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第二十五話 転生者とパンケーキ

 ケルヒャーは虚を衝かれた。口元が軽く開き、冷や汗が滲んだ。


「なに言って……」

「そちの年齢相応ではない力。悠久の時を生きるエルフには分かるぞ」

「そんなことはない……」


 どこまで知っているんだ? ケルヒャー=勝也は混乱している。やっとのことで言葉を絞り出した。


「俺の力じゃない……ドラゴンの、糞の力だよ。ちびっこめ」

「なにぃ、そち。もう一回言ってみよ。私はちびっこじゃないぞ」


 アイシアは腕をぶんぶん振り回したが、その様子もいまの姿となっては可愛らしい。

「ドラゴンの糞とな? もう少し詳しく話してみなさい」


 ケルヒャーは経緯をかいつまんで説明した。さいしょは余裕たっぷりに聞いていたアイシアだったが、だんだんとその表情は凍り付いてきた。硬くなった表情でぎこちなく笑いかけてくる。動揺が伝わってくるみたいだった。


「うーむ……」


 アイシアが頭を抱えている。そしてケルヒャーに食いつこうとするように話し出した。


「この馬鹿者めが! ドラゴンの、よりにもよってご不浄を土地に()くとはなんたる所業……!」

「そんなに悪いことなのか?」


 ケルヒャーはぽつりと言った。その素朴な一言がアイシアをさらに怒らせる結果となった。


「バカモン! バカモン! バッキャ、モン! いまに世界中の強者どもがここに集結してくるぞ!」


 そういえばこうして王に仕えるケインもまたここに居着いてしまったのも、ドラゴンの糞の影響なのだろうか。ケルヒャーはそう考えると視線を漂わせた。

 思えば、ドラゴンの糞を撒いてから初級冒険者がやってこない。そういう仕組みだったのか……。ケルヒャーはひとり納得する。アイシアの血走った目を見返した。


「これから世界中の強者どもが来るって言ったな?」

「ああ。無意識に強者は強者に惹かれる。類は友を呼ぶと言うじゃろう?」


 なるほど。ケルヒャーは落ち着き払ってこれからのことを考えていた。状況はふさわしい方向に向かっていない。このまま行けば夢のスローライフはただ遠のく。

 エルフたちと結んだ三つの誓約も果たせるのか分からなくなってきた。


 ありえる方向性――強者を屈服させて住居に住まわせる? だめだ。ご新規向けに住居は建てられない。

 エルフがこうしてレスクリンの魔法なしで顕現(けんげん)できないのは、ドラゴンの糞と俺の力のせいなのだ。はっきりと転生者とアイシアに明かして、エルフに協力を仰ぐとか。でも、転生者というのは伏せておきたい。

 しばらく思案して、ケルヒャーはアイシアに告げた。


「これから俺は旅に出るよ。物件はこのままにして、喫茶ラングレイスはケインに任す」

 

 奥の厨房で聞き耳を立てていたと思しき、ケインがやってきた。慌てた様子で、ケルヒャーに語りかける。


「ラングレイスの旦那さま。困りますよ。喫茶店が軌道に乗り出したところじゃないですか。それを旅って!」

「ごめんな、ケイン。でも俺はどうやら定住するとみんなに迷惑がかかるらしい」

「迷惑だなんて。一緒に戦えばいいじゃないですか。その、世界中の強者ですか? 私たちなら無双ですよ」

「そうかもしれない。ただ、いくつかやりたいことがあるのさ――」


 ケルヒャーはチラシをカウンターに広げた。ベスト・グルメ・アワードとある。


「なになに……?」


 とイライザが覗き込んできた。ケルヒャーは鼻高々に言った。


「これは王都で開催予定のイベントなんだ。美味しいものを国で決めようってイベント。喫茶ラングレイスも何点か新メニューを考案したいと思ってる。それで食材探しの旅へ出たいのさ」

「なるほど……」


 ケインが指を口元に添えて納得した。


「はいはーい。私、行きたい!」


 イライザが挙手した。彼女を制止してケルヒャーは言った。イライザが眉根を下げる。


「ケインとイライザにはここで残っていてほしい」

「えー」

 

 残念そうにイライザが呻いた。


「相棒はグリーデ。君だ」


 浅黒い肌の弓兵、グリーデが呆気に取られて見つめ返してくる。


「……え? 私ですか」


 ケルヒャーは頷いた。なぜ彼なのか。理由を話し出した。


「グリーデには観察眼がある。食材探しには力だけじゃない、そういう力がいるんだ」

 アイシアがカウンターの前までやってきた。


「私も行くぞ。欲しい食材がある」

「え? アイシアも?」


 動揺するイライザを尻目に座っていたレスクリンが立ち上がった。


「回復職は必要ですよね?」

「レスクリン。助かるよ」


 ケルヒャーとレスクリンが固い握手を交わした。


「ケルヒャーよ。私はダークギスレーのシロップで何か食べたい」


 とアイシアが言った。


「ダークギスレーとは、エルウェイクの森から遙か彼方の森に自生する、ギスレーのなかでも樹齢が長いもので、採れるシロップは濃厚かつ芳醇。いちどは食べてみたいものじゃ」


 アイシアがうっとりしている。ダークギスレーのシロップ。よほど美味しいと見た。ケルヒャーは地図を広げる。アイシアから場所を聞き出す。エルウェイクの森から整備された道は王都までで、そこからは北の方角にある深い森のなかにダークギスレーは自生していると言う。


「よし、まずはダークギスレーのシロップでパンケーキでも作ってみるか」

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