った。
紫の明かりを漂わせる不思議な武器によって三人が助かったらしいが、行商が亡くなったという。ノーヴェンバーが俯く。
「私たちといると不幸になるだけよ……」
「そう、何度もこういうことの繰り返し」
メイが怯えながら答えた。となりでジュンが畏まって言った。
「旦那さま。私からお願いがあります。私たちを解雇してください。あのようなことが何度もあれば旦那さまのお命はいくつあっても足りません」
ケルヒャーは沈黙してしまう。何か言葉を発しなければいけない。けれど、何も出てこない。可哀想だとか、お気の毒にとか、そういう言葉に意味はないはずだ。
蝗害ならぬ、小鬼害か。ケルヒャーの目つきが鋭くなった。
「どうして君たちにゴブリンが寄ってくるのか、考えないとな……」
「え……」
ジュンの眼差しが何かを訴えている。
「……話を聞いていたの?」とメイがぽつりと言った。ケルヒャーは答えた。
「知ってるか、動物には動物それぞれの知覚固有の世界がある。環世界っていうんだけどな。ゴブリンにも知覚された事象のなかで君たちだけを世界から切り出している標識があるはずなんだ」
ノーヴェンバーが眉根を下げ、唇を尖らせた。
「難しくて何言ってるかわかんないよ!」
いいから聞いてくれ、とケルヒャーは肩を竦めた。
「この標識はゴブリンを呼び込むんだ。たとえば匂いみたいに漂ってくるものだったりしてゴブリンを誘い込むのかもしれない」
「それが私たちにある、と?」
感心深げにメイが答えた。
「ああ」
何かは分からないけどな、とケルヒャーは腕を組んだ。
「なぁ、ジュン。ゴブリンはこれからもお前達を襲いにくるんだよな?」
問われてジュンは背筋を正した。
「はい。三日間は平気だと思いますが、その後は分かりません」
「三日か……」
ケルヒャーは窓の外に広がる闇を睨んだ。標識は匂い、あるいは血液、体臭、呼気なんでもあるはずだ。ゴブリン固有の標識は何だ?
ケルヒャーには見当がつかなかった。あ、と思い尋ねた。
「メイ、ジュン、ノーヴェンバー。君たちのしたいことってあるか?」
「「「朝までぐっすり寝ること!」」」
「よし! 三日待ってくれ」
ケルヒャーはコートに袖を通して、まだ暗い林道を歩き出した。(つづく)