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第六話 入居者、問題児ばかり

粗茶(そちゃ)です」

「ありがとうございます」

「ずず……」

「ずず……」


 ケルヒャーのまえにテーブルを挟んで白い髪の少年が座っている。ケルヒャーの隣にはイライザがいる。


「ダンジョンから逃げてきた君は何なんだ?」とケルヒャーは切り出した。

「いまはちょっと言えません……」


 ……言えないのか ケルヒャーは顎に指を添えて考えた。入居者か、それとも――

 厄介事に巻き込まれる前に話を畳んで帰してしまおうか。


「君、初級冒険者だよね、どこから来たの?」


 とイライザがにこやかに尋ねる。


「中央の町から、です。王都から近いところ、です……」

「そっかー、私って王都って行ったことないんだよねぇ……憧れちゃうなぁ」

「何にもないですよ、あそこって……」


 白い髪の少年がそう言って黙ってしまった。ケルヒャーは切り出した。


「ここは初級冒険者を助ける住居なんだ。ここに家賃と引き換えに住んで貰らえると嬉しい」


 少年がぽかんとしている。るんるんのイライザが横から口を挟んだ。


「悪い話じゃ無いと思うけれどな」

「検討してみます……」


 あれ……、いまの、良い誘い文句じゃ無かったか? 少年の反応は淡白だ。 

 ケルヒャーは眉根を下げた。初級冒険者のニーズは完璧に満たしているはずなのに――

 少年が察したように言った。


「――助けて頂いてありがとうございます。お礼させてください。ボク、力仕事は得意なんで」

「じゃあ、今日は隣の住居で寝てもらって朝から手伝いをお願いしようかな」


 ケルヒャーはそう言って少年を促す。あっ、と思って尋ねた。


「そうだ、君の名前を聞いてなかった」

「……ウィズです。ただのウィズって呼んでください」


 控えめな調子でウィズが答えた。

 

 朝靄が森を覆うころ、静かな森にトン、トンと薪が割れる音が響いている。斧を手に取るのはウィズだ。彼の前でケルヒャーは目を擦っている。ウィズが日の出とともにケルヒャーの管理人棟の扉を叩いたらしい。まだ冷たい空気のなか、いそいそとケルヒャーは起き出して寝癖のついた髪の毛を整えた。

 冷水で顔をごしごし洗い、ふかふかのタオルで拭く。シャツの袖を通すと、朝の始まりを告げる小鳥の鳴き声がした。


 ウィズは働き者だった。仕事ぶりも素晴らしかった。肉体労働だけでなく、よく気がつく。ケルヒャーの首筋についた毒蜘蛛を払ってくれた。

 ふと、ケルヒャーは彼に尋ねた。


「他の仲間っていないのかい?」


 ウィズがビクッとして、「いえ、特に……」と言った。ウィズが薪割りを終えるとむこうの住居からイライザがやってきた。とくに剣も持たずふらふらと。イライザが手に持っていたのは果物だった。彼女が果物をケルヒャーに手渡した。


「はい、ケルヒャー」

「ありがとう」


 甘い味が口いっぱいに広がった。ケルヒャーがもぐもぐと果物を頬張っていると熱い視線が向けられていることに気がつく。ウィズからだ。じっと見られている……?

 ケルヒャーはウィズに構わず言った。


「朝食にするか」


 鍋から立ち上る湯気を吸い込みながら、ケルヒャーは鍋をかき回す。鍋のなかではぐつぐつと山菜が煮えている。

 ウィズが隣で鍋を覗き込んだ。


「シチューですか」

「いいや、味噌汁だ」

「ミソシル?」


 このへんの林や屋根裏の湿気のある場所ではコウジカビに似た性質を持つカビ類が生えている。それを採取して(こうじ)にしてからマメと混ぜてを発酵させて作ったのが味噌である。ウィズに一口味見をさせる。


「これおいしいです!」


 思わずウィズの顔が綻ぶ。


「不思議な味わい、コクがあって深い味ですね!」

「日本では当たり前だけどな」

「ニホン……?」

「コホン、コホン……なんでもない……」


 味噌汁と玄米をテーブルに並べる。イライザが玄米をしげしげと観察している。


「大陸じゃ、見たことない。食べ物ね」

「玄米だよ、アイランドプレイスでは主食になっているものをうちの商社が買い付けてきた」


 イライザが慣れない箸使いで炊いた玄米を掴む。


「「おいしい!」」


 ウィズも同じ言葉を零した。和やかな空気で食事が進んだ。ウィズも打ち解けたようでいろいろな話をしてくれた。食後にロノノス茶を淹れ、ひと息つく。


「……明日はここを発つのか」ふいに別れのことが思い出されてケルヒャーは寂しくなった。彼は自身の指と指とを絡ませる。


「はい。でも、楽しかったです」


 ウィズが拳をぎゅっと結んだようだ。もういちど畳みかけたい。――入居してもらうんだ。可能性はゼロじゃない。


「ここに住まないか?」


 瞳が動揺しているように見えた。


「……あの、外に来てくれますか?」


 外は満月の月夜だった。煌々と月が上空で輝いている。澄んだ空気だった。手足から冷たさがにじり寄ってくるようだ。イライザを隣にケルヒャーはウィズの目の前に立った。


 ムクムクムク……


 ウィズの図体が徐々に大きくなっていく。月越しに彼の影が大きくなる。


「なんだっ……!」


 サファイアブルーの瞳がケルヒャーを睨んでいる。イライザも迫力に押されている。


 そこに現れたのは巨大なワーウルフだった。(つづく)

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