第二十八話 往路(2)
「ケルヒャーさまはデイモンプレイス討伐隊のことはご存知でしょうか?」
たしかキングダム・オブ・ヘイヴンの設定で物語の前日譚にあたる、王都から魔界への討伐部隊のことだ。あくまでゲームの設定で、実際にゲームに関わることのない設定だったはず。
「よく、知らないな……」
グリーデは囁くように続ける。
「私はその討伐隊に所属していたんですよ」
「つまり?」
「魔界へ行ったことがあるのです」
グリーデが外を眺める。月が煌々と光っていた。彼の眼差しには光がなかった。
ケルヒャーは彼に促した。
「そのデイモンプレイス。どんな場所だったんだ?」
「見渡す限りの銀の砂漠。遠くの丘が遠近感で大きく見えました。枯れ果てた白い木々が点在した地獄のような景色です。私たちはデイモンプレイスに降り立ったとき、直観しました。生きて帰られない、と」
グリーデの言葉にぞくりとする。ケルヒャーには信じがたいが、デイモンプレイスとはそういう場所なのだ。
「私はね。そこでたくさんの魔族達と戦いました。先代の〈勇者〉と言われるアレックや〈聖女〉リーニア、そして〈閃光〉と謳われたクローチェス、さらに〈大魔道士〉ミュエリア。みんないい人達でした」
もちろんほかにもふつうの兵士達がたくさんいた、とグリーデは付け加えた。
そのなかにグリーデもいたと教えてくれた。
「私たち討伐隊が戦えども戦えども魔族は襲ってきました。そしてある日、〈勇者〉が殺されたのです。そしてほかのメンバーも次々と倒れていきました」
それは壮絶な光景だっただろう。襲い来る魔族の群れに対して、希望の光は潰えたのだ。ケルヒャーは口を開いたまま茫然としていた。
「それでね、私は気づいたら永劫消えぬ呪いを受けていた。浅黒い肌になったのもこのせい。にひひ」
グリーデは不気味に笑った。デイモンプレイスの討伐隊は失敗に終わっている。これも設定通りならば。
「どうやって帰って来れたんだ?」
「命からがら逃げた先で終わったと思った。そのときでした」
グリーデの話では魔導ゲートが再度開き、討伐隊の生き残り十八名のみが王都へ帰還したのだと言う。
「これでいいでしょうか。私の昔語りは」
「ありがとう。辛いことを思い出させてすまない……」
ケルヒャーは俯くと、グリーデは微笑んだ。
「――いまがある。過去があったからいまがあるのですよ。ケルヒャーさま」
ふたたび眠りにつくと、グリーデの静かな横顔が思い出されてくるようだった。
◆
コナサト小屋から一同が出ると、またしばらく林道を歩くこととなった。小鳥のさえずりがあちこちでしている長閑な朝だった。
足取りは軽く、羽が生えたようだ。
アイシアの動きにもついて行けるような速度でどんどんと歩いて行く。林道が終わると、山道となった。
道はアップダウンの激しい道となり、息を整えつつ、歩いた。
途中でダークウルフに遭遇した。身長より二回り大きな巨獣で、オオカミの姿を取った魔物だ。
ケルヒャーが剣を振るい、弓兵グリーデが弓を引いた。アイシアが素早く、片手剣でダークウルフの体力を削っていく。さすがグリーデ。動きに無駄がなく、ダークウルフの心臓を射貫いてみせた。
ダークウルフがドシンと倒れると、アイテムをドロップして消え去った。
レスクリンに回収させて、一同はふたたび山道を歩く。
尾根道に上がると、遠くの峻険なガルブオ山脈が見えてくる。まだまだ先とはいえ、すごい圧を感じる。ガルブオ山脈の手前にアポロ平原があるのだ。
尾根は背の低い草花があちこちで揺れており、冷たい風が吹いてくる。
見上げれば鷹のような鳥が上空を飛んでおり、空がいくぶん近く思えた。
尾根道の終点はカカオロッジという山小屋で、人間が常駐しているという。
道を半日歩いたところで、カカオロッジが見えてくるはずだった。
ところが悪天候で雨が降り出して、一同は野営することとなった。雨風が激しくなったのだ。急ぎたい気持ちもあるが、進めないのであれば仕方ない。
テントでルーニー茶を飲んでいると、身体が活力を取り戻していく。
レンバスを口に含み、体力を補う。
グリーデが鼻歌を歌っているので、身体を揺らしてリズムを取った。気ままな旅を愉しもうじゃないか。ケルヒャーは楽観的だった。
アイシアが清廉な歌声で歌い出した。びっくりするほどの美声だ。
「なんじゃ? 目を丸くして」
「だって、そんな綺麗なアニメ声……」
「あに?」
「ずるいぞ!」
必死に抗議するケルヒャーだった。
一晩眠ると雨風が弱まっていた。起き上がるとテントから出て、伸びをした。気持ちのいい山の空気だ。
アイシアとレスクリンを起こす。二人が瞼を擦って起きてくる。ところが、だ。
「グリーデ?」
グリーデがどこにもいない。彼はどこへ行ってしまったのか?




