第七話 三人の奴隷
白銀の毛並み、鋭い牙と爪、ワーウルフだ。
「がるる……」
ウィズが唸りを上げている。
「がるる、がるぅ、がるがる、がるるぅ……」
ケルヒャーは後退りした。冷や汗が滲む。
ウィズが続ける。
「がる、がるるぅ……、がるる!」
――すごい、なに喋っているか分からん。
すかさずイライザが言った。
「きっとこんな感じのことを言ってるのよ!」
「がるがるがるぅ……」
対訳:この姿がいけないんです……
「がるがっがるる……」
対訳:仲間もできず……
「がるる! がるぅ」
対訳:姿を見られれば逃げられるし。
「がるがー、がるがーがるる……!」
対訳:ひとりで冒険するしかなくて……!
「がーがーがー、がるる、がるる……がるぅがるぅ」
対訳:でもここは久しぶりに楽しかったんです。
「がる、がーがるるる……」
対訳:ボクがここにいていいのかもって。
「がるるがー、がーっ、がるるがるる?」
対訳:本当の姿なんて見せちゃってバカですよね。
「がるる……」
対訳:引かれるだけだって。
「イライザ、すごいな……」とケルヒャーが言った。
「――驚くのはそこじゃないわ」
ウィズが後退りを始めた。サファイアブルーの瞳に涙を浮かべているようだ。
ケルヒャーは叫んだ。
「ここにいればいい!」
「が?」
「仲間が見つかるまで、生憎と部屋は余っているんだ。シェアハウスにしたって何だっていい。ここにいろ! 管理棟に住み込むのだって構わない」
ケルヒャーはウィズの前に堂々と歩み出す。ウィズの大きな図体を見上げた。
「俺は君にここにいてほしい。そして冒険の楽しさを味わってほしいんだ。一人だからって勿体ない」
ウィズの曇っていた顔が晴れていく。
「がるる、がー!」
対訳:ありがとうございます!
ウィズのもふもふの体をケルヒャーは受け止める。ふかふかした毛並みは高級毛布の手触りだ。入居者のこと、分かってきたぞ。かすかにだけど…… ここを地上の楽園にするんだ。
一夜明けてケルヒャー、イライザ、ウィズの三人は町へ出た。入居者の勧誘のためだ。カタカタと荷馬車が三人の横を過ぎていく。のんびりとした町の様子にケルヒャーはつい欠伸が漏れる。
「シャキッとなさいな」
「ああ」
とイライザがケルヒャーを窘める。ギルド会館のまえには人だかりが出来ていた。初級冒険者のグループのようだ。ケルヒャーは意を決して彼らに声をかけた。断られた。もう一度、別の冒険者。断られた。もう一度……、ダメだった。
ケルヒャーは膝から崩れ落ちた。
彼らはイライザに気づいた。人だかりがイライザを中心に丸く囲む。
わいわいしながら、イライザは上機嫌になった。
「私が先生になってあげるって条件でウチへ来ない?」
「えー、ちょっと気になります……」
初級冒険者がその気になってくれさえすればいいんだ。ケルヒャーは胸奥で滂沱の涙を流した。敗北を感じる。なにって? 教育の敗北かな。
話がだんだん脇道に逸れてきたので、イライザが彼らを残して立ち去ろうとした。ケルヒャーはふと遠くの荷車に三人の少女が載せられていることに気づいた。
――奴隷か。
ケルヒャーは荷車に近づいて奴隷商に尋ねた。
「この娘達は?」
「貴族の坊ちゃん、何? この子たち気になるの?」
「ああ。すこし。どこへ連れて行く?」
「北国へ運んで労働力になってもらうのさ」
ケルヒャーは少し思案して、
「いくらだ? 買おう。ウチで雇いたい」
奴隷商はにこやかに金額を示した。
「……月末に支払うよ」
「まいどあり。坊ちゃん、気をつけな。こいつらといると不幸になるって噂だ」
気味の悪いことを言う。
三人の少女は栗色の髪のメイ、黒髪のジュン、浅黒い肌のノーヴェンバーというらしい。たどたどしい言葉遣いで警戒しているのかもしれない。イライザとウィズと顔合わせする。
「メイ、ジュンそしてノーヴェンバーだ。よろしくな」
「よろしく、私はイライザ」
「ボクはウィズです」
「……よろしく」
「この子達、どうするの?」イライザが耳打ちした。
ケルヒャーは「メイドの教育をして働いて貰う予定だ」と答えた。
「メイ、ジュン、ノーヴェンバー、家事は出来るな?」
人見知りしそうなメイがおもむろに口を開いた。
「少し……」
元気そうなジュンが続けた。
「でもやる!」
ノーヴェンバーが胸に手を当てた。
「任せて!」
「良い返事だ」
それから七度、日が沈んだ。夜空の下でケルヒャーは星を見ていた。
「旦那さま、体が冷えます。なかへ……」
とメイド姿のジュンに言われた。今日はイライザもウィズも泊まりがけの買い物へ出かけている。振り返れば管理棟に暖かなオレンジのランプが灯っている。さて、きょうは寝ようかというそのときだった――
石が飛んできた。何個も飛んできて木壁にぶつかる。そのうちひとつがケルヒャーの背中に当たった。痛っ……!
目を丸くして振り返れば、緑色の小鬼の大群があたりを囲んでいた。
棍棒を持ったり、石を握っていたりするゴブリンがニヤニヤとこちらの様子を窺っている。熱い吐息を漏らしながら獲物を睨んでいるのだ。
ゴブリンはこのへんじゃ、ダンジョンにいるはずだ。どうしてこんなところに? 土を踏みしめる音がした。
「「「旦那さま、下がってください。私たちがお相手いたします……」」」
木造住宅のほうを見れば、モーニングスター、鉄槍、鉄棒を携えたメイ、ジュン、ノーヴェンバーが立っていた。(つづく)