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第二十四話 ジャズのひととき

「――で、この姿は何なのじゃ?」


 アイシアの美貌は幼児体型になっていた。

 レスクリンがケルヒャーの後ろで平謝りしている。


「わたくしの描画魔法レンダリング・マジックではアイシア様から漏れ出る神気を正確に再現できないのです。このお姿になったのは、大人の体型まで魔法で成長させられなかったのです。申し訳ありませんっ……!」

「そちは、私を愚弄する気か!」

「アイシア。ホットミルクならあるぞ」


 とケルヒャーがジト目で言った。


「誰がホットミルクなんているか! 私はエルフの頭領なんじゃ……!」


 アイシアの瞳に涙が溢れ出す。

 レスクリンとケルヒャーは顔を見合わせた。


 ◆

 喫茶ラングレイスの客足はしばらくして途絶えた。採算の合わない副業と認めつつ、ケルヒャーは天井を見つめていた。

 カウンターのまえで、イライザとウィズが楽しそうに喋っている。いつものメンツと、奥の席にはエルフの娘が数人いるだけだった。

 ケインが厨房におり、これが喫茶ラングレイスの標準スタイルとなった。


「――楽しくない」


 ケルヒャーは独りごちた。イライザが口を挟んだ。


「そう? 私たちけっこう楽しいわよ。お茶も美味しいし」

「このシロップの厚切りトーストも、ベリージャムトーストもおいしいですよね!」


 食べ物は間違いないだろう。ただ何かが足りない。スローライフっぽいものが。

 うーんと口元に指を添えて考える。

 ふと、現代の喫茶店の風景を思い浮かべた。喫茶店、レコード、ナポリタン、コーヒー、ジャズ……。


「……そうか!」


 ケルヒャーは閃いた。


「どうしたの? 大声なんか出して」


 とイライザが目を丸くしている。ウィズもぽかんとしている。


「楽器をやろう」

「は? 何で……」

「ジャズをやるんだよ!」

「じゃ……?」


 ――ジャズ、19世紀末から20世紀初頭にアメリカ合衆国で生まれた音楽ジャンルである。楽器の編成はピアノ、ベース、ギター、サックス、ドラムなどから成る。


「楽器なんて王室に一揃いあるくらいだわ……」


 イライザが眉をつり上げて言った。


「何がある?」

「欲しいのはギターやピアノ、チェロとかなんだ」


 欲しい楽器の形状や特徴を事細かにイライザに説明した。

 イライザの実家、つまり王室にはチェンバロがあること。

 ケインも話の輪に入ると、あの弓兵のグリーデがリュートの名手であることを教えてくれた。

 さらにベースとなるチェロ探しに一同は街へ出た。

 大通りから一区画奥へ入った通りで楽器工房を見つける。打楽器が主でそのどれもが磨かれ、さらに職人たちの手によって隅々まで手入れが行き届いていた。

 ウィズが楽器を覗き込んでいた。

 ケインが店の主人に聞いて、ほかの楽器を売る商店に目星をつけておく。


 ここでは打楽器をひとつ仕入れておこう。注文書にサインすると、森まで送るようにお願いしておく。

 弦楽器の店は主にバイオリンの店だった。大型のヴィオールをひとつ仕入れる。とりあえずカルテットの形は出来そうだ。


 そのころ王室は、てんやわんやだったらしい。荷車を馬に引かせて、そこそこの大きさのチェンバロを持って寄越した。チェンバロはピアノの原型のひとつとされる楽器であり鍵盤で音を鳴らす。

 ピアノのような軽快な音やリズムではなく、どちらかと言えば教会音楽のような雅な音色が特徴である。

 弓兵のグリーデが旅芸人の格好で喫茶ラングレイスにふらりとやってきたのも、この頃だ。リュートを担いできた彼がケインの顔を見ると、目を瞬かせていた。


「騎士王ケイン様がずいぶんとまぁ……」


 ケルヒャーの前でケインが頬を指で掻いた。

 

 ケインがチェンバロを。

 グリーデがリュートを。

 ケルヒャーがチェロを。そしてイライザが打楽器(ドラム)を担当することにした。

 譜面などはない。

 とりあえず音から鳴らしてみる。

 

「ふふっ……」


 笑みが自然とこぼれた。

 ――音が鳴るだけなのにこんなに楽しいのか。


 そこにはスウィングさえも音楽の教師さえもいなかった。音楽の素養のあるグリーデが主旋律を奏でてくれる。ケインは宮廷の仕事でチェンバロを触ったことがあるとは言え、不器用な弾きっぷりである。しかし、グリーデのやり方がよかったのだろう。ふたりの足並みは徐々に揃っていく。華麗なダンスのようにふたりの息が合っていく。

 チェロを弾くケルヒャー。ベースとして様になってきた。楽器を弾くなんて学生時代のジャズ研以来だ。

 三人のハーモニーが生まれてくる。そこにイライザも調子よく加わる。

 イライザの筋は意外にもいい。

 グリーデがアウトロを弾き終わり、一同は顔を見合わせた。みな笑顔になっていた。

 ――二曲目が始まる。落ち着いた(メロウな)曲調だ。

 

 喫茶ラングレイスのエルフの客達は耳を傾けた。とても充実したひとときだった。

 ジャズの時間は週末や閉店間際のお楽しみとなった。


 アイシアが席に座っていた。ベースを置くと、ケルヒャーはアイシアの隣に座った。そのままグリーデが心地よいメロディを奏で続けている。


「いい曲じゃな……」

「ああ」


 二人は店内の空気に浸っていた。


「そちは……」

「……ん?」


 ――転生者であろう? 

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