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第五話 招かれざる客

「入居希望とギルド会館に告げておいた者だが……」

「は、はい?」


 屈強な男達は横並びで立っていた。胸板の厚い男達はなかなか壮観である。背には巨大な剣を背負っている者までいる。カタカタと鎧が乾いた音を立てている。……笑ってる?


「ここ、は初級冒険者のための住居サービスでして……」


 カチコチになりながらケルヒャーは言った。男のひとりが声を荒げて言った。


「なんだっ? 入居してやるんだ、文句言う気かっ?」

 

 ……けんか腰はやめようよ。

 男達の視線が痛い。汗臭い男の視線がねっとりと絡みつく。話が通じないぞ、これ…… どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする……、ケルヒャーはきっぱりと首を横に振った。

  

「ですから! ここは……!」


 びくびくしながらケルヒャーが表に出た。男達を連れて広場へ行く。


「オーナーがお相手かな……?」


 男達が嘲笑した。男達のひとりが剣を抜いた。頬に傷のある男だ。男が剣を振るった。

 ケルヒャーはその気配を察知して、しゃがむ形になって避けた。足ががくがくする。


「あぶなっ!」

「こいつ、素早いな!」


 ケルヒャーは思わず体当たりして剣を奪い取る。奪い取った剣を構えて男達を威嚇した。鉢巻きをした剣を持った男が土を踏みしめて前へ出た。その細かい動作をケルヒャーは見逃さない。男が剣を横に振る。ケルヒャーはカンカンと音を立てて自身の剣で相手の剣を押さえ込む。()()の要領で力を込めると相手の剣が相手の手から離れた。


「くぅ……!」と鉢巻きの男が漏らした。

 


「――ケルヒャー、何してんの?」


 むこうを見てみればイライザが果物を(かじ)りながら立っていた。シャリッと音がする。清々しいほどの清涼感ある音だ。


「イライザ・キルベスタだな?」


 男達のうちのひとりが振り返ってそう言った。

 視線が交わされるとイライザの目つきがガラリと変わった。猛禽類(もうきんるい)が獲物を見つけた目つきだ。


「イライザ! この人達、入居希望者だって言っててぇ……」


 ケルヒャーは泣きつくように言った。ふぅんとイライザは感心した。


「――そうは見えないな……」


 イライザが後ろ手に携えた剣に手をかけた。重い剣が音を立てる。


「待て、待て」


 男達のうちのリーダー格と思しき男が肩をすくめた。灰色の髪をかき上げて、男が汚い歯茎を露わにした。やつれた顔で、


「おれはキルケだ。入居希望というのは方便だ。イライザ・キルベスタと決闘ができると聞いてきた」


 ケルヒャーはあんぐりと口を開いた。「けっ、とう……」

 そんな話は身に覚えがない。ギルド会館の連絡ミスか? 拡大解釈も甚だしい。この男達、入居にかこつけてイライザを(なぶ)る気でいるのか? ふざけんな…… ケルヒャーは頭の奥が沸騰(ふっとう)しそうなほど怒り狂った。裏腹に手足は震えるばかり。くそっ…… さっきの勢いはどこへ消えたんだ?


 イライザがケルヒャーをしっかと見た。その眼差しは彼の怒りを受け止めたようだ。目を伏せて、ほっと安心したような顔つきになった。


「ケルヒャー、だいじょうぶよ」


 何を言っているんだ? 多勢に無勢。勝てるわけがない。


「――で、()るの、殺らないの?」


 イライザが男達を挑発した。男達は下卑(げび)た笑いを浮かべた。そしてキルケがイライザの前に立ち塞がった。


「――では参るぞっ!」


 キルケと名乗った男が剣を抜いた。大きく振り上げた剣がイライザに降りかかる。タン、と乾いた音が響いた。いつの間にかキルケの背後にイライザが立っていた。俊足の女剣士だ。

 キルケが口角をつり上げたようだ。「勝った」とも言いたげな笑みだろう。


 ――スパッとキルケの腹から大量の血飛沫が吹き出た。


「な、なんだとっ……!」キルケが叫んだ。キルケがその場で(うずくま)った。イライザが冷ややかな視線を傾けつつ、男達に告げた。

 

「早く止血なさい、それか治療者(ヒーラー)はいないの?」


 吐き捨てるようにイライザが言った。

 キルケに仲間の男達が駆け寄った。のこりの二人の男がイライザの前に立った。巨大な剣を構えた男と二刀流の男だ。再開だ。


 ――スローモーションになったみたいだ。


 ケルヒャーの瞳が戦いの模様を追っているなかで、ケルヒャーはそう思った。まるで男達ふたりは歯が立たないでいる。イライザが素早い身のこなしで次々と男達の正中線をついていく。男達がうめき声を上げる。イライザの瞳が赤く輝いたように見えた。

 圧倒的な実力差だ。まるでイライザ側が子供相手に遊んでいるみたいで、男達がやられまくっている。

 

 男二人はその場に崩れ落ちた。


 イライザが落ちた果実を磨いて囓った。その味はどんな味がしただろう。淡白な味に違いない。

 ケルヒャーはイライザに駆け寄った。


「イライザ、ごめん……」

「なに謝っているの? こんな(やから)、私だったら瞬殺よ」


 ケルヒャーはイライザの顔をまじまじと見た。「なに?」とイライザが顔をほころばせる。ケルヒャーは言う。


「家賃一ヶ月、タダでいいから!」


 彼女が目を輝かせた。


「ほんと? ありがと」


 男達がよろめきながらその場からおもむろに去って行く。

 イライザとケルヒャーはその姿が見えなくなるまで見送った。ケルヒャーは強い相棒を得たと胸を張る。相棒の愛らしいポニーテールが夕日を前にして揺れている。


 でも――


 これで入居者ゼロみたいなものだ。どうするんだ? まぁ、ゆっくりやろう。


 管理棟に戻ろうとしたタイミングで、森から少年が走り寄ってきた。


「お願いしますぅ……! たすけてくださいぃ……!」


 白いショートヘアの少年は見たところ、初級冒険者で森の奥のダンジョンから逃げてきたと思われた。眼帯を左眼にしており、武器はおろか、杖すら持っていない。何が何やら分からないことだらけだ。(つづく)

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