第二十七話 往路(1)
アイシア、グリーデ、レスクリン、ケルヒャーの四人は、王都へやってきた。ダークギスレーの森は王都から北の方角、アポロ平原のなかにある。アポロ平原のさきにはガルブオ山脈がそびえ立ち、その向こうには隣国との国境線がある。ケルヒャーが指を折りつつ、考えている。
「王都で旅の支度を調えよう、食料・工具あとは……」
レスクリンがひとつ付け加えた。
「収納魔法用の触媒もいるかと……」
「そうだな。往路はともかく復路の荷物は多い」
後ろに続くアイシアも頷いたようだ。グリーデが言った。
「私は弓を調達したいですな。薬もいくつか……」
とグリーデが言った。各々が旅支度を揃えるため、いちど解散した。
街はベスト・グルメ・アワードの準備で活気づいていた。見上げれば赤・黄・白の三色の旗が揺らめき、人々を歓迎している。通りの石畳の上で慌ただしく子ども達が小麦の入った粉袋を持って行き来している。きっとパン屋の娘や息子たちなのだろう。表通りの食堂も専門料理店も、あるいは洋菓子店もそわそわした印象を持つ。
じっと観察した限り、表通りの店はほとんど参加の模様だ。まったくライバルが多い。少し呆れたような溜め息をつく。喫茶ラングレイスは入賞できるだろうかと不安が過る。
ケルヒャーは工具店に行き穴開け用の工具や、書店に赴き、ギスレーについて調べたりした。ダークギスレーは巨大な広葉樹でこの辺りには残念ながら自生していない。王都から近ければ、こんな旅支度は必要がなかったが、しばらくエルウェイクの森から離れる口実にはなる。そこはよかったはずだ。
ふと外を見ると、白馬を輓馬にした馬車が通り過ぎていく。あの様子を見れば貴族とみて間違いないがどこの貴族だろうか。書店の店主に聞けば、ベスト・グルメ・アワード開催者のモンターニュ伯爵の馬車らしい。馬車はそのまま王城へ向かっていった。
スローライフ法によって何が変化したと言えば、かつてより人の活気が増えただろうか。貴族が自由に領地を巡る漫遊旅行もその変化のひとつで、執事達から伝え聞くところ、一大ブームになっているという。領土は爵位のない地元民で自治統治をさせてうまく行っているという話だ。
おっと、それより旅支度とケルヒャーは思い直した。
ふたたび集合場所に行くとグリーデが待っていた。
「早かったな」
「ええ。毒矢の毒の調合もすんなり行きました」
「毒」と言う言葉に一瞬ケルヒャーは慄いたが、大きなモンスターを倒す際、手数が要らない毒矢は効率の良い討伐法だった。
通りの向こうからレスクリンとアイシアがやってきたが、レスクリンの表情は暗い。どうしたというのだろう。
「何でどんよりしているんだ?」
「アイシアさまの買い物に付き合っていました……」
アイシアが腰に手を当ててしゃべり出した。
「王都へこうして来たのは実に一二〇〇年ぶり。国王や街並みも変わっていて物珍しくて、ついレスクリンを連れ回してしまったのじゃ」
「なるほど……」
「わたくしの財布が空になってしまいましたよ!」
「それはそれは……」
レスクリンを宥めると、ケルヒャーたちは王都からの地図を片手に計画を練ることにした。アポロ平原へは二〇日も歩けば辿り着く。ギルド会館でドラゴンを借りられれば、四分の一に短縮できるだろう。しかしドラゴンを借りられる資格を持つのはこのなかでグリーデただ一人だ。一同はもしものためにドラゴンの手配が出来るよう、ギルド会館に伝えておくことにした。旅は長いし、保険のためにそうしておこう。
昼頃には一同は王都を出発した。
王都からすぐの林道をしばらく四人は歩いている。一日は歩くことになるが、アイシアは半日でこのような林道は越えられると豪語し、譲らなかった。彼女にとって森林は得意なのだった。
グリーデもまた同じで、すいすいと林道を歩いて行く。レスクリンとケルヒャーもそれに続く。途中荷物を分散して持つことになった。レスクリンの荷物をグリーデに背負ってもらう。
日が陰ってくる頃、ようやくその意味合いが分かってきた。夕暮れになり、夜の帳が下りると否が応でも魔法職の体力が重要になってくる。
夜道を中継地であるコナサト小屋まで彼の明かりが頼りになった。
コナサト小屋は質素な小屋で暖炉に収納魔法した薪を焼べると暖かくなった。
暖をとりつつ、鍋の中では山菜とベーコンが煮えている。パンをかじりながら、スープを飲むと、疲れがぐんと抜けていくようだ。
モンスターの気配はなく、レスクリンが石を置いた結界を張って眠りについた。
深夜、ケルヒャーはアイシアの寝言で目覚めるとグリーデが月夜に祈りを捧げていた。
「こんな夜遅くまで、起きていたんだな?」
「ええ。月が綺麗だったもので」
洒落た受け答えだ。
思えば、この弓兵のことは何も知らない。
「何か話してくれよ」




