第四話 無能と誹られた転生者①
後ろに束ねたポニーテールを揺らしながらカツカツと女剣士がケルヒャーのもとにやって来た。彼女の視線がケルヒャーの視線とおもむろに交わった。
「あなた。強そうな感じだね? ひとつ手合わせをお願いしようかしら」
ケルヒャーは眉根を下げた。
……俺が強そう? 何を言っているんだ?
しぶしぶ木刀を受け取ると、木刀を構えた。
女剣士が高らかに声を上げた。
「私はイライザ。見ての通り、剣士よ。けっこう強いから覚悟して」
そんなこと見ればわかる。ケルヒャーは歯茎を食いしばった。木刀を構えると二人は相対した。
じりじりと間合いを詰めるイライザ。最初の一撃がケルヒャーに襲いかかる。
ケルヒャーの目は剣戟の尖がどこに落ちるか、瞬時に把握していた。
トンッ! という乾いた木刀の音がした――
「な……!」
イライザが目を見開いた。彼女の打ち込んだ木刀が軽い音を立てて、跳ね返されたのだ。イライザがまるで猫のように後ろに飛び退いた。
さっと彼女が退いたのも束の間、ケルヒャーは追撃をかけられる。木刀が彼の頭上に打ち込まれようとした。
「……ごめんなさい……!」
ケルヒャーはさっと身を屈めて土下座した。イライザが「へ?」とぽかんと口を開け、すんでのところで木刀を止めた。
「俺、そんなに強くないですッ。お願いですッ、命だけは取らないでくださいッ!!」
イライザが木刀を収めた。ケルヒャーはホッと胸をなで下ろした。別れ際になってイライザが尋ねた。
「あなた、名前を聞いてなかったわね?」
ケルヒャーはビビりながらも答えた。
「……ケルヒャー・ラングレイス、エルウェイクの森で住宅サービスをやってる。気になったら見学に来てくれ」
「わかったわ」
ケルヒャーはその場から離れた。町での要件は済んだので、このままエルウェイクの森に帰ることにした。
辺りは夕暮れ時だった。ケルヒャーは馬車から降りると管理人棟の扉を開けた。簡単な食事を済ませて横になる。これから忙しくなる…… でも今日はゆっくり休もう。そうして彼は瞼を閉じた。
気づけば日の傾きから昼過ぎだった。こんなに眠ったのはいつ以来だ? ケルヒャー=勝也は目を擦った。
日光を浴びて洗面台に立つ。疲労の様子はない。こんな日もひさしぶりだった。表に出るとポストに一通の手紙が入っていた。
ギルド会館からだった。
『ケルヒャー・ラングレイス様、昨日の件についてご報告なのですが――』
冒険者の斡旋に失敗したとのことだった。冒険者が集まらない? どうしてだ? 条件はいいはずなのに……
ケルヒャーは困惑して空を見上げた。どうしよう……、完全に想定外だった――
さまざまな思いが脳内を駆け巡る。答えはでない。管理人棟に戻ってテーブルの前に腰掛ける。両手の指を絡ませて顎をつくと、ケルヒャーは思案した。
「なにが間違っているんだろう……」と独りごちる。
……きっと正解があるはずなんだ。前提は間違ってないはずだ。だとして入居者が集まらないのはなぜなんだ。
彼の瞳は暗い深淵を見つめていた。きっと答えがあるはずだと思うことにする。しかし――、なにも浮かんでこない。
お手上げだ――
ケルヒャーは頭を抱えていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
誰だろう、と扉を開けると赤い髪の女剣士――イライザ――が立っていた。
「きみは、きのうの……!」
「ケルヒャー・ラングレイスだったわね? 見学に来たわ」
彼女がしげしげと建物を観察している。入居者? だとしたら渡りに船だ。
「……ここは、管理人棟。じっさいの建物は外だよ」
ケルヒャーはどもりながら促した。
彼は先導すると、緊張しつつも、溜息を吐いた。きっと無意識だったのだろう。
イライザがどうしたの? と聞く。
「昨日、ギルド会館に冒険者の斡旋を頼んだんだけど、うまく行かなくてね。何か冒険者を呼び込むきっかけが欲しいんだ。でもそんなのないし、困っているんだ」
あはは、と彼は零した。
イライザが指先を顎に当ててなにかを考えている。数秒間の沈黙のあと、彼女が口を開いた。
「……私はどうかな?」
ケルヒャーには話が見えなくて、首を傾げる。
「だから! 私がここで呼び込み役をやるの。私って冒険者界隈ではけっこう名の通っている剣士なの。私が初級冒険者の訓練や面倒を見る代わりに私のお家賃を半額にしてよ」
ケルヒャーは目をゆっくりと見開いた。悪い話ではない。
「なるほど! 住居サービスに付加価値をつけるんだな」
「ふか……、かち……?」
「この住居独自の良いところって意味だよ! よしやるぞ!」
ギルド会館へ手紙を書く。イライザの話を書いておいた。これで上手く行くかもしれない。これでダメだとしても、入居者プラス1だ。悪い展開ではないはずだ。
ギルド会館から手紙が届いたのはそれから数日後のことだった。
入居希望者は七人とのこと。ケルヒャーはガッツポーズをした。
一夜明けて希望者が住居に着いたらしく、扉をノックした。
「どうも~。いらっしゃいませ~」と扉を軽やかに開ける。ケルヒャーはにこやかに挨拶した。ところが――
「へ?」口をあんぐりと開けるケルヒャーが見たのは、屈強な戦士達の姿だった。(つづく)